「黒革の手帖」を置き捨てて:高級ブランドたちは、デジタル時代の顧客体験を再発明する

ラグジュアリーリテールではかつて、もっとも優良な顧客の名前、住所、電話番号を黒革の手帖に書き込んで管理していた。今日では黒革の手帖はiPadとなっているだろう。

高級ブランドやリテーラーにとって、顧客個人個人と関係を築くためのプロセスは常に重要な要素として存在してきた。顧客がコートに1万ドル(約100万円)を費やすようなとき、その顧客にカスタマイズされた特別な体験が期待されている。しかしモバイルチェックアウトやオンラインでのオススメ・スタイルの提案といった、非常に役立つデジタルツールをラグジュアリーブランドはあまり活用できていない。これらのツールを使うことで、今日のリテール業界における優良顧客管理はさらに容易になるだろう。

「モバイルチェックアウト、在庫検索、チャットボット、これらはサービス体験の動力となり、有料顧客管理につながった。これらのサービスをひとつのプラットフォームに統合することが、多くのブランドたちの問題になっている。大手ラグジュアリーブランドたちは非常に動きが遅い」と、アテンティブ(Attentive)のCEOであるブライアン・ロング氏は言う。

モバイル中心に関係構築

すべてのラグジュアリーブランドが変化することに興味を持っているとは限らない。シャネル(Chanel)の場合、野心的なデジタル優良顧客管理ツールどころか、どのような形態のオンラインショッピングにも関わろうとしないことは有名だ。リテール側では、ニーマン・マーカス(Neiman Marcus)は今年前半、イノベーション開発室を解散させた。開発室ファウンダーのスコット・エモンズ氏によると、これはデジタルに十分な資金が投資されないことが原因だ。

しかし、ラグジュアリー部門に新規参入したブランドたちのなかには挑戦が見られる。グレイクロフト・ベンチャーズ(Greycroft Ventures)とノードストローム(Nordstrom)がリードする形で行われた資金調達ラウンドで1000万ドル(約10.8億円)を集めた11オノレ(11 Honoré)は、このキャッシュの大部分を顧客管理サービスの拡大に注いでいる。11オノレのデジタル販売の大部分が行われているモバイル分野において、この顧客管理サービスは主に披露されるだろうと、CEOのパトリック・ハーニング氏は考えている。

「我々にとってのもっとも大きな優先事項は顧客サービス側を構築することだ。そこにはたくさんの要素が含まれる。技術、在庫管理、スタッフ管理、そしてサービスを成功させるためにチームに力を与えること、などだ。実際に対面して顧客と関わる顧客管理が優先事項だが、実店舗と同様に遠隔からも顧客にサービスを提供できるよう確実にする必要がある。それはショートメッセージもしくは電話経由かもしれない。しかし重要なのは関係性を構築することだ」と、彼はいう。

ショートメッセージの可能性

ブルーミングデール(Bloomingdale)やサックス・フィフス・アベニュー(Saks Fifth Avenue)といったラグジュアリーブランドやリテーラーたちは顧客たちと関係性を築くために希望する者だけにショートメッセージを送信するオプトイン形式を頻繁に採用している。ニーマン・マーカスやサックス・フィフス・アベニューが使用するセールスフロア(Salesfloor)は、販売員からのショートメッセージを直接顧客が受け取れるシステムだ。これによって遠隔からでもスタイル関連のアドバイスやプロダクトのオススメをすることができる。

セールスフロアの最高顧客責任者であり共同ファウンダーのベン・ローディアー氏は次のように語る。「顧客管理はただ商品を購入してもらい収益をあげることだけが目的ではなくなった。顧客と会話を持つことも重要だ。ラグジュアリー分野の顧客は今日では、時間がないという点で、ほとんどの顧客と同じだ。ほかにも大事なことがたくさんあるなかで、それでも高級な体験をしたいと考えている。それを達成する方法はいろいろなものがあるが、リテーラーたちが抱える販売員たちに自宅にいる顧客宛てのショートメッセージを送ったり、ソーシャルメディアに投稿するといったことをさせるよう、リテーラーを説得することに真の課題が存在している」。

そのため、比較して優れたカスタマイズな体験を顧客に提供している大衆向けブランドに、ラグジュアリーブランドたちは負けている。

その他企業のデジタル接客

さまざまな企業のデジタル顧客管理手法、そして複数のチャンネルにおける体験を調査した、ニューストア(NewStore)が先月発表したレポートによると、ナイキ(Nike)やアスレタ(Athleta)といったブランドはしばしば、ラグジュアリーブランドよりも良いパフォーマンスを見せている。ルイヴィトン(Louis Vuitton)やモンクレール(Moncler)だけがラグジュアリーブランドのなかからこのリストに載った。どちらも近年、顧客管理に大きな投資を行っていることは特筆すべきだ。ルイヴィトンは中国で昨年、WeChat(微信)をオープンさせ、モンクレールはRFID技術を使って実店舗内での顧客と、在庫移動のトラッキングをはじめた。

ユニクロ(Uniqlo)のような中間階層ブランドはしばしば、彼らよりも高価格帯にいる競合他社よりも早いペースでこの分野で先に進む傾向にある。ユニクロは先日、Googleの画像分析技術によってデザインされた、より詳細なオススメ・スタイル紹介アプリをローンチした。スタイルヒント(StyleHint)と呼ばれるこのアプリに、ユーザーは自分が好きな衣服の画像をアップロードすることで、ユニクロが提供する類似の、もしくは関連したプロダクションをユーザーごとにセレクションしてオススメしてくれるのだ。

「顧客がよりパーソナルにプロダクトを体験してくれるようなデジタルプラットフォームを作りたかった」と、米国デジタル・コマース部門のバイスプレジデントであるタカフミ・ヤマグチ氏は言う。「顧客が自らシェアしてくれた画像に基づいて、ユニクロが何を提供するか、アプリが編集する助けとなる形だ。これによって便利さのレイヤーがひとつ増えるだろう」。

ディスカウントと顧客体験

2017年、マイケル・コース(Michael Kors)は、ほかのリテーラーへの流通を制限しはじめ、クーポンやディスカウントへの参加を停止した。CEOのジョン・D・アイドル氏は、ブランドイメージを守り、よりラグジュアリーな雰囲気を演出するための取り組みであると述べた。ラグジュアリーブランドが競争力を維持するために重要なアイデンティティは、安くしないことだ。しかし、高価なプロダクトを販売しつつも、顧客体験が優れていない場合、顧客を失うリスクを犯すことになる。

Danny Parisi(原文 / 訳:塚本 紺)