レガシーパブリッシャーは、ブランドへの愛着が世代から世代へと受け継がれることで、何十年にもわたって存続してきた。しかし、一部のパブリッシャーは若い世代向けの出版物を制作し、継承されるブランドへの愛着というしくみを丸ごと回避するようになってきている。
レガシーパブリッシャーは、ブランドへの愛着が世代から世代へと受け継がれることで、何十年にもわたって存続してきた。しかし、一部のパブリッシャーは若い世代向けの出版物を制作し、継承されるブランドへの愛着という仕組みを丸ごと回避するようになってきている。
アメリカズ・テスト・キッチン(America’s Test Kitchen)、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times:以下、NYT)、ザ・ウィーク(The Week)、タイム(Time)などのパブリッシャーは、子ども向けのバーティカルメディア、雑誌、書籍、番組などが、若い読者を取り込み、オーディエンス基盤を拡大するための優れた手段だと認識しはじめている。これらのブランドのターゲットとなる年齢層は7~14歳で、Z世代(1996~2009年生まれ)とアルファ世代(2010年生まれ以降)にまたがる。
この年齢層の子どもたちは、自由に使えるお金をほとんど持っておらず、また児童オンラインプライバシー保護法(COPPA)で守られているため、マーケティング費用をかけてリーチするのは困難だ。しかし、サブスクリプションやスポンサーシップを収益源とすることで、パブリッシャーはこうしたプロダクトがビジネスとして成立すると気づいた。関係性によって成り立つこの業界において、若いうちにブランドに対する習慣に基づいた親近感を抱かせることができれば、生涯にわたって心をつかめるはずだ。
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子ども向けコンテンツというビジネス
アメリカズ・テスト・キッチン:ボストンを拠点とする料理メディア、テレビ企業であるアメリカズ・テスト・キッチン(以下、ATK)は、2018年に若い(子どもの)シェフたち向けの料理本を出版し、この世代へのアプローチを開始した。同書は100週以上にわたりNYTベストセラーにランクインし続けた。
この成功を受け、同社は2019年に料理本を追加で刊行し、さらにレシピや調理テクニックのハウツーを掲載した初の料理サブスクリプションボックス「ヤング・シェフズ・クラブ(Young Chefs’ Club)」を立ち上げた。同サービスの価格は月25.99ドル(約2860円)、年間契約の場合は240ドル(約2万6400円)だ。ATKキッズ(ATK Kids)の編集長であるモリー・バーンバウム氏は、「我々はこれまで、親が子どもに買いたくなるようなプロダクトを制作してきたが、子どもたちと直接向き合ってはいなかった」と、語る。
こうして2020年、ATKは子ども向けの商品開発を担う18人体制のチームを組織し、この層に効果的にリーチする方法を検討しはじめた。チームが生み出した成果のひとつが、ポッドキャスト「ミステリーレシピ(Mystery Recipe)」だ。現在3シーズン目に入った同シリーズは、広告掲載によるスポンサー収入をもたらしている。なお、バーンバウム氏はスポット広告が売上に占める割合については明らかにしなかった。
さらに今年6月、ATKは子ども向けYouTubeチャンネルを開設し、ふたつのレシピ番組の配信を開始した。このうちひとつでは、オーディションに合格したATKキッズのコミュニティのメンバー数名が、自分で撮影した動画をチャンネルで配信できる。YouTubeチャンネルに広告は掲載されないが、100万人がチャンネル登録するATKの一般向けのYouTubeチャンネルと同様、若い世代を惹きつける原動力として成長が期待されている。ATKによれば、規模の拡大に伴い、ATKキッズの売上は2020年に250%増加した。なおバーンバウム氏は、売上の具体的な数字については言及を避けた。
ザ・ウィーク・ジュニア:ザ・ウィーク・ジュニア(The Week Jr)は、2020年3月に米国で創刊。この年はニュースの流れが目まぐるしく、ビジネスに有利に働いた。ブランドマーケティング担当シニアバイスプレジデントを務めるリサ・ボイヤーズ氏によると、初回発行部数は5万部だったが、約1年後の現在まで、10万人の購読者を獲得した。
同社は、2020年を米国でのブランド確立とサブスクリプションを正式に事業化することに費やしたが、今年はパートナーシップの拡大を模索したいと、ボイヤーズ氏は述べる。サブスクリプションが売上の大部分を占めているものの、週刊のザ・ウィーク・ジュニアには広告も掲載されている。その大部分は8~14歳向けの書籍を宣伝する出版パートナーの広告だ。同社は売上の具体的な数字を公表していない。
とはいえ、ザ・ウィーク・ジュニアのサブスクリプション事業と広告事業は、いずれも親の協力次第だ。結局のところ、購読料を支払うのは子どもたちの保護者であり、広告主は親子が一緒に週刊紙を読む時間を活用したいと考えている。
「スポンサーシップに関していえば、子どもたちの関心や成長をサポートする親の存在が、子どもたち自身と同じくらい重要だ」と、ボイヤーズ氏は語る。
NYTキッズ:キッズ版NYTは、2017年に「サンデー・タイムズ(Sunday Times)」の一部を子ども向けの紙面にするという単発の実験から誕生した。NYTキッズのエディターであるアンバー・ウィリアムズ氏は、当時の反響を受けて、NYTは12ページ、1号あたり約20記事を掲載する、子ども向けの定期月刊紙を創刊したと説明する。キッズ版には裏表紙にのみ不定期で広告が掲載される。
NYTキッズはこのブランドのマルチプラットフォーム化に取り組んでおり、現在新たな子ども向けアプリを開発中で、今年中に一部の登録者向けにベータ版の提供を開始する。NYTの客員起業家であるサラ・アドラー・ハートマン氏によると、このプラットフォームはCOPPAに準拠しており、ニュースよりも情報ジャーナリズムやハウツーに重点を置いたものになるという。現行のキッズ版は通常版とのバンドルになっているため、紙媒体の読者数はチームにも把握できていない。アプリという新たなプラットフォームにより、デジタル版の読者数をより正確に把握できるようになるだろう。
タイム・フォー・キッズ:子ども向けコンテンツ市場に参入したばかりの企業がいくつもあるなかで、タイムは20年以上にわたり、この分野でビジネスを展開してきた。
1995年、タイムは学校のカリキュラムをベースにした「タイム・フォー・キッズ(Time for Kids)」を立ち上げた。これには子ども向けに書かれた紙媒体の雑誌に加え、さまざまなワークシートや教師向けの授業計画が含まれていた。
パンデミックの発生により授業がオンライン化したことを受け、タイムはこのコンテンツをデジタル化して家庭に配信するサービスを開始。当初デジタル版は無料で、費用はGoogle、HP、AT&Tなどの提携しているテック企業が負担した。タイムのプログレスマーケティング担当シニアバイスプレジデント、マヤ・ドレイシン氏によると、最初の2カ月間で35万人が会員登録し、200万回以上ダウンロードされたという。現在はサブスクリプションモデルに移行しており、同社によれば9万3000人以上のデジタル購読者に支えられている。
タイム・フォー・キッズのデジタルサービスは拡大しつつあり、YouTube進出をも果たした。プログレスマーケティング担当バイスプレジデントのマット・スティーブンソン氏は、エディターはウェブサイトをゲーム化し、子どもたちが記事を読んだり、アクティビティに参加することで報酬を獲得できるようにしたと、話す。ドレイシン氏によれば、2020年のパンデミックの期間中、タイム・フォー・キッズのウェブサイトはユニークビジター400万人を達成し、前年比170%の成長率を記録したという。
キッズ版は内容と配信対象を拡大したことで、タイムと学校やブランドとのパートナーシップが2019年に比べて3倍に増加した。ドレイシン氏は、現時点で2021年の売上は2019年と同程度のペースで推移しているとしたものの、具体的な数字の言及は避けた。
ブランドへの親和性で優位に立つレガシーブランド
ロイター・ジャーナリズム研究所(Reuters Institute for the Study of Journalism)の上席研究員、ニック・ニューマン氏は、若いオーディエンスは「子どもの頃に家にあったブランドに親近感を持つことが多い」と指摘する。同氏のチームは、2019年にメディア消費における世代間行動の研究を実施した。
Z世代の場合、親が購読しているNYT日曜版を手に取る可能性は低いだろうが、NYTのインスタグラムやポッドキャスト「ザ・デイリー(The Daily)」といった、ブランドのデジタル版をフォローする見込みは大きくなると、ニューマン氏はいう。このように、レガシーパブリッシャーはデジタルネイティブな若いオーディエンスと人気のあるソーシャルプラットフォームにおいてつながりを築くチャンスを手にしている。
アルファ世代の子どもたちは全員が13歳未満であり、自身のソーシャルメディアアカウントを開設できなかったり、保護者がスクリーンタイムを制限している可能性がある。そのため、保護者が認める形でこの世代にリーチするには、紙媒体と安全なオンライン環境が鍵になる。子ども向けの印刷メディアは、単なるノスタルジーにとどまらないパブリッシャーとの直接的な結びつきを通じて、若い読者にブランドへの愛着を持たせる手段なのだ。
子どもによる、子どものためのメディア
どのパブリッシャーにも共通するのは、若いオーディエンスと関係を築くには、記事を読んだり動画を見てもらうだけでなく、彼らにコンテンツを生み出す機会を提供し、コミュニティの一員であるという感覚を育てることが重要だと認識していることだ。
参加型体験を提供するため、ザ・ウィーク・ジュニアは今春、1500人以上の応募者のなかから12人の読者を「ジュニア・カウンシル(Junior Council)」に選出した。カウンシルのメンバーは、ミシェル・オバマ氏などの著名人にインタビューし、紙面に掲載する記事を執筆した。
ATKキッズには1万4000人以上のレシピテスターのネットワークがある。テスターたちはレシピを受け取り、家庭で大人と一緒に作ってみたあと、フィードバックを提供する。「もう一度作ってみたい」とテスターの80%以上が答えたレシピだけが公開される。またATKの新たなYouTubeチャンネルでは、子どもたちにも出演のチャンスがある。
NYTキッズのチームは毎月、小学4年生のクラスと協力し、ひとつのテーマについて子どもたちに自分の考えを語ってもらうオピニオンプロジェクトを実施している。
また、タイムが創設した「キッズレポータープログラム(Kid Reporter Program)」というメンターシッププログラムでは、10人の読者がジャーナリズムの要領を学びつつ、タイムおよびタイム・フォー・キッズに取材記事を寄稿できる。タイムのスティーブンソン氏は、「プロジェクトの課題に取り組んだ結果、自分で執筆したコンテンツが雑誌の紙面を飾るのを自分の目で見ることができれば、とても有意義な経験になる」と、話す。「パンデミックのあいだに我々はエンゲージメントを劇的に高め、子どもたちがお互いの成功や貴重な体験を喜びあえるようになった」。
[原文:Why legacy publishers are focusing on growing their offerings for kids]
KAYLEIGH BARBER(翻訳:的場知之/ガリレオ、編集:小玉明依)