「肌の気になる部分を隠すのではなく、肌本来の問題に対処する考え方が浸透」:ダーマロジカ創業者ジェーン・ワーワンド氏が語る、スキンケアの進化

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この記事は、DIGIDAY[日本版]のバーティカルサイト、ビューティ、ファッション業界の未来を探るメディア「Glossy+の記事です。

ダーマロジカ(Dermalogica)の創業者であるジェーン・ワーワンド氏は1980年代に米国に来たが、当時エステティシャンによるマルチステップのスキンケア施術を受けるというのは、平均的な顧客にとってほとんど前例のないことだった。エジンバラに生まれイギリスで育ち、ヨーロッパのスキンケア業界にインスピレーションを受けたワーワンド氏は、米国市場の変革に取り組み、ダーマロジカを1986年に設立した。10月26日、ハーパーコリンズ出版による初の著書『Skin in the Game』(訳注:同氏が関わっている「スキンケア業界」と、リスクを取り自分を賭けて関与するという意味の「skin in the game」をかけている)が刊行された。この本は、ダーマロジカを、ユニリーバ(Unilever)から未公開の金額で買収されるほどのスキンケア大手に育て上げた彼女の人生とキャリアについてのものだ。

Glossyは、ロサンゼルスのダーマロジカ本社で、ワーワンド氏の著書のインスピレーションや米国でのプロスキンケアの歴史、パンデミックが業界に及ぼしている影響についてインタビューを実施した。以下は読みやすさのために要約と編集が加えられている。

ーー本の執筆のインスピレーションになったことは何か?

2、3年前に本を書こうと思った。スキンケアについての本を考えたが、それはほかの人でも書けるだろう。そこで考えたのは、「人生を大きくリセットするにはどうすればいいのか」ということだった。今やっていることがしっくりこなくて、「もっとやるべきだ。違う方法でやるべきだ。でも、そのためのツールはない。何をやるべきなのかわからない」と思っているときに、やりたいことに対する大きな「理由」というのをどう見つければいいのかと。

この本は回想録でもなく、単なるビジネス書でもない。全体のテーマは、人生とキャリアの進路をどうリセットするかということだ。また、どのようにリスクをとって成長していくのか。これは起業家としての私の信条だ。「新しいノーマルには戻りたくない。新しいネクストに進みたい」と考えている人たちにはきっと先見があると思う。

ーー対象の読者は?

性別云々言うのは好きではないのだが、主に女性だ。98%が女性である業界でずっと過ごしてきたので、いつもそれは念頭にある。だが、人生やキャリアにおいてある段階にいる人のことも考えた。その段階で、「状況は悪くない。なかなか良くやっていると思う。ただ、現状は最高のキャリアでも最高の人生でもないが。心地よい。不安もない。でも自分を最大限に発揮しているとは思えない」。もしこのように感じているなら、本を読んで模索して選択肢が見えてくればと思い執筆した。

ーーいま多くの女性たちがキャリアを見直しているが、このようなアドバイスを求めていると思うか?

長い間、とくに女性は、キャリアに柔軟性がないことに不満を感じてきた。現在起こっているのは、「(そんな状況には)もう戻らない。家族や子どもたちと一緒に過ごす時間が欲しい。自分のための時間が欲しい。そして、どこでいつ働くかについてもっと柔軟性が欲しい」と人々が主張したということだ。

(状況を前進させる)重要な要素は「私は自分らしく人生を生きることができるか? 」という問いかけだろう。それから、ワークライフバランスは無視していい。その考え方は白黒をはっきりさせ、分離するものだから。我々はパンデミックの前に始まった産業革命の渦中にいると思うが、パンデミックによってそれはぐっと推し進められた。

ーープロのスキンケアはパンデミックによってどう変わったか?

サロンは、弊社のどの小売チャネルよりも優れた成果を出していた。ダーマロジカはアルタ(Ulta)でもセフォラ(Sephora)でも取り扱われている。世界中の小売チャネルで扱われており、スキンセラピストやプロとしてアドバイスをする人たちがいるが、(パンデミックで)サービスが提供できなかった。また、弊社の独立系サロンでも一時休業したところが多かったが、バーチャル相談を行っていたので商品の売上が伸びた。これを経験して、バーチャル要素を取り入れるスキンケアサロンが増えるだろう。そして、その状況は業界をいっそう良い方向へと変化させるだろう。

ーー著書ではプロによるスキンケアの歴史に触れられているが、キャリアの初期において、米国市場をヨーロッパレベルにする目標のために何をしたのか?

(私は)自分がトレーニングを受けたこの業界を作り上げて、(米国のエステティシャンにとって)基準だった数百時間のトレーニングと、ヨーロッパの基準だったフルタイムの2年間のトレーニングとの間のギャップを埋めたかった。

当時、(米国の)雑誌にはスキンケアの記事はなかった。どれもメイクやヘアについてのものだった。編集者にアイデアを売り込んでも、「数カ月ごとにスキンケアの記事を出してはいるが、プロによるスキンケアではない。そんなものがあるのか?(ヨーロッパでは)そうしているのか? 」と言われた。大部分の州には(スキンケア施術者の)資格はなかった。そんな状況だったので、創業から最初の数年間は、我々の活動は草の根であり口コミだった。情報を共有し、できるかぎり展示会ブースで製品の種を蒔き、教えることに専念し続けた。

ーーマルチステップのスキンケアルーティンが主流になったのはいつごろか?

早くはなかった。弊社はダブルクレンジングを、その後にセラムと呼ばれる製品、そしてブースターをローンチした。そして、15年ほど批判され続けた。「セラムが何だか誰も理解していない。一体それは何なのか? 体液みたいなものだろう。どういう意味だ? 」と言われた。

以前、私は、韓国、日本、台湾、中国、ベトナム、マレーシア、シンガポール、香港で幅広く教えていた。1985年頃だったと思うが、はじめて韓国に教えに行ったときには、マルチステップの韓国のスキンケアルーティンはまだ行われていなかった。まだ生まれたばかりの業界だった。マルチステップのルーティンが主流になったのは、5年ぐらい前だと思う人もいるだろうが、おそらく10年ほど前だ。ありがたいことにようやく弊社が取り込んできたことが理解されるようになってきた。大いに役立ったのはインターネットとソーシャルメディアだ。皆がオンラインで(製品の)使い方やどんなルーティンをしているかを共有した。肌の気になる部分をメイクアップ製品で覆い隠さないで、(肌のシミなどの)副次的影響ではなく、肌の問題そのものに対処するという(新しい)考え方が存在するようになった。

[原文:Dermalogica founder Jane Wurwand on the evolution of skin care

LIZ FLORA(翻訳:ぬえよしこ、編集:山岸祐加子)