パンデミックによって広告収益は低下したがトラフィックは増加した、というパブリッシャーは少なくない。そんななか、アトランティックは過去最大の新規購読者を獲得し、読者収益の大幅増に成功。現在では収益面で「楽観視」できる状況にあるという。同社のペイウォールを駆使したエンゲージメント戦略とはどのようなものなのだろうか。
昨年9月、アトランティック・メディア(Atlantic Media)は満を持してペイウォールを投入した。しかし、同社のプレジデント、マイケル・フィネガン氏は初年度でどれだけ購読者を獲得できるかはっきりとした見通しは立っていなかったと語る。
結論から言えば、アトランティック・メディアは当初の目標からかなり大幅に上方修正することになった。過去12カ月間で、アトランティック(The Atlantic)は30万人以上の購読者を新規に獲得した。そのうち45%が年間59.99ドル(約6300円)の、紙版とデジタル版の両方を利用できるバンドルサービスに登録している(デジタル版のみの場合は年間49.99ドル[約5300円])。
アトランティックは当初「2年間で11万人」を目標としていたが、この状況を受けて「2022年までに読者収益を5000万ドル(約53億円)」へと上方修正している。
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トラフィック増で新規購読者を獲得
フィネガン氏はアトランティックの好調ぶりについて、コロナ禍によるトラフィックの上昇もプラスに働いたのは確かだが、ペイウォールの強化やサイト内外でのオンボーディングとエンゲージメント戦略、慎重なペイドマーケティングへのアプローチによるところも大きく、今後も継続する予定だという。「ここ半年の業績は非常に優れたものだった」と同氏は語る。「月間目標を大幅に底上げすることになり、今後が楽しみだ」。
アトランティックに限らず、ニュース系パブリッシャーの訪問者数はこの春に急増した。新型コロナウイルス関連の報道が、記録的なトラフィックを叩き出すようになったためだ。コムスコア(Comscore)によると、アトランティックの3月のユニークユーザー数は6800万人で、これは前年比で136%増加となっている。
春以降トラフィックは減少傾向にあるが、それでも前年比でははるかに高い数字を保っている。同じくコムスコアのデータを見ると、4月から6月にかけて月間ユニークユーザー数は前年比で50%超、7月は27%超の増加となっている。
これによりコンバージョン数もまた上昇したが、トラフィックに単純に比例したわけではない。アトランティックは3月に3万6000人を超える購読者を獲得したと発表し、大きな注目を集めた。だがフィネガン氏によると、実際は4月にも3万6000人以上の購読者を獲得しており、さらに5月と6月には、各月で5万人を超える購読者を新規獲得しているという。
新規購読者のなかには、アトランティックの記事をそれまで読んでいた人も含まれる一方、トラフィックの急増に伴い、それ以外の層も惹きつけることになった。著名な科学ジャーナリストであるエド・ヨン氏による「アメリカはなぜパンデミックに敗北したのか」という記事や、最近ではドナルド・トランプ氏の退役軍人に対する敬意を欠いた言動を取り上げたジェフリー・ゴールドバーグ氏の記事などが、新規購読者の獲得にそのままつながっている。特に後者の記事が掲載された9月3日以降、アトランティックは2万人以上の購読者を新規獲得した。
SNSを駆使したリテンション施策
リテンション対策としてアトランティックは、それまでアトランティックへのアクセスが少なかったのに新規購読しはじめたユーザーを区分けし、その動向に注意を払っている。その一環として、同社は新規購読者をニュースレターにサインアップさせ、SNSでアトランティックや記者のアカウントをフォローしてもらっている。これはアトランティックを読むことを習慣づけさせることを目的としており、フィネガン氏は、月に3回の訪問でリテンションに十分なエンゲージメントになると語っている。
そしてアクセスが月に3回未満の読者には、SNSの有料広告を活用してプッシュ記事を配信するリエンゲージメントを行っているのだ。
また、アトランティックは新型コロナウイルス以前からサイトのUXやUIに関わるチューニングに取り組んでおり、それによる恩恵も無視できない。同社は昨年11月の時点で購読ページのボタン色の変更、支払い方法表示数の削減といった、購読までの流れを大幅に見直している。これによって、新規購読者の獲得数が1日あたり数百人から約千人と、ほぼ倍増したという。
また、Facebookのインスタント記事やGoogle AMPからの購読を可能にしている。フィネガン氏によると、基本的にアトランティックの新規購読者は同社のサイトで契約するケースが大半だが、上記の2チャネルに関しては通常で月間購読者数の6%ほどを占めているという。これまでのところ、AMPはインスタント記事よりもコンバージョンは少ないが、これはAMPのモバイル検索に最適化されたページ形式が一因となっている。
フィネガン氏はFacebookからの新規購読者を歓迎しており、長期的にはリテンションを高めるために同チャネルが活用できるかもしれないと述べている。Facebookで登録した購読者は、アトランティックの記事に「驚くほど」多くアクセスするようになっているためだ。
ペイウォールのデータを活用
また、ペイウォールの強化も加入者数の伸びに拍車をかけた。2カ月前に、同社は1カ月あたりにアクセスできる記事数を5記事から3記事に減らした。
さらにアトランティックは、ペイウォールの導入から半年で得たデータをもとにペイドマーケティング戦略を実施している。フィネガン氏は具体額を明かさなかったが、金額としては大きくないものの、1月と比べて8月には3倍以上の額をペイドマーケティングにつぎ込んでいるという。実際、アトランティックが8月に獲得した2万5000人の購読者のうち、2000人のコンバージョンはペイドマーケティングによるものだった。
「適切な投資額で、コンバージョンを少しずつ得られるようになってきたと感じている」と同氏は語る。業界の事情通は、アトランティックほど編集面でリソースが豊富なパブリッシャーは限られているが、同社の取り組みは他社も真似られるはずだと語る。
オーディエンス開発コンサル会社トゥエンティ・ファースト・デジタル(Twenty First Digital)のCEO、メリッサ・チャウニング氏は、購読者がジャーナリズムを支えると強調するアトランティックの戦略について「同社の編集チームは超一流であり、それが成功の原動力になっていることに疑いの余地はない」と指摘する。「とはいえ、アトランティックのモデルは、ほかのパブリッシャーでも参考にできるはずだ」。
「今は楽観的な状況」
アトランティックもまたほかのメディア企業と同様に、購読者数が増加するなかでも広告やイベント事業は困難に直面している。同社は5月に広告の削減を理由として、動画およびイベントチームの大半を含む68人(社員の約20%)をレイオフした。
このような最悪の事態のなか、フィネガン氏は当初、収益目標が50%を割り込むのではないかと懸念したという。だが、そこでプラスの材料となったのが直販広告と増加を続けるトラフィックだ。「最終的に、今年は減収にならない可能性が高い」とフィネガン氏は語る。
「年初の状況を考えれば、それでもかなり失望すべき事態だ。だが、4月の予想と比べれば、かなり楽観的な状況と言えるだろう」。
[原文:‘We’ve really reset our floor’ How The Atlantic gained 300,000 new subscribers in the past 12 months]
MAX WILLENS(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)