メールアドレスを活用して個人を追跡する技術を導入すべきか悩むパブリッシャーの頭痛の種が、もうひとつ増えるかもしれない。使い捨てのメールアドレスを自動生成するアプリが、ファーストパーティデータ戦略を支える正しい個人情報の収集や、アドレスを利用したID技術に支障を来しかねない可能性があるためだ。
メールアドレスを活用して個人を追跡する技術を導入すべきか否か。広告収入の増加を願うパブリッシャーたちは、大いに頭を悩ませている。というのも、メールアドレスを収集するために、ユーザーを足止めするバリケードのようなものを設ければ、今度はサイト訪問者を遠ざけてしまうおそれがあるからだ。
さらに、使い捨てのメールアドレスを自動生成するアプリの存在が、彼らの苦悩に追い打ちをかける。このようなアプリは、メールベースのID技術を事実上無効化してしまう。
いまのところ、これら使い捨てメールアドレスの影響を定量化するデータはない。だが、パブリッシャーたちは頭の痛い問題がまたひとつ増えたと口をそろえる。ファーストパーティデータ戦略を支える正しい個人情報の収集や、アイデンティティ技術の運用に必要なメールアドレスのマッチングなどにも支障を来しかねない。
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巷に溢れるアドレス生成ツール
「このようなアプリを導入すれば、やがてCookieが常に抱えていたのと同じ脆弱さや解約率の問題を抱えることになる」。ある大手ニュースパブリッシャーの幹部は匿名を条件にそう語った。サードパーティCookieはGoogle Chromeでは2022年1月までに廃止されることが決まっており、いわば「最後の一葉」が落ちる寸前の状態にあるのだが、「(Cookieに)一貫性などあった試しがない」とこの幹部はいい、さらにこう続けた。「使い捨てメールの登場は、この一貫性の問題をさらに悪化させる。なぜなら、それはユーザーの識別すらまともにできないのだから」。しかし現状を見るかぎり、メールアドレスの自動生成アプリが引き起こす潜在的な問題に対して、パブリッシャーたちが積極的に対処している形跡は見当たらない。
データブローカーやコンサルティング会社は、長年、メールアドレスをもとに、デジタルIDとオフラインIDの照合を行ってきた。メールアドレスは、潜在的にユーザーのより詳細な人物像を構築するための鍵となる情報なのだ。そしてこの基本概念はいまや、サードパーティCookieの代替技術を謳う多くのテクノロジーの基礎を成すまでに発展している。しかし、匿名化されたメールアドレスの照合に依存して個人を特定するID技術の場合、方程式の片側に偽りのアドレスが入力されれば、解を求める鍵が見つけられなくなる(メールアドレスを活用したアイデンティティ技術の基礎知識については、米DIGIDAYの解説動画で説明している)。
バーナーメール、トラッシュメール、使い捨てメール、仮メールなど、その名称はさまざまだが、Google Playストアをのぞいてみれば、メールアドレスをランダムに生成し、メール認証を可能にするアプリが少なくとも60種類は見つかる。しかもその多くは無料だ。どのアプリも、迷惑なマーケティングメッセージを減らせる、あるいはコンテンツの閲覧や割引の適用にメールアドレスの登録が必要な場合でも、プライベートまたは仕事用のメールアドレスをネットの世界にばらまかずに済むなどのメリットを謳っている。
LifeWire(ライフワイヤー)やWIRED(ワイアード)などのウェブサイトでは、ワンタイムメールを生成するアプリを読者に推奨している。また、Appleの「Sign in with Apple(Appleでサインイン)」では、「自分のメールを隠す(Hide My Email)」機能を提供しており、いつも使っているアドレスを共有したくない場合は、Appleが自動生成したメールアドレスを選択できる。
テンプメール(一時的に有効なメールアドレス)を名乗るツールはいくつもあるが、MozillaのFirefoxブラウザの拡張機能「Temp Mail」の場合、無料版では最大50件、プレミアム版では最大500件の使い捨てメールアドレスを登録できる。ただし、サブスクリプション、ソーシャルメディア、eコマースなどの偽アカウントを大量に作成するなど、詐欺に利用されるおそれもあるサービスだ。
揺らぐID技術の有効性
パブリッシャーたちはユーザーの身元を特定するファーストパーティデータを生成し、広告収入の増加を約束するID技術に供給したい。その反面、コンテンツにアクセスしようとするユーザーにメールアドレスの登録を義務づけるか否かは、頭の痛い問題だ。アドテク企業のセントロ(Centro)で、リアルタイム入札プラットフォームの運営を担当するバイスプレジデントのイアン・トライダー氏は、「登録を義務づければ、相当数のユーザーが偽の情報を提供することは想像に難くない」と述べている。
メールアドレスの品質の問題は、ID技術の有効性に影響を与えかねない。そう指摘するのは、ロサンゼルスタイムズの元デジタル収益担当バイスプレジデントで、つい先ごろCROとしてG/Oメディア(G/O Media)に迎えられたデヴィッド・シュピーゲル氏だ。シュピーゲル氏は、このメールベースのID技術について、「いかにもすばらしいソリューションだが、瑕疵や盲点がないわけではない」と述べている。
ID技術を提供するブライトプール(BritePool)でCTOを務めるエリオット・ダフード氏はこう話す。「オプトインしていないAppleのモバイルユーザーには、ターゲット広告を配信しない。我々は消費者がおこなうプライバシーの選択を尊重する。使い捨てのメールアドレスを使う消費者は、基本的に匿名を希望する人々だ。我々のシステムは、運用上、一時的なメールアドレスを使うユーザーにはターゲット広告を配信しないようになっている」。
とはいえ、パブリッシャーたちにとって、ID技術の本質的な魅力は、ユーザーIDに基づくターゲット広告がより高い価格で売れる点にある。そして多くの場合、このIDはメールアドレスの照合によって生成される。本稿の執筆にあたり、ライブランプ(LiveRamp)やジオタップ(Zeotap)など、メールアドレスを用いてユーザーの身元を確立するほかのID技術企業にもコメントを求めたが、返答は得られなかった。
IDの紐付けに使われるメールアドレスのコモディティ化
使い捨てメールアドレスの自動生成サービスが、ふたつの正確なメールアドレスを照合するID技術の実効性や、パブリッシャーのファーストパーティデータ戦略に与える影響を評価するためのデータはほとんどない。しかし、一部のパブリッシャーやメール技術の情報筋は、使い捨てアドレスの発行ツールが、将来的にIDの紐付けに使うメールアドレスの価値低下をもたらすのではないかと見ている。
「消費者は機械が生成するメールアドレスを使いたがるだろう。実際に送受信可能なメールアドレスを提供する理由などひとつもない」。ロッカーメール(lockrMail)のキース・ペトリCEOはそう指摘する。同社は、企業からのメールを受信するか否か、またはどのように受信するかを整理してルール化するサービスだ。「何を言うにも時期尚早だが、2022年の第1四半期までには、登録されたメールアカウトの分析や、Burnermail.io、(Appleが生成するランダムメールドメインである)Privaterelay.appleid.com、relay.firefox.comなどのドメインからの新規登録者の比率など、判断材料となるデータが出揃うだろう」。ペトリ氏の見立てでは、これらのドメイン上のアプリで生成される使い捨てのメールアドレスは有効と誤認され、よって「正当なユーザー」だと見なされるという。
消費者が真正のメールアドレスを開示しなくても済むようなツールの開発は、今後いっそう弾みがつくのではないか。別の大手ニュースパブリッシャーの幹部はそう話す。「メールアドレスが個人を追跡するための主要な仕組みとなるなら、メールアドレスの自動生成サービスは今後確実に成長するだろう」。パスワード管理のようなツールをすでに提供している企業にとっては、新たなビジネスチャンスの到来だとこの幹部は述べている。コンテンツの閲覧時にたびたびメールアドレスを要求され、そのことにうんざりしている消費者にとって、一時的なメールアドレスの発行サービスは、確かに魅力的かもしれない。
このパブリッシャー幹部はさらにこう続ける。「Appleもすでに仮メールの発行には対応しているし、同様のサービスを提供するスタートアップ企業もいくつか登場している。パスワード管理のツールにこの機能を追加するのはさほど難しいことではないので、彼らの参入もあるだろう。また、メールプロバイダーにとっても、安価に提供できる有望な機能かもしれない」。一方で、この幹部は、「メールアドレスをベースとするID技術が、広告主やパブリッシャーにとって長続きするアプローチだとは思えない」とも述べている。プライバシー上の懸念が生じるうえ、本物のメールアドレスがなければ機能しないからだ。そして、使い捨てのメールアドレスが普及すれば、メールアドレスそのものがコモディティ化する可能性は否定できない。
データとアイデンティティを専門に扱う経営コンサルティング会社のCLVグループ(CLV Group)で、CEOを務めるニール・ジョイス氏によると、同社と取引のある大手複合型メディア企業にとって、データの劣化とメールアドレスの登録から生じるサブスクリプション不正は「どうしても避けたいもの」だという。この大手メディア企業では、ユーザーのログイン時に、本人のメールアドレスを送信させる代わりに、ユーザーIDを発行するシングルサインオン技術を採用している。ジョイス氏によると、「ユーザーによるシングルサインオンだと確実に分かるから」だという。
メールアドレスの品質問題の歴史は古い
パブリッシャーや広告主は、一時的なアドレスの生成ツールが登場する以前から、メールアドレスの品質をめぐる別の問題に悩まされてきたと、G/Oメディアのシュピーゲル氏は話す。同氏は、自動生成ツールを使ってワンタイムのメールアドレスが大量に作成されるなら、それは確かに「懸念事項」だとする一方で、パブリッシャーのリスクという点では、ユーザーがメールアドレスの登録を避けるために古くから使ってきた手口となんら変わらないとも述べている。
実際、多くの消費者はeコマースや割引特典の登録専用にメールアカウントを開設して、スパムメールをはじめ、正当ではあるが迷惑なマーケティングメッセージをそこに放り込んできた。「懸念事項と言うなら、こういうジャンク用のメールアドレスとどこが違うのか」とシュピーゲル氏は問う。「スパムメール用のアカウントははるか昔から使われてきた」。
匿名で取材に応じた前出のパブリッシャー幹部は、粗悪な情報を集めてしまうことは危険だが、収集の過程でサイト訪問者をサイトから遠ざけてしまうなら、そのリスクはさらに深まると述べている。「パブリッシャーにとって、ユーザーにログインさせることは非常に高価で難しいことだ」とこの幹部は話す。しかも、この幹部によると、ユーザーが訪問先のサイトによってプライベートと仕事用のメールアドレスを使い分けている場合、オーディエンスの身元特定はその時点ですでに難しいという。
セントロのトライダー氏も、「コンテンツの閲覧やコメントの投稿を希望するユーザーに、メールアドレスの登録を義務づけると、使い捨てのメールアドレスを使われるリスクがあるだけでなく、サイト離れを引き起こすおそれもある」と述べている。同氏はさらに、ユーザーの大量離脱の可能性に備えて、有効なメールアドレスでログインするユーザーから十分な価値を引き出す必要もあるだろうと指摘した。
トライダー氏いわく、「パブリッシャーのページビューと直帰率に与える影響は計り知れない」。
[原文:Why temporary email apps could disrupt identity tech and publishers’ first-party data strategies]
KATE KAYE(翻訳:英じゅんこ、編集:分島 翔平)