広告業界が欧州連合(EU)の人々を追跡できるよう、同意に関する指針をつくるという決定は、すべての人をひとつの疑問から解放することが目的だった。その疑問とは、ベンダーの大群がウェブ上で人々を追跡、プロファイリングすることは合法かどうかだ。ところが、疑問から解放するどころか、意見の統一すら実現していない。
広告業界が欧州連合(EU)の人々を追跡できるよう、同意に関する指針をつくるという決定は、すべての人をひとつの疑問から解放することが目的だった。その疑問とは、ベンダーの大群がウェブ上で人々を追跡、プロファイリングすることは合法かどうかだ。ところが、疑問から解放するどころか、意見の統一すら実現していない。
その前に、復習しておこう。2月、ベルギーのデータ保護当局APDが、広告業界の大部分が広告のために人々を追跡している方法はEUの一般データ保護規則(GDPR)に違反していると指摘した。なぜなら、ターゲティング広告への同意を収集、管理する方法を標準化するため、IAB(インタラクティブ広告協会)ヨーロッパが開発したトランスペアレンシー&コンセントフレームワーク(Transparency & Consent Framework:透明性と同意の枠組み、以下「TCF」)は、そのデータがどう扱われるかについて十分な透明性がなく、適切なセキュリティも確保されていないためだ。
簡単にいえば、ヨーロッパのオンライン広告で人々を正確にターゲティングする能力をTCF経由で得た同意に頼ってきたすべての人にとって、このニュースは頭痛の種になる。もちろん、IABはAPDの裁定に不服を申し立てているが、TCFの使用は違法のままだ。
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短期的には、TCF経由で入手したデータを削除する必要があり、ターゲティング、プロファイリング、リーチに影響が出るだろう。長期的には、その影響ははるかに大きい。2018年5月以降に収集されたデータが対象となるため、最終的には、過去4年間に収集、処理されたものすべてに影響が及びかねない。サイトをまたいだトラッキング、ターゲティングが無効になることはいうまでもない。考えてみてほしい。今回の裁定では、正当な利益(詳細はこちら)はデータ処理の法的根拠にならないと判断されたため、広告主は同意なしに広告目的で誰かのデータを収集できなくなったのだ。
業界の反応は?
パニックだ。TCFが、インプレッションへのリアルタイム入札(RTB)に必要な同意を得るために使用することが違法になった今、マーケターはターゲティングデータとリーチの減少に備えている。マーケターにとって、これは業務遂行上の難題だ。規制当局の足並みがそろっていないことも、問題をさらに難しくしている。
米DIGIDAYがEUにある30のデータ規制当局に問い合わせたところ、そのうち4つから回答があった。そしてそのすべてが同じことを言っている。今回はベルギーの規制当局が主導的な役割を果たしているが、その裁定はヨーロッパの規制当局のあいだで広く共有されている見解を反映しているという内容だ。
ただし、デンマークやオランダの規制当局のように、同じメッセージをよりはっきり伝えようとしている規制当局もある。たとえば、オランダの規制当局は、IABヨーロッパがTCFを見直しても、GDPRに準拠することはおそらくできないという結論に達した後、自国のパブリッシャーに対し、オープンウェブでユーザーを大規模に追跡、ターゲティングするための代替手段を探すよう呼び掛けている。
データ保護を専門とするプライバシー・コンプライアンス・ハブ(Privacy Compliance Hub)の共同創業者で、Googleの弁護士だった経歴を持つナイジェル・ジョーンズ氏は「EUにおけるウェブパブリッシャーやオンライン広告主の行動はすでに、その多くがGDPR(や英国版GDPR)に反している。そのため、オランダのガイダンスが(文字通りガイダンスであれば)オランダ以外で何かを大きく変えることはないだろう」と話す。「ただし、オランダのウェブパブリッシャーに対しては、行動ターゲティングではなくコンテクスチュアルターゲティングなどの代替手段を探すよう圧力をかけている」。
オランダとデンマークにも進出しているベルギーのメディア企業DPGメディア(DPG Media)は、その通りにするかどうかを判断しているところだ。具体的には、TCFを捨て去り、ログインしているサイト訪問者への広告配信に切り替えることを検討している。
同社デジタル開発ディレクターのスティーブン・ハビック氏に言わせれば、TCFのシステムに「本質的な問題」はないという。同氏にとってそれは、同意を収集、配布するための標準プロトコルの「基礎」となるものだ。問題は、消費者データを細分化したエコシステムにどのように行き渡らせるかだ。「ひとつのメディアがその枠組みに入れる企業の数は、IABにはほぼ無関係だ。ほかのすべての参加者が責任を持って行動するかどうかに懸かっている」。
すべての人がこの考えに同意しているわけではない。そして、そこに問題がある。業界は将来、読者をどのように追跡すべきかについて、パブリッシャーはこれまで以上に同じ視点を持つ必要がある。しかし、メディア事業を運営することの商業的な現実は、TCFを含むすべての物事について、合意に達することを難しくしている。
業界のSlackチャンネルで交わされたメッセージが何かを示唆しているとしたら、パブリッシャーの分裂は根深い。チャンネルのメンバーのひとりは匿名を条件に、TCFが警告を受けたという情報が流れた後、ヨーロッパを代表するメディアの商業担当幹部が集合したと明かした。
この人物によれば、驚いていない人もいたという。人々を追跡することは無責任で受け入れがたいビジネス手法になったと以前から考えていたためだ。一方、不意打ちだった人もいたとこの人物は続ける。そして、混乱はすぐに、かつてないほど複雑な状況ではあるものの、業界は人々を大規模に追跡し続けるための合法的な方法を見つけられるという期待に変わった。
疑問を持つ理由はいくつもある
アドテクコンサルティング企業アドプロフス(AdProfs)の創業者、ラトコ・ビダコビッチ氏は、このような変革には技術的な説明責任を果たすインフラの開発と継続的な運用が必要となるため、IABヨーロッパは新たに多大なコストを負うことになると述べている。また、今回提示された要件、特に「TCストリングの完全性と機密性を保証」する必要性については、OpenRTBのエコシステムがどのように機能しているかを考えると、不可能ではないにせよ、非常に困難なものになる可能性がある。TCFとOpenRTBの両方を抜本的に変える必要があるとビタコビッチ氏は続ける。
「どちらも業界全体を支える技術であり、それを変えることは重大な意味を持つ」とビタコビッチ氏は説明する。「しかし、ヨーロッパでリアルタイム入札を存続させるには必要なことかもしれない」。
当然ながら、前に進むときだと考えている広告幹部もいる。
イービクイティ(Ebiquity)のグループ最高製品責任者、ルーベン・シュラーズ氏は「本当の問題を明確にしておくべきだ。本当の問題は、オープンウェブにおける大規模で統治不可能なサードパーティデータのアドレサビリティだ」と語る。「これを支えているOpenRTBのエコシステムは現行の規則の目的に合わない。極めて不透明な環境で、多数の間接業者が大量の個人情報を入手、取引できるためだ」。
シュラーズ氏のような人々から見れば、行動データの追跡は自然な経過をたどっている。少なくとも業界レベルでは、抑制と均衡のシステムがない状態で、何千もの企業が大量の個人情報にアクセスしていた。思い出してほしい。さまざまな企業がオーディエンスターゲティングを売り込んできたが、必ずしもその売り文句通りに機能してきたわけではない。
ロレアル(L’Oréal)のシニアバイスプレジデントとしてメディア事業を統括するシェナン・リード氏のようなマーケターは、プライバシーとデータ保護が主役の座を得るべきだと考えている。とはいえ、コンプライアンスを確保しながら、十分な情報に基づき、広告に関連性を持たせる方法がなくなるわけではないと、リード氏は2月に開催されたIABの年次リーダーシップミーティング(ALM)で強調した。ALMでは、メディアオーナーたちも同じ意見を述べていた。ボックス・メディア(Vox Media)のCEOを務めるジム・バンコフ氏は、オーディエンスの権利を第一に考えながら広告収入を得る方法を見つけると宣言した。
デンマーク最大のニュースパブリッシャーであるエクストラ・ブラデット(Ekstra Bladet)の販売、アドテク責任者トマス・ルー・ライツェン氏は「広告をよりプライバシーに配慮した方法で再構築するという意味で、これは広告のグラウンドゼロになる可能性がある」と述べている。「私たちは広告エコシステムとして、議員や規制当局の懸念に対応したくなかったし、おそらくサイトをまたいだプロファイリングやターゲティングと引き換えに、フリークエンシーキャップ、測定、検証といった広告ファネルが手に入ったかもしれないのに、何かを諦めたくはないと考えていた。受け入れがたい人もいるだろう。しかし、ウェブ上にプロファイリングやターゲティングの要素がある限り、プライバシーの専門家は違法だと主張するだろう」。
別の言い方をすれば、バンコフ氏やルー・ライツェン氏は、メディアを収益化する方法は個人情報を可能な限り収集し、インベントリー(在庫)の価値を高めることではなく、コンテンツデータを販売することだと考えている。広告主はコンテンツデータから、人々がどのようにコンテンツと関わっているかを理解し、適切な場所で適切な時間に適切なメッセージを発信できるようになる。そして、パブリッシャーは同意管理の面倒を丸ごと回避できる可能性がある。
これらは有効な解決策かもしれないが、いずれも広告主の支持がなければ、成功の可能性は低い。現在のところ、広告主の支持を得られるかどうかは不明だ。TCFの先行きが不透明になってから、広告主はあまり声高に意見を表明していない。そうでなければ、TCFの問題を規制当局に提起したアイルランド自由評議会(Irish Council for Civil Liberties)がP&G、ユニリーバ(Unilever)、AT&T、BoA、フォード(Ford)、GM、IBM、マスターカード(Mastercard)のCEOに公開書簡を送り、同意スパムの停止とTCF経由で得たデータの削除を求めることはなかっただろう。広告主の沈黙は決して意外ではない。IABヨーロッパの反応を見ればわかるように、結局、慎重を要する状況なのだ。
IABヨーロッパの広報担当者はメール取材に対し、「一貫性がないように見えるかもしれないが、APDの裁定に異議を申し立てながら、一方では、APDが要求する『行動計画』に取り組み始めている」と前置きしたうえで、次のように説明した。「実際には、このふたつは完全に両立する。IABヨーロッパは裁定で示された実質的な調査結果の多くに同意していないが、その一部、たとえば、データ処理の目的の定義をより明確にわかりやすくすることが可能かどうかなどは、分別のある人々が異なる意見を持つ可能性もあり、私たちが改善に取り組むべきであることは明らかだ」
SEB JOSEPH(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:長田真)