ワシントン・ポストは、ミレニアル世代の女性に向けてジェンダー・アイデンティティ関連の情報を発信する無料のバーティカル、リリー(The Lily)をたたみ、同紙ウェブサイト上の新設ハブでの公開へ変更。リリーをニュースルームの中核に持っていき、同様の問題を数多く扱う他チームの記者とコラボレーションさせるのが狙いだ。
ワシントン・ポスト(The Washington Post)は、ミレニアル世代の女性に向けてジェンダーおよびアイデンティティ関連の情報を発信する無料のバーティカル、リリー(The Lily)をたたんだ。それらの記事は現在、ワシントン・ポストのウェブサイトに新設されたハブで公開されており、リリーの7名からなるチームはすでにほかの編集部に配属されている。
リリーをたたんだこの動きは「ジェンダーおよびアイデンティティ問題に関して、リリーおよびワシントン・ポストが果たすべき進化の自然な一歩」だと、ワシントン・ポストのマネージングディレクター、クリッサ・トンプソン氏は説明する。
この変更は「ジェンダーとアイデンティティを1カ所で取り上げるために我々が行っているすべてが見える、より統合された場の存在を示すもの」とトンプソン氏は語る。氏はワシントン・ポストでそうした問題を扱う記事の統括役を担っている。「リリーを弊社ニュースルームの中核に持っていき、同様の問題を数多く扱う他チームの記者とコラボレーションさせたいと考えた。彼らが協力し、より大きなプロジェクトを実施できる機会は数多くある」。
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リリーの視点は「ニュースサイクルの核」
リリーは、ワシントン・ポストが2017年にミディアム(Medium)で立ち上げ、2018年にパブリッシングプラットフォームのアーク(Arc)に移したメディアであり、若い女性向けの記事、個性的なビジュアルアイデンティティとイラスト、ニュースレターおよびソーシャルメディアアカウントで知られていた(現在、インスタグラムのフォロワー数は14万8000人、Facebookのフォロワー数は27万人に上る)。
リリーの記事はすでにワシントン・ポストのウェブサイトに登場していたが、2022年1月5日、ワシントン・ポストはリリーがもはや独立した媒体ではない旨を発表した。リリーの7名からなるチームは現在、ワシントン・ポストのフィーチャーズ(特集、Features)およびナショナル(国内、National)部門におり、1月25日に登場したジェンダーおよびアイデンティティ問題のランディングページのキュレートも担った。
ワシントン・ポストという、長い歴史を誇るレガシーパブリケーションの外で活動していたため、リリーには実験的な切り口で問題を提起し、若い女性に直接語りかけられる柔軟性があったと、コンサルティング企業、ストーリーMKTG(Story MKTG)のDE&I(多様性、公平性、包摂性)マーケティングストラテジスト、アナ・ブルー氏は指摘する。そしてワシントン・ポストは今後、そこで学んだことを、政治など、ほかの問題と交差する別の記事に活かしていけると、氏は言い添える。
「リリーは特にミレニアル世代のレンズを通して社会を見る術を確立しており、それは今後も続けられると思う。そして、ほかとは異なる視点をもって一般に見逃されがちな穴や角度を取材記事のなかから見つけていく。それと同時に、普遍的な話題にも加わり、そうした記事にも貢献してもらう(中略)。それは、他部門との連携がない体制では難しい」と、WPのトンプソン氏は語る。「リリーが発信してきたそうしたものの見方は、現代のニュースサイクルの核をなす、きわめて重要な位置にあり、それを脇に追いやるべきでないと感じるようになった」。
部門の垣根を越えてジェンダー関連の話題を取り上げるこのコラボ関係の構築役を、ワシントン・ポストはフィーチャーズのエグゼクティブエディター、リズ・シーモア氏に任せた。週2回発行のニュースレター「リリー・ラインズ(Lily Lines)」とリリーのソーシャルメディアアカウントは保持し、その運営はフィーチャーズのエディター、リナ・フェルトン氏(元リリーの副エディター)が担う。リリーのスタッフライター、アン・ブラニジン氏と複数プラットフォームで編集を受け持つジャネイ・キングスベリー氏およびハンナ・グッド氏がフェルトン氏の下で仕事を続けつつ、ニュースレターとフィーチャーズのほかの企画やプロジェクトに記事を寄せる。記者のキャロライン・キチナー氏はナショナル・ポリティクス(国内政治、National Politics)チームに異動となり、現在は米中間選挙にも影響する中絶問題に取り組んでいる。これは彼女がリリーで熱心に追ってきた問題だ。また、リリーの元エディター、ニーマ・ロウハニ・パテル氏は現在、ワシントン・ポストで新世代向けの記事のエディターを務めている。
リリー読者へのフォローは
より広範囲の読者を対象とするワシントン・ポスト紙にリリーを組み入れたこの決断について、DE&Iの専門家は功罪両面を指摘する。ジェンダーおよびアイデンティティ関連の記事をより大きな舞台に上げられる一方、リリーの独立性とブランドが可能にした鋭い視点が失われ、読者に生ぬるくなったと受け取られてしまう恐れもある。無論、ポストはペイウォール方式を採っているため、無料で読めないことへの不満が生じることも考えられる。
「多様性と包摂性を積極的に打ち出さないパブリケーションは、読者数と収益のいずれについても、減少の憂き目を見かねない」と、多様性を専門とするメディアコンサルティング企業、DECAの創業者でマネージングパートナーのヴィッキー・マクゴーワン氏は話す。「私は今回の動きを、リリーがより包摂的な存在へと進化している証と解釈している。自らを『女性の問題』に限定するのではなく、ジェンダー問題を幅広く取り上げていくのが狙いだろう」。
ただし、リリーの読者に懐疑心を抱かせてしまう恐れはある。リリーと親会社ワシントン・ポストとの関係性を理解していなかった者たちは特にそうで、ソーシャルメディアのリンクから、意に反してワシントン・ポストのウェブサイトに飛ばされてしまった者から、反感を持たれる可能性は大いにあると、ブルー氏は指摘する。「リリーの若い、たとえば25歳の女性読者がクリックをしたら、いきなりワシントン・ポストのサイトに飛ばされてしまう……。彼女たちは、果たしてワシントンD.C.の名を冠し、白人中心の、政治色の濃いパブリケーションが、自身の思いを代弁してくれていると思うだろうか?」。
これに対してトンプソン氏は、リリーのニュースレターおよびソーシャルメディアのオーディエンスに「自分たちはいま、ワシントン・ポストのパブリケーションを読んでいるのだと、明確に意識して欲しい」と語る。そして、読者をワシントン・ポストのウェブサイトに誘うことで、同紙がジェンダーおよびアイデンティティ問題も幅広く網羅している事実を知ってもらえると、氏は言い添える。「リリーでキャロライン・キチナーの記事を読んでいるのなら、モニカ・ヘッセがワシントン・ポストに寄せているジェンダー関連のコラムもぜひ読んでいただきたい」と、トンプソン氏は断言する。
ワシントン・ポストに新風を
またこれは、若い読者をワシントン・ポストのウェブサイトに誘い、その一部を願わくは有料定期購読者にするための戦略でもある。リリーはワシントン・ポストの読者よりも若く、多様な層を取り込んでいたと、トンプソン氏は話す。実際、現在、そうした層の取り込みと、サブスクリプション事業の成長を目指しているワシントン・ポストに「若さや、ヒップさ、モダンさを吹き込む試みは、マーケティングの点でも、幅広い層へのリーチという点においても、賢明であることがすでに証明されている」とブルー氏は指摘する。
その反面、ペイウォールの存在は記事へのアクセス制限を意味し、若年もしくは低所得読者については特にそれが言えると、マクゴーワン氏は指摘する。ただ、リリーのソーシャルメディアフィードを活用すれば、「その喪失の一部を埋める」ことも可能だと、氏は言い添える。
また、ジェンダーおよびアイデンティティ関連の記事をワシントン・ポスト本体に組み入れることには、年輩の、保守的な読者を離れさせてしまうリスクも伴うと、ブルー氏は指摘する。そうした読者が中絶権利やトランスジェンダーの権利を取り上げた記事に反感を抱くことは十分に考えられる。
いずれにせよ、リリーをより大きな枠組のなかに入れることで、ワシントン・ポストは「自らの未来について、いわば道標を大地に打ちつけたことになる。自身の立ち位置を表明し、どのような読者を求め、どのようなコンテンツを前面に押し出したいのかを明確にした」とブルー氏は指摘する。
[原文:Why The Washington Post folded The Lily into its gender and identity coverage]
SARA GUAGLIONE(翻訳:SI Japan、編集:小玉明依)