メディア企業にとって、プライベートエクイティファンドに買収されるというのは「終わり」のように感じるものかもしれない。だがPEファンドと一口に言っても、たとえば従来型のパブリッシャーに長期的な経営介入をおこないデジタルトランスフォーメーションを推進し、数年後には高収益な優良企業へと変貌を遂げるケースも実際にある。
メディア企業にとって、プライベートエクイティファンドに買収されるというのは「終わり」のように感じるものかもしれない。組織は大幅に再編され、新たな経営陣は積極的に人件費を削る。そんなイメージは根強い。
だがプライベートエクイティファンドとひと口に言ってもさまざまなタイプに分かれる。経営に力を入れるところもあれば、できる限り短期間で転売のみを狙うタイプもある。たとえば、従来型のパブリッシャーに長期的な経営介入をおこないデジタルトランスフォーメーションを推進し、数年後には高収益な優良企業へと変貌を遂げるケースも実際にある。
こういったファンドの特徴的のひとつに、各メディア企業が持つ強みや独自技術へ集中投資をしたり、既存プロダクトを改良した特別版のリリース、あるいは書籍などの派生製品を展開するなど、状況に応じて多面的に事業展開を推し進めることが挙げられる。
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メディア業界特化ファンドの存在
かつてはスウェーデンのメディアコングロマリットであるボニエ(Bonnier)の傘下にあり、買収により現在はプライベートエクイティファンドに経営権が委譲されている7つのメディアブランドも、各社望むことは皆同じだ。つまり、縮小ではなく、上記のようなポジティブな変革を期待している。
ノース・エクイティ(North Equity)は、3年前に設立されたプライベートエクイティファンドだ。同社は10月にボニエの専門誌であるポピュラー・サイエンス(Popular Science)とポピュラー・フォトグラフィー(Popular Photography)、サブール(Saveur)、アウトドア・ライフ(Outdoor Life)フィールド&ストリーム(Field & Stream)、そしてオンラインメディアのベター・ユー(Better You)とインタレスティング・シングス(Interesting Things)の計7ブランドを買収した。ノース・エクイティは、メディア業界に特化したプライベートエクイティファンドだが、同社にとって今回の買収はタイトル数としてもっとも多い買収となった。そしてこの買収により、同社が資産として抱えるメディアブランド数は合計で13にも上ることとなった。
保有するカテゴリーも多岐にわたり、家庭や車、軍事といった専門分野も含まれる。ザ・ドライブ(TheDrive)、カーバイブル(CarBibles)、ボブヴィラ.com(BobVila.com)、キッチニスティック(Kitchenistic)、タスクアンドパーパス(Task and Purpose)などは、すでに同社が取得しているブランドだ。ノース・エクイティが最初に買収したのは2018年のザ・ドライブで、それ以外のブランドもボニエのブランドに先駆けて買収してきた。
ノース・エクイティによる今回の買収劇について、具体的な金額は明かされていない。ただし、ニューヨーク・ポスト(New York Post)の報道によると、2007年にボニエはタイム(Time Inc.)から上述のポピュラー・サイエンス、アウトドア・ライフ、フィールド&ストリームを含む18の専門誌を推定で2億2500万ドル(約235億円)かけて買収したとされている。また、フロリダの地元新聞オーランド・センチネル(Orlando Sentinel)によれば、1994年に創刊されたサブールは、2000年にガーデンデザイン(Garden Design)とあわせて1500万ドル(約16億円)で買収されている。
従来メディアのDXが投資の狙い
ノース・エクイティは、アンドリュー・パールマンとマット・セクレスト両氏が共同で設立したファンドだ。パールマン氏は、エンターテインメント業界に特化したプライベートエクイティファンドのクラシック・メディア(Classic Media)出身。その後、同社はドリームワークス(DreamWorks)へ事業譲渡し、知的財産権をはじめ、保有していた映画に関する一切の権利を譲渡している。パールマン氏はクラシック・メディア退社後、特許権などのライセンスを扱う上場企業へ転身。一方のセクレスト氏は、シリコンバレーでソフトウェア開発に携わっていた人物だ。
新たにベンチャーファンドを設立するにあたりパールマン氏は、自身のメディアへの情熱にセクレスト氏の技術手腕を組み合せることで、影響力のある従来型のメディアを21世紀型の事業モデルへ変革したいと語っている。「最初にポピュラー・サイエンスに注目したのは1月のことだった。その後、さらに投資対象に関する分析を進めた」とパールマン氏は語り、ほかにもニューヨークを拠点とし、買収基準に適合する複数のブランドを確認している述べている。同氏の買収基準は明快で、「従来型のパブリッシャーのなかでも、オンラインで読者を増やす可能性があるか否か」だ。
オンラインへの移行という変革を掲げていることもあり、買収後の1年で、ポピュラー・サイエンスとフィールド&ストリーム、アウトドア・ライフの「紙」媒体の購読者数は5万人近く減少した。米国の発行部数監査団体であるAAM(Alliance for Audited Media)によると、ポピュラー・サイエンスは、2019年末の時点で約63万部の売上となっていたが、今年6月30日には56万部ほどまでに低下。同期間でフィールド&ストリームは65万部から57万部に、アウトドア・ライフは46万5千部から43万部へと同様に減少している。なお、パールマン氏もボニエの広報担当者も買収額については明かしていない。
パールマン氏は3年ほど前からメディア企業の買収を模索し始めた。「従来型のメディア企業のうち、当時、現代のビジネス環境に完全に適応できていない企業の評価額がどんどん下がっていたため」と、その理由を述べている。ただし、パールマン氏はブランド内の人材を大きな資産とみなす。実際、ボニエの上記メディアブランドの社員のうちおよそ3分の2が退社することなく、買収とともにノース・エクイティへと転籍している。特に編集長や編集チームの大半がそのまま移った。これはチーム全体を維持しながら育てるという、パールマン氏の計画の一環だ。
また、買収したザ・ドライブでは約10人だった正社員を2年間で30人近くにまで増やしている。ノース・エクイティ傘下で自動車メディアをまとめるブルックリン・メディア(Brookline Media)のゼネラルマネージャー、マイク・スピネッリ氏はこれによりブランドの再構築が可能になったと語る。
成長戦略は軌道に乗るか?
パールマン氏は編集面での戦略に介入したいのではなく、「編集チームがすでに取り組んでいることをサポートする、プラットフォームおよび戦略」の提供を目指しているという。「当社のチームは、オーディエンスがどこから来ているか、ブランドがどのように収益を上げているかといった分析を支援する独自技術を1年前の時点ですでに構築していた」と語る。さらに「プログラマティック広告やアフィリエイトのeコマースも主要な収益源になり得る。SEOをはじめとするオンラインの配信戦略を突き詰めていくことで、オーディエンスを増やしていける」と続ける。
これらの取り組みについて同社は、2011年にクリエイティブエージェンシーのタンジェント・ベクター(TangentVector)が開発し、タイムが2015年に買収したソリューションを採用し、オーディエンス獲得および収益の両面で奏功しているという。パールマン氏によれば、ノース・エクイティによる買収以降、ザ・ドライブは前年比で総収益が300%増、オーディエンスが120%増となっている。月間ユーザー数でいえば2019年1月が540万人だったのに対し、2020年9月では1250万人となったという(具体的な収益額やベースとなる数字について、パールマン氏は明かしていない)。
メディア調査会社のコムスコア(Comscore)によると、買収時点(今年10月)での各ブランドのウェブサイトのユニーク訪問者数は、ポピュラー・サイエンスで500万人弱、フィールド&ストリームで190万人、アウトドア・ライフで180万人、サブールで120万人と伝えられている。
金融コンサルティングファームであるFTIコンサルティング(FTI Consulting)のパブリッシング・メディア部門、テレコム・メディア&テクノロジー(Telecom, Media & Technology)でシニアマネージングパートナーを務めるケン・ハーディング氏は、「ノース・エクイティは、独自の技術スタックを構築することで、パブリッシャー1社がプログラマティック広告で得る収益の約40%分を節約するだけの効果が見込める」と語る。だがノース・エクイティが、プラットフォーム構築にかかったコストを回収できるだけの実績に至っていないのも事実だ。つまり同社は、今後もオンライン広告収益を高い水準で維持し続けなければならない。
「今のオンラインメディア分野で生き残るには、(広告収益だけでなく)結局のところサブスクリプションやECによる収益といった、消費者主導のシステムを導入しなければ不可能というのが私の考えだ」と、ハーディング氏の評価は手厳しい。
メディアは「メリット」を享受
ノース・エクイティは、今回買収した専門誌群を来年の第1四半期には、同社が構築した広告プラットフォームに移行する予定だ。また、各ブランドの季刊誌はすでに廃刊しており、代わってパートナー企業と提携してごく短いペーパーバックや児童書といった既存書の再編集版発行や、専門書を扱う出版事業モデルへと移行している。また、パールマン氏は、2020年におけるボニエの成長目標について製品ライセンス事業をさらに推し進めて増収を図ることも可能だと述べている。
買収から2年が経過したザ・ドライブのスピネッリ氏は、タイムのような大手メディア企業からプライベートエクイティファンドへと移ったことのメリットとして、車関係の報道がより重視されるようになった点を挙げ、次のように語っている。
「買収以前、我々は営業面において決して優先度の高いタイトルではなかった。広告契約においても、バーターに使われる付属品のような存在だった。それが今や、ブランドの規模に見合う程度にまで注目度が上がり、実績としても大きな成長を遂げている」。
[原文:‘Valuations had shifted’ What a private equity acquisition means for legacy media]
KAYLEIGH BARBER(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)