2021年2月に誕生した「VOGUE GIRL+」は、パブリッシャーのサブスクリプション戦略に、新たな一石を投じた。『VOGUE』『GQ』『WIRED』などを要するコンデナスト・ジャパンが構築した、この新しいサブスクリプションサービスは、なんと日本が世界に誇るスーパーアプリ、LINE上に構築されているのだ。
パブリッシャーのサブスクリプション展開も、新たなフェーズに入ってきたのかもしれない。
これまでであれば、Webサイトや独自のアプリで展開されていた、パブリッシャーのサブスクリプションサービス。しかし、デジタルコンテンツへの課金という習慣がユーザーのあいだで徐々に浸透し、その裾野が広がるにつれて、さまざまなチャレンジが生まれている。たとえば、2019年11月にローンチされた『文藝春秋digital』は、業界の度肝を抜いた。サブスクリプションサービスを構築するために、メディアプラットフォーム「note(ノート)」を利用していたからだ。
そして、2021年2月に誕生した、『VOGUE GIRL+(ヴォーグガール プラス)』である。『VOGUE』『GQ』『WIRED』など、数多くのファッション及びカルチャー関連のバーティカルメディアを要するコンデナスト・ジャパンが構築した、この新しいサブスクリプションサービスは、なんと日本が世界に誇るスーパーアプリ、LINE上に構築されているのだ。
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「収益性が高く望め、リスクも低く抑えたい。加えて『VOGUE GIRL』が持っている良質なコンテンツやサービスも(確実にユーザーへ)届けなければならない」と、コンデナスト・ジャパンでデジタルプロダクト統括を務める牛木裕美氏は語る。「その点をクリアできるのがLINEだった」。
DIGIDAY[日本版]が3月25日にザ・リッツ・カールトン東京で開催した、パブリッシャーエグゼクティブのためのイベント「DIGIDAY PUBLISHING SUMMIT 2021」。本記事では、そのイベントで牛木氏が登壇したセッション「『VOGUE GIRL』が切り開く、スーパーアプリLINEの新境地:最短&低リスクのサブスク開発とは」の内容をサマリーにしてお届けする。
コンデナスト・ジャパンの牛木裕美氏
分散型メディア的戦略のなかで
ファッション・ライフスタイル誌『VOGUE JAPAN』の姉妹ブランドメディアとして、2011年に創刊され、2015年秋からデジタルに完全移行した『VOGUE GIRL』。デジタルを主体とした(雑誌も不定期刊行されている)、このメディアのターゲットは、ファッションやビューティ関連の情報に関心を持つZ世代やミレニアル世代だ。
現在『VOGUE GIRL』の月間PVは約6300万。そして、月間UUは約460万人で、それにLINE(約160万人)やFacebook(約5万5000人)、インスタグラム(約24万5000人)、Twitter(約21万9000人)などのソーシャルメディアも含めると、トータル(述べ)リーチは670万に届く。総務省によると、日本の人口におけるZ世代とミレニアルズの女性は約1300万人。そのおよそ30%を『VOGUE GIRL』はカバーしていることになる。日本の女性系ファッションメディアでは、最大級のリーチを持つメディアだ。
これまで『VOGUE GIRL』は、Z世代とミレニアルズ世代へのリーチを武器に、広告収益を最大化する施策を打ってきた。そのために注力していたのは、トラフィックをソーシャルメディアから集め、リテンションを上げることだ。つまり、ソーシャルメディアは検索エンジンと同様、低単価で獲得可能な「トラフィック源」と捉えていた。しかし、2017年頃から、その施策が頭打ちになってきたという。
「収益を多様化するには、ソーシャルメディアをトラフィック源ではなく、それぞれを独立したコミュニティとして捉えなければならないと考えた」と、牛木氏は語る。「各ソーシャルメディアに適したUIやUXを設計し、コンテンツをデリバリーする戦略へと方針転換した」。
その新たな方針によって、YouTubeはメインサイトから独立した動画プラットフォーム、Twitter・インスタグラム・Facebookはメインサイトのコンテンツ拡散や新規ユーザー獲得のためのプラットフォーム、そしてLINEや各種イベントはコアサポーターのコミュニティという、それぞれの役割を果たすようになったという。ある意味、そうした分散型メディア的戦略を深めるなかで、トラフィックとマネタイズの両方に優れており、ユーザーエンゲージメントの高い、LINEの新たな可能性に気づく。サブスクリプションだ。
「LINE」でサブスク、3つの理由
そもそも、サブスクリプションサービスを構築するにあたって、いくつかの選択肢があったと、牛木氏は指摘する。たとえば、独自のプラットフォームやアプリを構築して、いちからオーディエンス開発を行う。または、すでに多くのオーディエンスを抱える、Netflixやnoteなど、サードパーティのプラットフォームと組んで、コンテンツ開発に注力するなどだ。そんななか、コンデナストは第三の選択肢を選んだ。それは、すでに独自の濃いオーディエンスを多数抱えるLINE上に、自社サイトや他プラットフォームを活用できるハブ機能となるプロダクトを独自開発するというものだ。
その決め手となった、ポイントは3つある。
1つ目は、『VOGUE GIRL』のLINEアカウントには、すでに160万人のフォロワーがいること。しかも、自社サイトに訪問するユーザー数は、Googleを経由した場合を1とすると、LINEの場合はその約7.5倍のフリークエンシーがあるという。つまり、『VOGUE GIRL』へのエンゲージメントが非常に高いユーザーが、LINEにはプールされていたのだ。「フリークエンシーが突出して高く、訪問頻度の高いユーザーが160万もいるLINEならマネタイズできる可能性が高かった」と、牛木氏は語る。
2つ目は、開発コストの削減だ。今回、牛木氏はサービスの開発にあたり、LINEが提供するウェブアプリのプラットフォーム「LINE Front-end Framework(以下、LIFF)」を活用した。LINE上のプラットフォームを活用するため、通常のアプリと比較して制作のコストや期間を圧縮できるうえ、ウェブサイトと違いプッシュ通知も送れる。「特に求めていたのがスピード。マーケットニーズの変化が早いため、開発期間は短ければ短いほどよかった。LIFFを使えばウェブサイトはもちろん、アプリ開発よりも期間を大幅に短縮できる」。
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3つ目が、LINE公式アカウントの料金体系が変更されたこと。以前は各アカウントからの配信制限はなかったが、1通ごとにコストがかかる「従量課金型」へ移行した。「これは複数のメディアを持つコンデナスト・ジャパンにとっても、経営課題のひとつとなっていた」と牛木氏。「これまでは『週4回の無料配信』を行っていた。しかし、今回のサービスを開発するなかで『週2回の無料配信』と『週3回の会員限定配信』と分けて、PoCを実施した」。
ユーザーにとって良いUI/UXを担保しながら、開発コストを最小限に抑える。そして、サブスクリプション型への移行で配信コストを抑制しつつ、売上や会員基盤を拡大する。それらを網羅的に実行できたのがLINEだったのだ。
テクノロジーを内包したパブリッシャー
さまざまな戦略立案、PoCが行われるなかで、2021年2月、LINE上でのサブスクリプションサービス『VOGUE GIRL+』(月額480円)がローンチした。『VOGUE GIRL+』では毎月12本のコンテンツ、ウェビナーを3本配信。コンテンツには、人気の占い師「しいたけ.」による個人鑑定や、中条あやみ、池田エライザなどの人気女優がゲストエディターとして関わった記事がラインナップされている。
各パブリッシャーが苦戦するなか、なぜコンデナスト・ジャパンはこのような新しい戦略を生み出し、迅速に実行できたのか。その理由を、牛木氏は「コンデナスト・ジャパンがパブリッシャーでありながら、テクノロジー企業を内包しているから」と答える。「テクノロジー企業はコンテンツが欲しい。一方で、パブリッシャーをはじめとしたコンテンツホルダーはテクノロジーが欲しい。コンデナスト・ジャパンはデータに基づいたマーケティングを軸としているので、両面の強さを包含しながら、ひとつのチームとして機能している」。
実際に『VOGUE GIRL+』のプロジェクトは、デジタルマーケティングスペシャリストやプロダクトマネージャー、UIUXデザイナー、エンジニアなど、さまざまなメンバーに加え、外部開発会社の力を借りることで実現できたという。
「まだこのサービス自体、どうなるかまったくわからない。ただ、こんな時代だからこそ、若い女性に向けてエンパワードするコンテンツで、明るい未来の兆しを見つけられるコミュニティを作りたかった」と、牛木氏は締めくくる。「今回の『VOGUE GIRL+』のプロジェクトを通して、新たなコンテンツやコミュニケーションの可能性を見つけていきたい」。
Written by 海達亮弥、長田真
Photo(人物) by 渡部幸和