使い慣れたサービスを離れるのは惜しいが、それがパブリッシャーの扱う自社データとなると話は変わる。デンマーク最大のニュースサイトであるエクストラ・ブラデットは1月からGoogleアナリティクスの利用を完全にやめ、自社の独自システムでの解析へと切り替えた。同社によると、この試みは「大きなプラス」になっているという。
パブリッシャーは「反対意見」を好むものだが、それでもGoogleとの関係を不安視しているという点では、彼らのほぼすべてが「同意見」だろう。
パブリッシャーにしてみれば、自分たちのオーディエンスからどのように収益を上げているのかを完全にオープンにしていないと思われる企業を100%信用することはできない。しかし、広告収入の面でGoogleに大きく依存している以上、その懸念に従って行動を起こす勇気のあるパブリッシャーはほとんどいない。それでも時として、行動を起こす以外に選択の余地がないと感じるパブリッシャーもいる。
Googleアナリティクスから脱却
今年1月初旬にそのような選択をするに至ったのが、月間5億ページビューを誇るデンマーク最大のニュースサイト「エクストラ・ブラデット(Ekstra Bladet)」だ。同パブリッシャーは、Googleアナリティクス(Google Analytics)に別れを告げ、すでに自社の代替システム「ロングボート(Longboat)」とともに前に進んでいる。この切り替えを完全な成功と呼ぶには時期尚早だが、特にパブリッシャーにとって自社のデータに対する影響力の強化が、常にプラスの側面があるのは事実だ。
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Googleアナリティクスを利用しないということは、それが閲覧数であれ、サブスクリプションのコンバージョン率であれ、エクストラ・ブラデットと自サイトのデータとのあいだに仲介者を挟まないということだ。切り替えの効果を要約すると、次のようになる。まず、エクストラ・ブラデットは自サイト周辺の全体的なデータの流れを完全に掌握できるようになり、幹部陣によるデータ収集がはるかに楽になった。そして、Googleアナリティクスと自社独自ツールの相性を良くするのに苦労した日々が過去のものになった――少なくとも理論的にはそのはずだ。この件に関してGoogleにコメントを求めたが、期限までに回答はなかった。
エクストラ・ブラデットは、このデータを自社プラットフォームからより迅速に取得できるだけでなく、より多くのデータにアクセスできるようになった。エクストラ・ブラデットを所有するJP/ポリティケンス(JP/Politikens)でプロダクト開発および広告販売および技術のインサイト担当責任者を務めるトーマス・ルー・リッツェン氏によると、Googleアナリティクスが毎日追跡していた3000万件ほどのデータポイントを取得するのに数分かかっていたのに対し、今では1億3700万件のデータポイントを数秒で取得できるという。
「サイト上でのターゲティング向上を目指すコマーシャルチームの計画だけでなく、トレンドになっているニュースにより迅速に反応しようとする編集チームの取り組みもサポートするためには、ほとんどリアルタイムのデータが必要だ」と、ルー・リッツェン氏は話す。「しかし、そこに到達するには、データの収集を自分たちの手でおこなわなければならなかった」。
次の課題はデータの活用方法
多くの企業にデータ来歴の証明が当たり前に求められる今、広告主はエクストラ・ブラデットがデータをどれだけ自らの管理下に置いているかに注目し、そこに安心感を見出している。すなわち、エクストラ・ブラデットは、自社のオーディエンスとコンテキストのセグメントがすべてどのように構築されているかを保証できるということだ。
肝心のデータをGoogleのような中間業者から得ている場合、それを100%の自信をもって保証するのは難しい。データに何が起こってもパブリッシャーの監視下にあるというのは、一般データ保護規則(GDPR)の時代に求められる責任を考えると、ひとつの安心材料といえる。
「Web解析をほかのベンダーに依存しておらず、完全な透明性を提供できる相手を好む大手広告主との関係において、自社データを完全に掌握していることは、我々に大きなプラス材料となる」と、ルー・リッツェン氏はいう。
このデータを、特にアドテクベンダーにアクセスしやすくする計画がすでに進行中だ。今後、エクストラ・ブラデット独自のデータプラットフォーム「レレバンス(Relevance)」のオーディエンスデータは、アドフォーム(Adform)のプログラマティック入札技術に直接共有されることになる。それにより同ベンダーは、オープンマーケットプレイスからインベントリーを購入しようとする広告主の入札戦略に、このデータを追加することができるようになる。以前はこの種の取引は、非常に面倒な直接取引で行うしかなく、自動化されていなかった。
「次の課題は、どのように広告においてこのデータのコントロールを維持し、オーディエンスを尊重しつつ、ユーザーと広告主のあいだのエンゲージメントを向上させるような方法でデータを利用していくかだ。それも、パブリッシャーの環境やコンテキストに沿って、かつ仲介者にそれを引き渡すことで再びコモディティ化の罠に陥ることなく、すなわち単純にGoogle抜きで、実行しなくてはならない」と、メディアコンサルティング企業ADZストラテジーズ(ADZ Strategies)の創設者アレサンドロ・デ・ザンチェ氏は述べている。
実現には困難もあるが
エクストラ・ブラデットがGoogleアナリティクスを離れてまだほんの数週間だが、計画は数年前から進行していた。実際、この計画は2019年にエクストラ・ブラデットがレレバンスを立ち上げたことにさかのぼる。レレバンスは、広告主がファーストパーティのデータを使って同社サイト上でキャンペーンを展開する方法として立ち上げられたものだ。データの処理技術がデータの収集技術と同じでなければ、そのようなことをするのは難しいとルー・リッツェン氏は指摘する。
「サイトからのデータ収集の一部をGoogleを使って実施しても、そのすべてを社内システムに取り込むことはできなかった」と同氏はいう。「Googleアナリティクスへのデータ送信をシャットダウンすることができたとしても、裏でデータに何がおこなわれているのか本当のところはわからない」
それでも、パブリッシャーが自社のビジネスモデルのコントロールをGoogleからいくらかでも取り戻そうとするのは、これが初めての例ではなく、また最後でもないだろう。2年前、ドイツのメディア企業アクセル・シュプリンガー(Axel Springer)は、アドテクスタックをGoogleからアップネクサス(AppNexus)へ移行する作業を1年間がかりで完了した。同社の上級幹部は、この移行によって「Googleの技術を避けた自立したやり方がある」ことを他社にも示したいと語った。
とはいえ、計画を実行に移すのはたやすいことではない。Googleのプラットフォームは参入しやすいが、離脱するのは難しい。基本的に、企業が長年にわたって使い慣れたプラグアンドプレイシステムのように機能するからだ。パブリッシャーがGoogleのアドテクへの依存度を下げるために、より協調的な取り組みを行う兆しも見え始めている。しかし、それには小さな努力ではなく、大がかりな投資が必要となるだろう。
「米国では、顧客が独自のログレベルのデータを取得し、クラウドベースのアーキテクチャを使って独自のアナリティクスを構築することで、Googleアナリティクスから離れる動きが見られるようになってきている」と、コンサルティング企業カントン・マーケティング・ソリューション(Canton Marketing Solutions)の創設者で、ニュースUK(News UK)やフューチャーパブリッシング(Future Publishing)などのパブリッシャーに勤務した経験があるニック・キング氏はいう。「明らかに、Googleのエコシステム内で多くの変化が起きつつある。今後数年間でGoogleアナリティクスがGoogleのIDとどのように接続するのか、また全体としてアナリティクスをどのように扱うのかが注目されるところだ」。
SEB JOSEPH(翻訳:高橋朋子/ガリレオ、編集:分島 翔平)