パブリッシャーにとってヘッダービディングは理想的なソリューションのひとつだ。しかし導入するだけで収益の向上が見込めるというシステム上、導入することがゴールになってしまい、その後のさらなる収益改善の機会を損失していることが少なくないという。細かなチューニングで収益向上に成功している、カカクコムの例を見てみよう。
パブリッシャーにとってヘッダービディング(ヘッダー入札)は理想的なソリューションのひとつだ。極めて単純に言ってしまえば、オークションによるインベントリの入札というシステム上、導入するだけで収益の向上が見込める。
しかしそれゆえに、「とりあえず入れておけばいい」という理解に陥っている企業は多いようだ。導入したらあとはビッダーを増やせばいいという考え方が、パブリッシャーだけでなくサプライサイドプラットフォーム(SSP)も含めて、業界全体にあるのは否定できないという。しかし、価格比較サイト「価格.com」やグルメコミュニティサイト「食べログ」を運営する株式会社カカクコムでは、導入後もヘッダービッディングのPDCAサイクルを回しつつチューニングをおこなうことで、継続的な収益の改善という結果を出しているという。
「システムで稼働しているものだからと、レポートを見ているだけではわからないことが多い」と指摘するのは、ヘッダービディングを広告収益における重要な手段と位置付けているカカクコムで、食べログを中心に広告のマネタイズを担当する尾崎将平氏だ。「オークションの最適化や収益を損なわないようにしつつサイトのレスポンスも高めるなど、導入後もチューニングのやりようはある」。
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チューニングできるヘッダービディング
現在、ヘッダービディングにおける主流のサービスは大きく3つ存在する。Googleが提供するOpen Bidding、Amazonが提供するTAM(Transparent Ad Marketplace)、オープンソースで提供されているPrebidだ。各サービスは同じサイト上で並列に実装することが可能であり、3つすべてを導入することが国内のパブリッシャーでも一般的になっている。カカクコムもその1社だ。
「前提としてインプレッション価値の最大化、ページやPVあたりの収益最大化という目標がある」とし、尾崎氏は続ける。「広告にフォーカスしてトラフィックの比率で見た場合、7割近いインベントリがネットワークでマネタイズされており、ここで効率的なマネタイズを図るためにもヘッダービディングは不可欠だ。Open Bidding、TAM、Prebid、すべてを導入している」。
尾崎氏は「それぞれに優劣や使用感の極端な差はないと感じる」としつつ、可能な限り収益を最大化するという視点で考えた場合、Open BiddingやTAMはコントロールできることが多くないと指摘する。「チューニングポイントがほぼないので今以上に何かを改善する余地はあまりなく、『入れておけばよい』という思想に近い。それはそれで構わないが、Prebidであればさらなる収益向上を追求することができる」。
大手SSPのマグナイト(Magnite)の日本カントリーマネージャーであるシエン・ズゥー(Shien Zhu)氏は、「日本のパブリッシャーは『収益が向上した』という結果だけを見るよりも、どうやって収益向上にたどり着いたのかというプロセスに着目し、改善しようとする企業が『少なくない』と感じている」と指摘する。そうしたパブリッシャーにとってある種のクローズドなシステムとして確立されているものではなく、オープンソースですべてが公開されているPrebidは運用にフィットしやすいのかもしれない。
効率化がもたらす収益向上
オープンソースのPrebidはコードをダウンロードしサイトに書き込むことができれば、極論パブリッシャーが単独で運用することも可能だ。「ただし、そのための手間やリソースは膨大になる。なによりパブリッシャーにとって重要なのはマネタイズの『手段』ではなく、根幹をなすコンテンツだろう。そのため、マグナイトのようなラッパーパートナーとともに収益向上に取り組むことが多い」と、マグナイトでアカウントマネージャーを務める塚島史朗氏は話す。
マグナイトはPrebidの実装や管理、運用にかかるパブリッシャーの手間を軽減するUIやツールを集約したソリューション、「デマンドマネージャー(Demand Manager)」を提供している。デマンドマネージャー自体はマグナイト固有のソリューションではあるが、そこで使用されているコードなどはPrebidのコミュニティであるPrebid.orgでメンバー各社と共有される。カカクコムでもこのデマンドマネージャーを通じて、Prebidの運用やチューニングに取り組んでいる。
「デマンドマネージャーによってPrebidが我々の運用思想にもよりフィットするようになった」と、カカクコムの尾崎氏は指摘する。「ヘッダービディングの運用では通常、ビッダーの追加や削除、広告枠の増枠などをおこなう場合はラッパーサイドに依頼して作業をしてもらうことになる。しかし、デマンドマネージャーを通じてPrebidを運用すると、簡便さを維持したまま作業をすべて自分たちで完結できる。作業工数が大幅に削減でき、待ち時間がなくなったという効率化のメリットだけでなく、収益戦略に注力することができる」。
「なにより、ネットワークの世界では1秒でも早く施策がアクティブになれば、1インプレッションでも早く収益が増えることになる。スピード、時間というものは地味な要素かもしれないが、実は重要だと個人的には考えている」。
最適化による公平なオークションの実現
カカクコムが実施した「チューニング」の内容をいくつか見てみよう。カカクコムではヘッダービディングによる収益のモニタリングは積極的に実施しており、rCPM(revenue CPM:1000インプレッションあたりの広告収益。RPMとも)を指標としている。したがって、チューニングはPrebidを含めヘッダービディング全体でrCPMを最適化していくことが目的となっている。尾崎氏は「昨年9〜12月に集中的に取り組んでいたので現時点でも有効かは断言できない」としつつ、最初に実施したのはオークションフロアの最適化、つまりSSPが公平にオークションできる環境整備だったと語る。
「細かい施策も含めさまざまな改善をおこなったが、個人的に興味深かったのは、SSPの入札金額レンジのチューニングだ。パブリッシャーによって具体的な金額は異なると思うが、かつてのカカクコムの運用では、金額レンジは100個ほどしか用意されていなかった。そこで、これを440個と大幅に増やして入札できる金額を細分化し、入札競争をしやすくした」。たとえば金額レンジが5円単位の場合、本来は51円での入札でも強制的に50円にされてしまう。レンジが細分化され幅広くなれば、純粋に51円、52円と言った入札が可能だ。「その差分は数円かもしれないが、これが膨大な入札で蓄積していけば大きな金額になる」。
細かなチューニングではあるが、タイムアウト値の変更も重要だという。タイムアウトが収益に影響するという状況は想像しにくいが、尾崎氏は「ここをチューニングすることで数%程度は収益改善がされる」と指摘する。「カカクコムで導入しているビッダー数が多いという背景もあるが、タイムアウトまでの秒数間でオークションが実施されるため、ビッダーが多いほど1社あたりの時間は減る。基本的に順番に呼びだされるので、順番が後ろのビッダーは広告がレスポンスする前にオークションが終わってしまう。この機会損失の部分を最適化していった」。
実際にSSPのレスポンスがほかのサイトに比べ遅かった「食べログ」のPC版サイトでタイムアウト値を伸ばした結果、オークションが入りやすくなり収益的にも改善したという。その逆として、「価格.com」ではコンテンツの性質上、ページ描画までの速度を高めたいという意図があるため、収益を減らさない範囲でタイムアウト値を可能な限り減らすというチューニングを施している。
「問題がないから」はテクノロジーの死蔵
マグナイトの塚島氏は「ヘッダービディングを導入することがエンドゴールになっているパブリッシャーは少なくない」と指摘し、続ける。「どれほど素晴らしいツールやソリューションを導入しても、明確な目的やゴールもなくただ導入しただけ、ではなんの結果も出ていない可能性もある。テクノロジーの価値をいかに最大化し、持っているポテンシャルをすべて発揮させて自分たちのゴールにつなげるかという視点は、今後ますます重要になるだろう」。
完成されたシステムが本当に正常に稼働しているのか、自分たちの収益に最大限貢献しているのかという点は、レポートに並ぶ数値を見ているだけでは把握できないと尾崎氏も語る。「システムに問題が生じたから検証するのではなく、問題がないとしても改めてシステムを再検証する意味は大いにあると考えている。実際に、カカクコムでもそうした視点での検証によって、収益面でのさらなる改善という実績が出ている。ヘッダービディングは、まだまだチューニングのしようがある興味深いテクノロジーだ」。
Written by 分島 翔平