バイス・メディア・グループは2020年に社内で開発された新しいモバイルアプリ、ストーリーズ・スタジオを利用し、従来のテキストや動画ベースのコンテンツ制作から脱却し、さまざまなプラットフォームに容易に配信できるモバイルネイティブのコンテンツを増やす方針だ。その狙いはどこにあるのだろうか。
バイス・メディア・グループ(Vice Media Group)のコリー・ハイク氏は、同社のコンテンツ制作の変化を「方針転換」とは呼びたくないと考えている。
しかし、2020年に社内で開発された新しいモバイルアプリ、ストーリーズ・スタジオ(Stories Studio)はバイス・メディア・グループのまさしく「全身」を、ストーリー形式のコンテンツへと向けさせた。TikTok、インスタグラム、Facebook、Google、そしてどういうわけかLinkedInまで、さまざまなプラットフォームに容易に配信できるモバイルネイティブのコンテンツを増やす方針だ。
従来型コンテンツを凌ぐ制作数
バイス・デジタル(Vice Digital)のヨーロッパ担当マネージングディレクター、オリー・オズボーン氏によれば、ストーリーズ・スタジオは2020年6月、少数のコンテンツ制作者が参加する形で始動した。いまでは全世界の従業員250人以上が利用し、毎月3000以上のオリジナルコンテンツを生み出しているという。
Advertisement
決して方針転換ではないこの動きは有望な成果をもたらしている。全世界のソーシャルチームがストーリーズ・スタジオを導入してコンテンツ作成のスピードアップをさせて以来、1投稿あたりの平均インプレッション数がグループ全体で72%上昇した。2020年の立ち上げ以降、力を入れてきたバイス・ワールド・ニュース(Vice World News)は、ストーリーを中心としたアウトプットにより、半年前は10万人強だったインスタグラムのオーディエンスが60万人を超えた。
今やバイスのタイトルは毎月、従来のテキストや横型動画をベースにしたコンテンツよりもストーリー形式のコンテンツを数多く制作している。ストーリーズ・スタジオの成功を受け、バイスは組織のほかの部分、ブランデッドコンテンツ事業でも活用する方法を考えている。バイスのCDOであるハイク氏によれば、ストーリーコンテンツは第1四半期、前年比で2倍近い売上をもたらしたという。ただし、ハイク氏は具体的な数字を明らかにしなかった。
「私の予想をはるかに超えている」とハイク氏は話す。「これらのプラットフォームでのオリジナルコンテンツの制作が、今まさに活気のある場所だ」。
いま重視されているエンゲージメント
バイスは決して、ストーリー形式の拡大と均質化を利用した最初のパブリッシャーではない。ソーシャルを重視するグループ・ナイン(Group Nine)のようなパブリッシャーは、さまざまなストーリーを再編集し、複数のプラットフォームで再配信する戦略を何年も続けている。テキストベースのコンテンツより高価であることに変わりない動画のリーチと利益を最大化することが目的だ。
また、ストーリーへの移行は、オーディエンスの注意を引くという目的のため、業界全体のあり方が再編されていることの影響も受けている。URLメディア(URL Media)とエピセンター(Epicenter)の共同創業者、S・ミトラ・カリタ氏は「これまでニュースルームの配信に対する考え方は規模とバイラリティの実現だった」と話す。URLメディアは黒人、ラテン系コミュニティ向けニュースサイトのネットワークで、エピセンターはニューヨークに拠点を置くハイパーローカルニュースのスタートアップだ。
カリタ氏はCNNデジタル(CNN Digital)のニュース、番組、オピニオン担当シニアバイスプレジデントを務めた経歴を持つ。「それが今、多くのニュースルームがエンゲージメントと関連性を重視している」。
バイスのアプローチは、そのプロセスを組織内で民主化するというものだ。ソーシャルプロデューサーやデジタルデザインチームにストーリーコンテンツの制作を一任するのではなく、アプリにコンテンツテンプレートとデザイン要素を用意し、アウトプットの統一性と一貫性を確保している。
「ストーリーズ・スタジオが創造性の障壁を下げている」とバイス・デジタルのオズボーン氏は話す。「ニュースルームは時代遅れのCMSに固定され、編集者をテキストベースのジャーナリズムに縛り付けている。我々は橋渡しとなるツールをどうしてもつくりたかった」。
「ストーリーは独自のエコシステム」
バイスの従業員はオリジナルコンテンツの制作にストーリーズ・スタジオを使用しているが、もともと伝統的な形式だったコンテンツの流用や再フォーマットにも使い始めている。たとえば、傘下のテックメディアであるマザーボード(Motherboard)にゲームストップ(GameStop)株の騒動に関する詳細な解説記事が掲載されたが、これもストーリーとして配信されるカードのカルーセルにつくり変えられるかもしれない。
バイスがストーリーを採用したのは、ストーリー形式が広告支出のはるかに大きな部分を占めるようになったためだ。データマーケティング企業であるマークル(Merkle)の調査によれば、第1四半期、インスタグラムに投じられた広告予算の3分の1がストーリーに使われている。1年前の比率は22%だった。
メディアエージェンシーのメディアハブ(MediaHub)で有料ソーシャル担当バイスプレジデントを務めるジョン・セバーソン氏は、「ストーリーはまさに独自のエコシステムになっている」と話す。「すべてのバーティカルにチャンスがあり、予算もそちらに向かっている。我々はさらに加速すると予想している」。
「バイスがストーリーに傾倒しているのは明るい材料だ」とセバーソン氏は続ける。「ストーリーを重視するということは、魚が最も多い場所で釣りをしているということだ。オークションダイナミクスの効率性のおかげで、長期的に人材を投じるべき空間となっている」。
費用対効果が高いプラットフォームネイティブなコンテンツ制作への今回の移行は、ベンチャーキャピタルの出資を受けるスタートアップであるバイスが上場企業としての新たな一章を始めようとしているときにおこなわれた。バイスはSPACと呼ばれる特別買収目的会社を通じた株式公開に向けて交渉を進めていると報じられている。
[原文:‘Where the action is’: Vice Media Group now produces more Stories than text or video]
MAX WILLENS(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:分島 翔平)