カナダ発のユース・カルチャーメディア企業Vice Media(以下Vice)は2016年2月29日(米国時間)、低迷するテレビチャンネルに出資・協力して、衛星ケーブルチャンネル「VICELAND」の放送を開始する。
Viceは、1994年のフリーペーパー創刊からデジタルに軸足を移したメディア企業。エッジーでパンクなユースカルチャーを発信することで、テレビから離れるミレニアル世代の受け皿になった。現在、米国における新興デジタルメディアのなかで頭ひとつ抜け出している存在だ。
アナログメディアがデジタルに進出する例は数多あるが、その「逆流」ははじめてだ。この世紀の大実験が新しいメディアコングロマリット(複合体)の誕生につながるだろうか。
カナダ発のユース・カルチャーメディア企業Vice Media(以下Vice)は2016年2月29日(米国時間)、低迷するテレビチャンネルに出資・協力して、衛星ケーブルチャンネル「VICELAND」の放送を開始する。
Viceは、1994年のフリーペーパー創刊からデジタルに軸足を移したメディア企業。エッジーでパンクなユースカルチャーを発信することで、テレビから離れるミレニアル世代の受け皿になった。現在、米国における新興デジタルメディアのなかで頭ひとつ抜け出している存在だ。
アナログメディアがデジタルに進出する例は数多あるが、その「逆流」ははじめて。この世紀の大実験が新しいメディアコングロマリット(複合体)の誕生につながるのだろうか。
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「VICELAND」は24時間放送、放映世帯数は7000万に達する。パートナーのA+Eネットワークス(A+E Networks)が株式の過半を保有し、残りをViceが保有するが、番組はすべてVice側が制作する(詳しくはこちらの記事)。米広告専門メディア「アドエイジ(Adage)」によると、プライムタイム(ゴールデンタイム)に8つのオリジナルシリーズを投入することが決まっており、いくつかの放映権の購入を除いて、すべての番組の制作を行うという。つまり、Viceは24時間を埋めるコンテンツを作り続けなければいけないのだ。
2016年1月26日(米国時間)、「VICELAND」の番組のトレーラー(予告編)が発表された。まずは、それを観てみよう(全編英語だが、映像だけでもとても興味深い)。
パンク、ドキュメンタリー、ユースカルチャー
過激な内容をドキュメンタリー形式で扱う「VICELAND」。ユースカルチャー、サブカルチャーのほか、マイノリティの文化へ明確に焦点を絞っている。これまでViceがデジタルビデオで展開してきたのと同じ路線だ。もしこれが大多数の若者へのリーチ(到達)を獲得するとすれば、米国の若者文化はとてもエッジの効いたレベルに達しているといえるだろう。
(1)ゲイケーション(GAYCATION with Ellen Page and Ian Daniel)
同性愛者とカミング・アウトしている女優エリン・ページを起用した世界中のLGBTの動向を追うドキュメンタリー。映画『インセプション』などに出演歴のある有名女優が、ジャマイカのLGBTの惨状を追ったり、渋谷、新宿2丁目などにも足を伸ばす。日本のLGBTの男性が「継続はオカマなりだよ」と問いかけるシーンが印象的だ。
(2)世界のもっとも奇妙なサブカルチャーの内側:ボールズ・ディープ(Inside the World’s Strangest Subcultures: BALLS DEEP)
イケてないオタク青年が世界中を旅して、さまざまな経験を積んでいくVice版「世界不思議発見」。ヨガに参加したり、黒人コミュニティに混ざったり、ムスリムの礼拝にも参加する。
(3)「アクション・ブロンソンが帰ってきた:ヤバいうまい!!(Action Bronson is Back: F*CK, THAT’S DELICIOUS)」
元シェフの巨体白人ラッパー、アクション・ブロンソンによるグルメ・ライフスタイル番組。「XXXXLサイズ」の巨体、大食いのブロンソンが、人生の楽しみ方を視聴者に伝える。
(4)音楽シーンを追うドキュメンタリー:NOISEY
自社レーベルももつViceのネットワークを駆使し、全世界で繰り広げられる「もっとも音楽シーンに寄り添った」音楽ドキュメンタリー。Viceのデジタルビデオチャンネル「Noisey」のテレビ拡大版。
人材が結集:ネクストMTV
「VICELAND」を語る際に避けて通れないのがMTVだ。MTVは、90年代以降のミュージック・ビデオブームに火をつけ、悪ふざけ番組『ジャッカス』、リアリティ番組『オズボーンズ』などをヒットさせた若者カルチャーのチャンネルである。
Viceは、「VICELAND」の共同プレジデントとして、MTVに縁の深い映画監督スパイク・ジョーンズ氏を起用している。2006年からViceのクリエイティブ・ディレクターを務めるジョーンズ氏のプロフィールを見ると、ViceはMTVがたどったユースメディアの道を歩いており、「VICELAND」がネクストMTVであることを類推できる。

Photo by Kevin Winter/Getty Images
ジョーンズ氏はMTVの申し子で、多数のミュージック・ビデオを手がけてきた。最初のヒット作は、ギャング映画をパロディーにした、ビースティ・ボーイズの「サボタージュ」だ。
その後、ジョーンズ氏は幅の広いアーティストを相手に音楽業界の波に乗ってきた。1990年前半のソニック・ユースなどのオルタナティブロック、ハードコアから、90年代後半のケミカル・ブラザーズのビッグビート、2000年代に入ると、ビョークのエレクトロニカ、カニエ・ウェスト、ジェイZのヒップホップまで手がけている。
ジョーンズ氏はミュージックビデオの外にも積極的に枠を広げ、テレビでは前出の『ジャッカス』(2000-2002)を、MTVで総監督としてヒットさせた。映画監督としても1999年に『マルコヴィッチの穴』で業界に衝撃を与え、孤独な男性がOSと恋に落ちる『her/世界でひとつの彼女』でアカデミー脚本賞を受賞している。そのジョーンズ氏は「VICELAND」を手掛ける間は、映画監督を休業すると言われている。

Photo by Kevin Winter/Getty Images
ほかにも、Vice急成長の功労者には、MTV立ち上げに関わったバイアコム(Viacom)元CEO、トム・フレストン氏がいる(橋本英明氏のブログ、とForbesに詳しい)。フレストン氏がMTVで培った人脈と経験がViceを支えている。
また、Viceはニューヨークシティに本社を置くが、摩天楼が並ぶマンハッタン島ではなく、人種構成が多様で、サブカルチャーの発信地であるブルックリンに本社を置いている。この立地を見ても、これまで紹介してきたサブカルなクリエイティブが生まれる素地が透けてみえる。
CMも独特:枠は買占め可、素早い自社制作
CMもまた、他社と異なる売り方、制作方法が実施されることになりそうだ。
ふたたび「アドエイジ」によると、ネットワークは他のケーブルチャンネルと同様、1時間のうち8分間をCMに充てる考え。そのうち昼帯や特定の番組では、30秒毎にちぎって販売することをしないという。
CM時間が各広告主にばらばらに売られ、ばらばらの状態(コマーシャルクラッター)は売り手にとっては避けられないようにも思えるが、広告主側には訴求が完璧に行えないという不満がある。視聴者数が落ちこむテレビチャンネルは、CM時間を増やすことで補填してきたが、最近では複数のチャンネルを運営するバイアコム(Viacom)と(Turner)ターナーが(在庫の価格を保つため)CM時間を減らす方向に傾いている。
「VICELAND」は広告主ニーズに応えるため、以下の自由を広告主に渡す。
・VICEのコンテンツ・マーケティング・スタジオでCMを制作できるようにする。
・最大で「すべてのCM枠」を購入できるようにし、より長いブランドストーリーを放送できるようにする(特定の番組に限られるとみられる)。
とあるメディアバイヤーは、「アドエイジ」に「彼らがしていることは、コンテンツ制作を速くできるようにすることだ。広告主にとって嬉しいだろう。しかも、広告主に枠を独占するチャンスを与えている。これは以前からある方法を彼らが真似ているということだ」と語る。
「VICELAND」は高額の広告料と強気な条件を提示しているようだ。1000人当たりへのリーチ(到達)費用は、上位10ケーブルテレビネットワークより高額なものもあり、しかも、かなり低い基準の保証があるのみだ、と同バイヤーは付け加える。
オーディエンスのサイズをあまり期待できないため、「VICELAND」が提示する条件で広告枠を売ることは難しいとみるバイヤーもいる。ただし、もう一方で、Viceの若いオーディエンスにはとても魅力があるという見方もあると、「アドエイジ」は報じていた。
「テレビをあまりに見ない若者の塊をつくった。それにアクセスしたければ、高い広告料を払ってもらおう」という売り方のようだ。また、自社でCMを制作すれば、テレビチャンネルの世界観に馴染んだ広告ができるので、視聴者は本編からシームレスに流れこむCMを自然に観ることになるかもしれない。CMによりポジティブな印象を抱く可能性はある。
膨張する出資:新しいメディアコングロマリットの誕生?
Viceはライバルの新興デジタルメディアのなかでもっとも多額の投資を集めている。WPP、フォックス、ディズニーとメディア、広告企業がViceに影響力をもちたいと考えている。この投資をみる限り、今回のテレビ進出は最初の一歩に過ぎず、強力なコンテンツ制作力を活かし、音楽事業を拡大し、映画にも足を伸ばすかもしれない。Viceは新たなメディアコングロマリットになるのだろうか、「VICELAND」はその試金石になりうる。
Viceへの主だった出資
Written by 吉田拓史