パブリッシャーの売上担当幹部は気の毒だ。Googleが打ち出すサードパーティCookieなき広告のビジョンを理解したと思うたびに、Googleが変更を発表するのだから。Googleが今回新たに提案する、サードパーティCookieを使わない広告ターゲティング手法、Topicsも同じパターンだ。
パブリッシャーの売上担当幹部は気の毒だ。Googleが打ち出すサードパーティCookieなき広告のビジョンを理解したと思うたびに、Googleが変更を発表するのだから。大幅な変更もあれば、多少の修正もあるが、こうした変化はいつでも、現状について一貫した意見を持つのを妨げるには十分だ。Googleが今回新たに提案する、サードパーティCookieを使わない広告ターゲティング手法、Topics(トピックス)も同じパターンだ。
ある面では、パブリッシャーの広告ビジネスにとって追い風かもしれない。Googleの提案は、パブリッシャーのファーストパーティデータを、広告主にとってより魅力あるものにする可能性があるのだ。Googleが現在提案しているのが、極めて大雑把な手法であるせいだ。
一方で、Topicsによって何かが改善されるのかどうか、パブリッシャーは懐疑的であり、Googleの戦略を大きく軌道修正したものではないだろうという見方が根強い。結局のところGoogleは、スケールを武器に、彼らが言うところの「効果的な支出」を、否応なくマーケターに受け入れさせるだけなのだ。
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「セグメントがキュレーションされたリストに由来するのは、プライバシーの観点からは歓迎すべきだが、こうした区分を我々が独自に開発できる保証はあるのか?」と、北欧のメディアグループの広告部門であるシブステッド・マーケティングサービス(Schibsted Marketing Service)でデータ責任者を務めるクリステル・リョネス氏はいう。「Googleが自社利益に基づいてセグメントリストを支配するのは受け入れられない」。
Googleの後塵を拝するしかないパブリッシャーが、いかに無力であるかを思い出させるコメントだ。不満を抱えつつ、多くのパブリッシャーは、今回のアップデートされたターゲティング手法を完全に拒絶する構えは見せておらず、TopicsにGoogleが説明するとおりの利点が本当にあるのかを見極めようとしている。もし利点が本当なら、パブリッシャーはすでにおこなっている自社のデータプロダクト、つまりパブリッシャー指定の識別子(PPID)への投資を強化するだろう。
注目を集めている「PPID」
PPIDは数年前から存在したが、詳細なトラッキングが全面的に排除されようという今になって、ようやく脚光を浴びている。サードパーティCookieが退場するなかで、PPIDはターゲティングと測定の推進に役立つが、その有効範囲は特定のパブリッシャーメディアに限定されている。パブリッシャーは通常、PPIDをログインユーザーまたはファーストパーティCookieと結びつけるからだ。その後、広告主はPPIDを利用して、フリークエンシーキャップを設けて新規ユーザーにリーチする。
PPIDは便利な識別子だが、広く利用されてはいない。発行するのはたいてい、広告主と直接契約を結ぼうとするパブリッシャーだ。PPIDはオープンオークションなど、すべてのプログラマティック取引で利用できるわけではない。パブリッシャーはPPIDを自社のシステムと緊密に連携させる傾向にあるからだ。そうでなければ、広く共有された場合、データ漏洩につながりかねない。要するに、PPIDはサードパーティCookieの代替手段としてスケーラブルではないのだ。だが、Googleが絡むなら話は別だ。大規模パブリッシャーは、PPIDをすべてのプログラマティック取引で利用し、より多くの広告主と共有したいと考えている。Googleは仲介役として、これを実現しようとしている。
「我々はGoogleと交渉し、我々のPPIDを広告主と共有できるようなインテグレーションを構築してほしいと伝えているが、現段階では、このソリューションは大雑把すぎる」と、ル・モンド・グループ(Le Monde Group)でプログラマティック、アドテク、収益化活動担当マネージングディレクターを務めるセバスチャン・ノエル氏はいう。「我々は、Googleのすべてのソリューションに用途を適合させたいと考えている」。
「我々がコントロールする形で」
回りくどい言い方だが、要するにノエル氏は、GoogleがPPIDをどう使うかに関して、パブリッシャーに決定権がなくなることを懸念しているのだ。同氏はさらに次のように述べた。「PPIDをGoogle内部で使用したい場合、Ad Manager、Adx、DV360、その他のスタックの範囲内で使用することに同意しなくてはならない。我々はこうしたことを望まない」。
現在のところ、ル・モンド側の希望は、PPIDをGoogleのパブリッシャー向けアドサーバーの内部で利用することだ。ノエル氏は渋々ながら、ル・モンドのデータをGoogleのアドテクスタック全体に提供する契約にサインしたが、ル・モンド側にどんな見返りがあるのかは未知数だ。この方法では、パブリッシャーデータが実際にパブリッシャーの観測範囲から離れるわけではないが、Googleのアドテクスタックのほかの部分、たとえばDSP(デマンドサイドプラットフォーム)やアドエクスチェンジにデータが流れ込むようになれば、パブリッシャーがコントロールするのは困難になる。売上のほとんどをオープンオークションではない取引で得ている企業にとってはなおさらだ。
それでも、広告契約の枠組みを変えたいなら、どこかから手を付けなくてはならない。目下交渉がおこなわれているが、何についてもまだ合意は成立していない。「Googleのエコシステムの内部で特定のバイヤーと契約できるようにしたい。Googleではなく、我々がコントロールする形で」と、ノエル氏はいう。
慎重なパブリッシャーたち
こうした要求をすることは、かつては無意味に思えた。長年にわたり、パブリッシャーとGoogleの関係は、控えめに言っても波乱含みだった。それでも、Googleがこうした緊張を解くように動くタイミングがあるとしたら、それは今だ。GoogleはサードパーティCookieとモバイル識別子の廃止で多くを失う立場にあり、代わりにファーストパーティデータを利用し、それを複数のパブリッシャーのあいだで(ほかの誰にも見られない形で)統合できれば、スケール、正確性、パフォーマンスの面で圧倒的なメリットが手に入る。
「我々はこれらすべてに関して、最近Googleと話し合ったが、PPIDはまだ成熟した技術ではないため、我々の側に依然として不確定要素がある」と、ある欧州パブリッシャーのアドテク担当幹部は、米DIGIDAYの取材を受ける権限をもっていないことを理由に匿名を条件に語った。「我々はソリューションの仕組みについて、とりわけデータの取り扱いについて、長大な質問リストをGoogleに送った」。
ノエル氏と同様、このパブリッシャー幹部も、Googleが彼らの許可なしにデータに手を出さないという保証を求めていた。Googleは、許可なくパブリッシャーデータを操作しないことだけでなく、許可なくデータを共有しないことも、明確に打ち出しているという。
このメディア幹部は合意に前向きだが、Googleの良識を信頼しているわけではない。
「PPIDのおかげで、Googleはパブリッシャーに媚びるようになり、議員や規制当局にジャーナリズムを支援していることをアピールして、被告となっている反トラスト法訴訟から焦点をそらそうとしている」と、先のパブリッシャー幹部はいう。「だが、我々にとっては良いことだ。Googleは我々によりすぐれたターゲティング能力(フリークエンシーキャップやファーストパーティターゲティング)をもたらしてくれるのだから」。
Googleの足し算と引き算
本当にそうだろうか? Googleがプライバシーを優先した広告ビジネスの再構築をどう進めているかを読み解こうとすればするほど、彼らは足し算と引き算を同時にしているように思えてくる。ある部分で何をしていないかに注目すると、ほかの部分での取り組みが際立ってくる。
一見したところ、GoogleはサードパーティCookieなき世界でブランドの広告費を獲得することに関心がなさそうだ。最新提案であるTopicsが、ブランド広告主にとっていずれも最優先課題であるリーチを大幅に削り、フリークエンシーキャップを困難にしかねないことからも、そう思える。けれども、ブランド広告費への無関心にも例外はある。それがPPIDだ。
考えてみてほしい。このIDをベースにマーケティングプロフィールを作成すれば、よりユーザーの関心に合致した広告を提示するターゲティングをしつつ、利便性にも配慮した、たとえばユーザーが広告を見る頻度に制限を設けるなどの方法がとれるのだ。テクニカルな言い方になったが、要するに広告主はPPIDによって、Topicsやプライバシーサンドボックスが提供できないメリットを得られる。フリークエンシーキャップを設けて新規ユーザーにリーチできるのだ。
考えうるふたつの世界
「Googleはふたつの世界をつくろうとしているようだ」と、アドテクベンダーのアドフォーム(Adform)で最高技術責任者を務めるヨッヘン・シュロッサー氏はいう。
ひとつ目の世界であるサンドボックスは、匿名のターゲティングが行われる場だ。パフォーマンス志向の広告主は、ここでTopicsを利用して、データ保護規制当局の怒りを買うことなく、クリックと売上を稼ぐことができる。そしてふたつ目の世界、すなわち広告ビジネスの認証済みの領域では、ブランド広告を念頭に、ランダムに選ばれた話題に基づくものではなく、個人データと分類に基づくターゲティングが行われる。
「現在、多くのメディア企業が、サードパーティCookieを背景にブランド広告を提供している。だが今後は、さまざまに異なる識別子を利用できる高性能なアイデンティティエンジン、もしくは自社プロパティでのアイデンティティが必要になる」と、シュロッサー氏は語る。
「何が起こるかに注目だ」
もちろん、これは仮説にすぎず、Googleが公言しているわけではない。しかし、データ利用のコントロールと透明性の名のもとに、非効率で無駄の多いブランドキャンペーンしか提供できそうにないTopicsが登場したことには、理由があるはずだ。忘れてはいけない。取引のすべての側面を支配することが、ビジネスモデルとして有効であることは、Googleが誰よりもよく知っているのだ。
「PPIDベースとTpoicsベース、それぞれのターゲティング手法を比較するテストを広告主が始めたときに、何が起こるかに注目だ」と、プロハスカ・コンサルティング(Prohaska Consulting)で北米地域データ・アイデンティティ戦略担当バイスプレジデントを務めるケビン・バウアー氏はいう。「測定とトラッキングの手法について、新たな議論が巻き起こるのは確実だ。テストの結果は、メディアプランニングと実施を取り巻くエコシステム全体に甚大な影響を与えると、私は考えている」と、バウアー氏は述べた。
[原文:With Google’s latest Privacy Sandbox update, European publishers see silver lining]
SEB JOSEPH(翻訳:的場知之/ガリレオ、編集:長田真)