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【一問一答】メディア業界の新たな略語「 SPAC 」とは?:投資家の「圧」を受けにくい上場手段

メディア業界で使われる用語にまたひとつ、新たな略語が増えました。SPAC(Special Purpose Acquisition Company:特別買収目的会社)です。米国ではメディア事業会社をはじめとする企業が、従来とは違う上場の方法としてSPACを設立する事例が増え、注目を集めています。

動画メディアを運営するグループナイン・メディア(Group Nine Media)が2020年12月に設立したSPAC、グループナイン・アクィジション・コープ(Group Nine Acquisition Corp)は2021年1月15日に上場を果たしました。 最終的には親会社であるグループナイン・メディアを吸収し、IPO(新規株式公開)により調達した資金でほかのメディア事業会社を買収する予定です。ウォールストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)によれば、エンタ・ニュースサイト運営のBuzzFeedもまた、SPAC経由の上場を検討していると言われています。

株式上場のルートとしては目新しいが、メディア産業をふくむ経済界で今後盛んになりそうな勢いのSPAC。今回は入門編として基礎知識をご紹介しましょう。

ーーSPACとはいったい何ですか?

SPACの設立は、上場した企業がIPOにより資金を調達する方法のひとつです。つまり、SPACそのものは上場を前提として新たに設立された会社を指し、SPACを介して上場する手段をSPAC IPOやSPAC経由のIPOと言います。

ーーSPAC IPOと従来のIPOの違いは?

SPAC経由のIPOは従来のIPOのプロセスと順序が逆で、まず上場目的でSPACが設立されます。これは名目上の組織であって、事業会社ではありません。「SPAC自体は資産を保有せず、事業の実体がないペーパーカンパニーだ」と、米フォーダム大学で財務学・ビジネス経済学の教鞭をとるネムマラ・チダムバラン教授は述べています。

ーーSPAC IPOの流れはどのようになるのでしょうか?

従来の手続きでは、IPO準備会社が上場承認後にまずロードショー(機関投資家向け会社説明会)を開きます。事業内容の説明とともに株式購入意向の聴取をおこない、それをもとに株式の公開価格の妥当性を判断してはじめてIPOに進むわけです。

一方、SPAC経由のIPOでは、名目上の会社SPACが投資家に対し、実体のある事業会社を将来的に買収して運営すると約束したうえで上場します。フロリダ大学財務学科のジェイ・リッター教授は、「投資家がSPAC株の購入を検討する際、その時点ではSPACが上場後にどの企業を買収するか不明なため、出資は白紙の小切手を切るに等しい」と説明します。SPACが「ブランク・チェック・カンパニー(白紙の小切手会社)」とも呼ばれる所以です。

「投資家としては、SPAC設立者たちの評判を少しは聞いているだろうが、彼らが上場後にどういう買収提案をしてくるかは知りようがない。買収先がどんな会社か、取引条件がどうなるかもわからない」とリッター教授は言います。

SPACは、プライベート・エクイティ投資家や当該業界の元経営幹部により設立される場合が大変です。設立者、つまりSPACスポンサーは、機関投資家や個人投資家に会社の方向性を示して出資をつのるため、メディアなど特定の業界に特化したSPACを立ち上げます。通常はIPO後2年以内に業界内の候補企業を見つけ、投資家から調達した資金で買収します。

買収が完了するとSPACは実体をともなう事業会社となりますが、通常は社名を被買収企業名に変更して存続します。定められた期限内に買収先が見つからなかった場合や買収提案が出資者(株主)に承認されなかった場合、集めた資金は出資者に払い戻されることになります。

ーーSPACは最新の手法なのですか?

答えは「いいえ」です。SPACの手法は、40年ほど前には広くおこなわれていたものでした。しかし、関係者の一部にSPACを悪用して投資詐欺を働いたり、私腹を肥やしたりする者があらわれて不評を買ったのです。「投資家は損失をこうむるばかりで、その結果SPACは見向きもされなくなった。ところが昨年からSPACを利用したIPOの件数が伸びてきた」とリッター教授は指摘します。2020年の成立件数は248件に達し、これまで最多を記録した年の3倍以上にのぼるといいます。

ーーSPAC上場への意欲がふたたび高まった理由は?

SPACブーム再燃の理由ははっきりしませんが、ひとつ考えられる要因はここ2年のあいだに相次いで起きた上場計画の撤回です。シェアオフィス「ウィーワーク(WeWork)」を運営するウィーカンパニー(The We Company)のように、従来方式のIPOをめざしてロードショーをおこなったものの、機関投資家が事業内容を精査した結果、株式発行価格の想定が低くなり、上場申請を取り下げざるを得なくなりましたが、同様の事例が複数発生しました。

従来方式のIPOに比べればSPAC経由のIPOは投資家からの圧力をさほど強く受けません。上場をめざすSPACに事業の実体がなく、精査すべき対象が少ないからです。そうなるとリスクの高い事業を運営する会社やメディアのように高リスクの業界にとっては、SPAC経由のIPOのほうがより魅力的でしょう。特に、会社の既存株主が保有株式の売却を急いで早期の上場を望む場合はなおさらです。「従来のIPO市場に歓迎されそうにない高リスクの会社は、SPAC経由のIPOを選ぶ傾向がある」と、フォーダム大学のチダムバラン教授は指摘します。

しかしSPAC経由のIPOにおいても、投資家による精査が皆無というわけではありません。正確には、精査の視点が変わり圧力が弱まる、と言えます。投資家はSPACへの出資にあたって、SPACを設立したスポンサーと買収計画の評価をおこないますが、IPO後に株主の過半数が買収計画に反対した場合には出資金を取り戻せると知りつつ判断を下します。結果として、IPOの内容より買収提案のほうに重きをおいて精査することになるわけです。逆に言えば、株主になった時点で買収を主導するSPACスポンサーを後押しするとすでに決めているため、スポンサーが買収対象の選択で大きく逸脱しないかぎり、投資家は提案を受け入れる可能性が高いと予想できます。

ーーSPAC経由の企業上場には制限はないのですか?

この質問には確たる答えがありません。グループナイン・メディアのような企業が自らSPACを設立し、そのSPACに自社を買収させることを妨げる規則はないようです。しかし、リッター教授は「実態はそうではない」と指摘しています。「SPACの設立スポンサーは、上場により資金を確保してから買収先の候補を探している」。

また、スタンフォード大学経営・法学部のマイケル・クラウスナー教授が述べたところによれば、「SPACが上場の時点で買収のターゲット企業を計画に織り込むことは許されない」といいます。

そういう事情なら、グループナイン・メディアが設立したSPACが親会社のグループナイン・メディアを統合すると同時に、必要条件である最初の買収を実行する意図を目論見書で述べている理由もうなずけます。目論見書には「しかし当社は、最初に事業統合する対象をグループナイン・メディアのみと決めているわけではない」とあるのです。言いかえれば、IPOで2憶3000万ドル(約243億円)を調達したこのSPACが買収、上場を検討しているメディア企業はグループナイン・メディアだけでなく、ほかにも候補はありうるということです。

[原文:WTF is a SPAC?

TIM PETERSON(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)