F1(フォーミュラワン)でeスポーツの責任者を務めるジュリアン・タン氏は、(トップレーサーの)ルイス・ハミルトンのようなF1の顔ではない。しかし、対面的なイベントがなくなり再開のスケジュールが見通せないなか、そのタン氏に注目が集まっている。
F1(フォーミュラワン)でeスポーツの責任者を務めるジュリアン・タン氏は、(トップレーサーの)ルイス・ハミルトンのようなF1の顔ではない。しかし、対面的なイベントがなくなり再開のスケジュールが見通せないなか、そのタン氏に注目が集まっている。
新型コロナウイルスの影響によりF1のシーズン最初の8レースが延期になると、タン氏はすかさずその穴をバーチャルレースで埋めた。まず3月に、バーレーンで予定されていたレースがバーチャルレースに変わった。バーチャルレースでは実際のレースと異なり、現役ドライバーのほかに元ドライバーや有名人が参加し、その全員を専門家と解説のチームが見守った。
アナリティクス企業であるeスポーツ・チャーツ(Esports Charts)によるその後の報告によると、バーレーンのバーチャルレースは、同時ストリーミングの視聴数が平均で28万9000件、最大で35万9000件だった(YouTubeは19万9000件、Twitchは18万件、Facebookは1万8000件)。タン氏はeスポーツ・インサイダー(Esports Insider)のインタビューに、「eスポーツとしては最大の数字」だと語っている。
Advertisement
すでに、5月末と6月頭にあと2回のレースが予定されている。こうしたバーチャルレースが実際のレースの穴を完全に埋めることはないだろうが、そもそもタン氏がそれを望んだことはない。同氏は先日、フィナンシャル・タイムズ(Financial Times)に、バーチャルグランプリの各レースは、ファンにもっとも幅広くリーチする機会だという考えを語った。タン氏が目指すのは、いずれF1のレースが画面に戻ってくる時に、新しいeスポーツファンからたくさんの人を連れてくることなのだ。
動画テクノロジーのプラットフォームであるグレイビヨ(Grabyo)のCEO、ガレス・カポン氏は、「F1への関心の回復において、eスポーツの役割はおそらく重大なものになる。eスポーツは若いファンが多く、オンラインレースへの関心が圧倒的に高いと想定できるからだ」と語った。「目下の目的は、関心を寄せるものとして消費者の目に映り続けることだ」。
将来を見据えた長期的な判断
F1はeスポーツに進出したが、若いオーディエンスをつかむためにタン氏がやるべきことはまだある。F1は2019年に、25歳未満の視聴者が14%しかいないことを明らかにした。最大の原因はアクセス。F1グランプリの中継は現在、テレビやケーブルテレビではプレミアムパッケージに入っている人しか視聴できない。人とスポーツがつながるのはイベント中継のときであり、デジタルプラットフォームとデジタルデバイスで若いオーディエンスにリーチする持続可能な方法をF1が見つけるには、タン氏の仕事が重要になる。
タン氏は2018年にF1のeスポーツのトップに就任した時点で、スポーツでもメディアでも仕事の経験がなかった。LinkedIn(リンクトイン)のプロフィールによると、タン氏は3年弱、ボストン・コンサルティング・グループ(The Boston Consulting Group)のコンサルタントとして、デジタルメディアが突き付ける課題への取り組み方を企業にアドバイスしていた。メディア業界での経験は、ハフィントンポスト(Huffington Post)と米ヤフー(Yahoo!)のコラムニストだった2012年から2016年のものしかなかった。
「F1がeスポーツに手を広げたときは、将来を見据えた長期的な判断だった」と、カポン氏はいう。「eスポーツでいち早くプレゼンスを構築することで、この業界を学び、エコシステムに食い込み、提供するものを最適化するために時間を使うという見通しがF1にはあった」。
タン氏は就任当初、賞金を増やしてバーチャルレースの地位を上げることに取り組んだ。また、eスポーツのプランに主要チームをすべて巻き込むことで、ゲーマーたちと一緒にバーチャルレースに参加するドライバーを増やす道を開いた。この2方面のアプローチにより、eスポーツのファンが参加しやすく、そうでない人にも十分に知られたプロダクトをF1は手に入れた。
タン氏と仕事をしたある幹部は、同氏は「とても賢い」としたうえで、ケンブリッジ大学の複合材エンジニアリングの学位を持っていると指摘した。F1のeスポーツに関わっているほかの幹部たちも、タン氏が来てから成し遂げられたことに感銘を受けている。
「もっとメインストリーム化できる」
ルノー・スポール(Renault Sport)は2018年からF1のバーチャルレースに参戦している。パートナーシップ開発とeスポーツのマネージャーを務めるギヨーム・ベルニャス氏は、「F1のeスポーツシリーズは成功が広がっており、リアルとバーチャル、双方のドライバーが実在するバーチャルなサーキットで一緒に競うレースシミュレーションはもっとメインストリーム化できるだろう」と語った。「この橋渡しによってeスポーツにおけるF1の成功が続いているのであり、これからもそうだろう」。
裕福なオーディエンスに広告費が集まるため、F1のバーチャルレースは、いまのところビジネスとして成立できないとしても、いずれ自立できるだろう。F1のeスポーツ部門は、DHLやファナテック(Fanatec)など大手スポンサーを擁し、確立されたフォーマットがあり、eスポーツの有名スターがトーナメントを争う。このパンデミックのなか、F1はこうしたリソースを総動員しているのだ。
Seb Joseph (原文 / 訳:ガリレオ)