CNNの元独立子会社であり、先日閉鎖された動画メディア、グレート・ビッグ・ストーリー(Great Big Story:以下、GBS)。本記事では、元従業員の話などをもとに、なぜ同社が閉鎖するに至ったのか、その理由を探る。
2020年9月22日の朝、当時CNNの独立子会社として動画メディア事業を展開していたグレート・ビッグ・ストーリー(Great Big Story:以下、GBS)の従業員たちに、嬉しい知らせが届いた。GBSにとって最大の広告主、ヒュンダイ(現代自動車)が所有する自動車ブランド、ジェネシス(Genesis)が、100万ドル(約1億円)以上に相当する、新たなスポンサーシップ契約にサインしたと午前9時30分の定例会議で聞かされたのだ。
従業員たちにとって、この発表は心弾むものだった。というのも彼らの多くは、ジェネシスはもう契約を更新しないと思っており、収入を失うことでGBSの財政状況がさらに不安定になることを恐れていたのだ。しかし、安堵の気持ちは長続きしなかった。
同日の午後6時45分、GBSの従業員たちは、CNNのデジタル制作担当バイスプレジデントで、メディア企業の未来を見越してGBSの創設メンバーになった、コートニー・クーペ氏からのメールを受け取った。メールには、翌朝9時30分から全社会議を開く旨が記載されていた。
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本来、この時間は定例会議のための時間だ。全社会議への招待は、何かイレギュラーなことが起こることを物語っていた。予め説明しておくと、メディア業界では、直前に通知が来て招集される全社会議は、悪い知らせが差し迫っていて、レイオフが実施される前触れとして悪名高い。さらにこの会議には、クーペ氏が出席する予定だった。クーペ氏はGBSの朝の定例会議にはしばらく出席していなかった。さらに、元従業員複数名によると、CNNのエグゼクティブ・バイスプレジデント兼最高デジタル責任者で、GBSのもうひとりの創設メンバーでもあるアンドリュー・モース氏もこの全社会議に参加。同氏も、朝の定例会議には一度も顔を出したことはなかった。さらに、全社会議はクーペ氏のバーチャル会議室で行われることになっていて、これも普段とは異なる。
この記事のため、米DIGIDAYの取材に応じた11人の元GBS従業員のひとりは、「突然、全員が誰かにメールを送りはじめ、その夜我々は全員、翌日には職を失うことになると思いながらベッドに入った」と話した。
多くのGBSの従業員にとって、同社を閉鎖するという9月23日のCNNによる発表は衝撃だった。GBSで働くことは夢の仕事だった。編集スタッフは、障がいを持つアーティストの活動を支援するオークランドセンターや、プラスチックごみの問題と貧困問題を同時に解決しようとする団体のようなテーマを取り上げた短編ドキュメンタリーを制作し、エミー賞(Emmy Award)やウェビー賞(The Webby Awards)を受賞してきた。ビジネスサイドのスタッフは、自分が視聴して楽しめ、スポンサーや家族にも誇りをもって見せられるコンテンツ作りを支援できた。最盛期にGBSで何人働いていたかは不明だが、職を失ったGBS従業員を紹介するために作られたWebサイトには、45人がリストアップされている。
「GBSができた頃、ここはあなたがずっと描いていたストーリーを形にできる場所だといわれたが、上司から、それができなくなったと聞かされた。そしてそれは事実だった」と、元従業員は話す。しかしGBSの終焉は、必然的なものだったという見方もできる。
CNNの支援とワーナーメディア(WarnerMedia)の営業リソースのおかげで、GBSは恵まれた環境下に生まれ、かけ出しのメディア企業なら、通常どこも直面するであろうその資金繰りの苦難とは無縁だったように思われた。しかしその代わり、GBSのビジネスは官僚主義の重荷を負わされていた。そして、負債に悩まされる巨大通信会社が所有するメディアコングロマリットの1社である、大手報道機関の内部に作られたこのスタートアップは、結果的に金とリーダーを失い、閉鎖されることになる。
元従業員のひとりはこう話す。「GBSは死に様を見せるために誕生したようなものだ。製品はよかったし、才能ある人材がいた。ただ計画がなかった。そしてリーダーもいなかった。だからGBSは終わってしまったのだ」。
コロナ禍の影響
CNNの広報担当者は、メールで発表された声明に「我々はGBSをとても誇りに思っている。その独自の主張、創造的なプロデューサー、賞を勝ち取ったコンテンツ、情熱的なオーディエンスはその成功の証明だ。ほかのスタートアップ同様、GBSも最初の数年間は組織的な課題と、ビジネス上の課題に直面した。しかし、どれだけ計画を立て予測をしたとしても、世界を襲った新型コロナウイルスのパンデミックによる経済的影響への準備はできなかっただろう」と書いた。
CNNには公開前に本記事を共有したが、内容についてのコメントはなく、クーペ氏やモース氏へのインタビューも実現できなかった。
パンデミックがGBSに大きな打撃を与えたことは間違いない。元従業員の何人かによれば、2020年9月の時点で、GBSの売上はその年の目標の25%に届いた程度だった。しかし、ビジネス上の苦境はパンデミックが起こる前にまで遡る。GBSが年次で黒字を計上したことは5年の歴史で一度もなかったのだ。元従業員のひとりがいうように「会社の崩壊はコロナ以前からはじまっていた」のだ。
スタートアップと母体企業の関係性
CNNは2015年10月にGBSを立ち上げた。その当時、BuzzFeedやミック(Mic)のようなデジタルメディアの寵児が、短尺動画を制作しFacebookやYouTubeのようなプラットフォームで配信したり、広告主にブランデッドコンテンツ契約を販売するなどして、一見成功しているように見えるビジネスを構築していた。GBSの設立は、デジタルオリジンなメディア企業のニューウェーブに対する、CNNとしての回答であり、親会社の強みと、動画の量ではなく質に集中するアプローチを売りにしていた。
「CNNとタイム・ワーナー(Time Warner:2018年6月にAT&Tによる買収後、ワーナーメディアに改名)のリソースを総動員し、当時の主流とは逆のアプローチを取っていた。我々が使っていた広告主への売り文句は、『他社は週2000本の動画を公開するが、我々は1日3本しか公開しない』というものだった」と、元従業員のひとりは語った。
しかしCNNは、GBSがほかのソーシャル動画パブリッシャーと距離を置くことを望んだだけでなく、自分自身からも遠ざけた。「アンドリュー・モース氏がいつもいっていた喩えは、『我々はビキニ水着をはいたお爺さんにはなりたくない』だった。だから、水と油のようにさっさと離れようとしたのだ」と、ワーナーメディアの元従業員は話す。
分断はより顕著に
CNNのGBSに対する距離の取り方は物理的な面においても見て取れた。GBSがニューヨーク市のユニオンスクエア近くに2フロアのオフィスを構えたのに対し、CNNはアップタウンのタイム・ワーナー・センターに留まったのだ。GBSの従業員たちはおおむねこうした孤立を楽しみ、独自の企業文化を発展させていった。ダウンタウンにあるGBSのオフィスへやって来るCNN従業員は「スーツ(suits)」と呼ばれ、タイム・ワーナー・センターは「マザーシップ(the mothership:母船)」と呼ばれていた。
しかし、CNNやワーナーメディアの他部門との距離は「両刃の剣だった」と、GBSの元従業員は話す。「大きな企業とそのプレゼンスを充分に活用できないことはデメリットだったが、同時に我々は自治を好み、『マザーシップ』とは一線を画した、クールでクリエイティブなクラブハウスのような感覚を持っていた」。
しかし年月が経つにつれ、GBSとCNN、さらにより大きなワーナーメディアとの分断は顕著になっていった。「CNNとGBSは、まるで違うふたつの企業だと人々は気付いていた。CNNとGBSが、どうやって一緒に仕事をしているかを誰も知らなかった。そんなことが自然に起こることがなかったからだ」と、元従業員のひとりは述べた。
営業のサイロ化
GBSは、同社に7000万ドル(約73億4500万円)の投資を約束したCNNを、資金源とすることで存続してきた。しかし収益面に関していうと、GBSは少なくとも設立当初は、その大部分を自力で賄っていた。
GBSとCNNの営業チームは、それぞれワーナーメディアの広告販売グループ内にあったが、それぞれ独立していた。それ故、CNNのTV広告またはデジタル広告のインベントリー(在庫)パッケージにGBSを加え、大きな予算を持つ広告主に売り込むといった、シナジーを生むような取り組みを実現するのは難しかったのだという。
「ゼロから顧客を開拓して売上を作るのではなく、ワーナーメディアの広告販売グループが持つリソース(顧客基盤やインベントリーなど)をうまく活用できるとも思っていたが、そんなことはなかった」と、元従業員は話す。
CNNの広告営業は、同社のブランデッドコンテンツスタジオ、カレイジャス(Courageous)を巻き込めば、GBSをクライアントへのピッチで提案することもできた。しかし、そうすることで彼らが得られるインセンティブはほとんどなかったのだ。2016年の米大統領選前の視聴ブームのなかで、CNNのTV広告営業の多くは、ネットワークのTV用インベントリーを売り込むだけで満足していた。また、CNNのグローバル営業チームもGBSの広告を販売していたが、GBSの元従業員によると、通常価格より低い価格で販売することを厭わなかったのだという。
また、CNN担当を含むワーナーメディアの営業たちは2017年まで、自身の提案にGBSを含めるとボーナスが付与されると何度も教えられていた。しかし、営業たちがCNNのTV広告、またはデジタル広告のインベントリーを含むパッケージにGBSを含めて提案しても、広告主が決められた予算内でより多くのCNNのインプレッションを担保したい場合には、GBSが真っ先に除外されることが多かった。
リーダーシップの欠如
営業チームの縄張り争いは、ワーナーメディアに固有のものではない。このような内紛は、大手メディア企業、特にデジタルへの移行を試みるレガシー企業ではよく見られる。しかし、GBSとワーナーメディアの元従業員たちによると、GBSの営業チームの苦労が増えた理由は、リーダーシップの欠如にあるという。
ワーナーメディアの元従業員は次のように語る。「親会社にいる、優秀で名の知れた幹部に最初から関わってもらい、本社のタイム・ワーナー・センターで『いいかよく聞け、これは現実の問題だ。これが上手くいけば、みんなが助かるんだ』と先導してもらう必要があった。確かにこういう話をする上役はいたが、彼らは優秀とはいえなかった」。
これは、GBSの創業時における営業責任者だった、デビッド・スピーゲル氏が語ったものだ。同氏は、GBSの営業には好かれていたが、ワーナーメディアの営業のあいだでの評判は悪かった。
「スピーゲル氏は『事を荒立てる』タイプの人だった。彼は、挑戦的な取り組みに長けていた。賢い人で、製品のことをとても気にかけていた」と、あるGBSの元従業員は話す。同氏はワーナーメディアの幹部にも公然と異を唱えることができたのだ。しかしスピーゲル氏は、2017年6月にGBSを去ることになる。「親会社の連中は、GBSの人間が同じオフィスにいるだけで苛つきはじめる。それほどGBSの人間は煙たがられていた」と、ワーナーメディアの元従業員は当時を振り返る。
スピーゲル氏が去った後、GBSの営業担当責任者はいなくなり、2017年12月になってようやくグローバルセールス、ならびにブランド戦略担当シニア・バイスプレジデントとして、クリスティン・クック氏が着任した。GBSの従業員たちはクック氏のことを、スピーゲル氏同様にGBSへの情熱があるだけでなく、ワーナーメディアの内部を上手く切り盛りする能力のある人物と見ていた。彼らの見立ては正しかったが、それが彼らの不幸の元となった。クック氏は、人間に対する深い洞察力のおかげで、2018年3月にはCNNデジタル(CNN Digital)のシニア・バイスプレジデント兼最高売上責任者(CRO)に昇進した。GBSの元従業員は「クリスティンは我々にとって救世主になるはずだった」と話す。
その後、アンドリュー・リードマン氏がGBSの営業部門責任者になったが、当時営業たちは売上高に神経をとがらせるようになっていった。GBSの元従業員はこう述べる。「それで不信が芽生えた」。
営業部門が抱えていた「リーダーシップ欠如」という問題は、2019年ころには解消されたかに思われた。というのもその年、ワーナーメディアはCNNとGBSの営業チームを統合したのだ。しかしこの再編は、GBSの売上に打撃を与えた。「彼らは統合といいつつ、GBSの営業たち5人をCNNの営業チームに引き抜いたのだ。そのせいでGBSの販売は減少した。CNNの営業チームは、GBSのビジョンについて十分な教育を受けていないのだから当然だ」と、GBSの元従業員は語る。
ブランデッドコンテンツを巡る混乱
はじめのうち、クライアントに対するGBSの提案はシンプルだった。しかし、時間とともにそれは複雑化し、混乱の度合いが増していった。
2015年、YouTubeやFacebookで動画を見る人が増加し、そうした動画マーケケットに参入したいという広告主の欲求も高まっていた。GBSはここに狙いを定め、スポンサー付きエディトリアル動画6本と、ブランデッド動画2本から成るパッケージメニューを広告主に提案した。料金は6桁(10万~99万ドル:約1000万〜1億円)に及んだという。ピッチは成功し、早々にヒューレット・パッカード(Hewlett Packard)などが契約書にサインした。
このプロジェクトで編集チームが上質なコンテンツを世に送り出すと、営業チームは、潜在的なスポンサーに示すための、提案材料を手にした。そしてこれを受け、クアーズ・ライト(Coors Light)、マスミューチュアル(MassMutual)といった広告主を引き付けることにも成功したのだ。さらに、ヒューレット・パッカードの実績があるため、スポンサー付きエディトリアル動画とブランデッド動画というパッケージメニューを、広告主に売り込みやすくなった。
GBSにとって、ブランデッドコンテンツキャンペーンはもっとも利益を生み出す商品だった。その価格は、必要な作業量とブランドのプロダクトプレースメントの重要度に応じて、通常15万~35万ドル(約1500〜3600万円)に設定されていた。また、制作体制はというと、GBSの従業員ではなく、CNNのブランデッドコンテンツスタジオであるカレイジャスがクリエイティブエージェンシーのように動画を制作。それに、スポンサー名を配した上でGBSコンテンツ(「A Great Big Story by [ブランド名]」)として公開していた。
広告主が混乱
しかしここで問題が生じる。カレイジャスのサービスにGBSコンテンツというラベルを付ける行為が、広告主を混乱させることになったのだ。GBSの元従業員は「カレイジャスはまさにGBSの屋台骨だった。業界関係者は『もしカレイジャスがなければ、あなたたちはいったい何者なのだ?』といっていた」と振り返る。
また、別の元従業員は「広告主はGBSを購入していると思っていたが、実際に買っていたのはカレイジャスだ」と話す。
もちろん、GBSが制作する動画を購入することもできた。そのために広告主は、一律5万ドル(約520万円)で、エディトリアル動画のスポンサーになる必要がある。GBSの動画に興味がある広告主は、関心のあるコンテンツの概要をGBSに提出し、それを基に編集チームがピッチを行った。たとえば、ある国の観光局が名物料理をPRしたい場合、その国のシェフやレストランを紹介するプロジェクトを広告主に対して売り込む、といった具合だ。
プロジェクトが承認されると、GBSの編集チームがスポンサーなしの動画として制作する。法的な問題がないことを確認するため、ブランドの法務チームが完成品をチェックすることはできたが、ブランデッドコンテンツキャンペーンと異なり、ブランドが内容に口を出すことはできなかった。少なくとも原則的には。
「もはやエディトリアル動画ではなかった」
しかし実際のところ、エディトリアル動画を購入した広告主は、ストーリー展開に関して指示できるなど、大きな権限を与えられていた。元従業員が「ブランデッドコンテンツ・ライト(branded content-lite)」と呼ぶこうした現象によって、GBSのビジネスは蝕まれていった。というのも、広告主は事実上、スポンサー付きエディトリアル動画の料金でブランデッドコンテンツの契約を結ぶことができたのだ。またこうした事例によって、編集チームの独立性も薄まっていった。ただ、編集チームの自由度に関しては、それ以前からすでに低下していたという。
「スポンサー付きエディトリアル動画の定義については、線引きがかなり曖昧だった。スポンサー付きエディトリアル動画のルールを打破したいというグローバル営業チームからの圧力が常にあった」と、元従業員は説明する。さらにこの元従業員によると、そもそもそのルールも、明文化されたことなど一度もなかったという。ほかの元従業員たちも、スポンサーがどの程度の発言権を与えられていたか、編集チームがスポンサーに反対する権利がどれくらい認められていたかはわからないと口をそろえる。
また、そのうちのひとりが話すところによると、「広告主が本来よりはるかに大きな発言権を求め、その結果、スポンサー契約をカレイジャスに譲ったり、契約そのものが破棄になったキャンペーンもあった」という。
もちろん、GBSの編集チームはただ黙っていたわけではない。彼らは全社会議で、モース氏を含むCNNの幹部に、GBSがBPやシェル(Shell)のような石油企業との契約について詰め寄った。というのも、GBSは環境保護関連のコンテンツを制作しており、石油企業と契約すれば、そのスタンスに矛盾が生じてしまうからだ。
また、CNNの国際営業チームがビジット・ドバイ(Visit Dubai)とスポンサー付きエディトリアル動画契約を結んだときも、LGBTQ+に差別的なアラブ首長国連邦(UAE)の法律を理由に、GBSの編集チームは契約破棄を要求した。しかし上層部からは、この件に関する発言権は、「編集チームにはない」という答えが返ってきた。結局、スポンサー契約はブランデッドコンテンツ契約になり、制作はカレイジャスが担当。そして、動画はGBSのサイトとソーシャルチャネルで公開された。
2019年にも、編集チームを苛立たせる出来事があった。すでに公開されているスポンサーなしのエディトリアル動画に、スポンサーの名前が追加されはじめたのだ。「何かがおかしいと思った。スポンサー付き動画であるなら、公開時にそれを明示するのが普通だろう。そこにあるのは、もはやエディトリアル動画ではなかった」と、元従業員は話す。
すでに公開された動画にスポンサーを付けるのは、確かに問題があった。しかし同時に、GBSの動画の大部分にスポンサーが付いていないという事実も大きな課題だった。
「ビジネスモデルが全く進化しなかった」
GBSがスタートしてから5年間、スポンサーが付いている動画は極わずかだった。しかも制作費は安くない。元従業員のひとりは、80~90%の動画にスポンサーが付いていなかったと予想している。複数の元従業員によれば、移動、設備や機材のレンタル、フリーランスの報酬などを合わせて、動画1本当たり平均1000~5000ドル(約10〜52万円)の制作費がかかっていたという。コストがかさむばかりで、売上が立たないという状況が続いていたのだ。
では、スポンサーなしのエディトリアル動画はどのようにマネタイズされていたのか。GBSが頼っていたのは、YouTubeのプレロールとディスプレイ広告だ。特に最初の2年間、同社はYouTubeに依存していた。しかし、GBSがYouTubeインベントリーの直販を開始したときには、YouTubeインベントリーへの出稿は、大きな契約の有料オプションとして提供するのみで、2020年第1四半期まで、YouTubeインベントリーがメディアプランに標準的に組み込まれることはなかった。これらの広告からどれくらい売上を得ていたかは不明だが、元従業員のひとりは「従業員ひとり分の年収」くらいと話している。
こうした背景もあり、GBSはコスト削減と売上増加に躍起になっていた。過去のエディトリアル動画にスポンサーを追加するだけでなく、コンテンツを段階的に減らすことにしたのだ。プロデューサーが動物園に行き、絶滅の危機にある動物を1分間撮影する「オン・ザ・ブリンク(On the Brink)」、世界中のフリーランスがドローンで撮影した動画や、地元で撮影した動画にナレーションを重ねた「アンチャーテッド(Uncharted)」などのシリーズが打ち切りとなった。
GBSは2016年の時点で週12~15本の動画を制作していたが、2019年までにその数は週10本以下に減少したと、複数の元従業員が証言している。実際、動画分析企業チューブラー・ラボ(Tubular Labs)のデータがそれを裏づけている。チューブラー・ラボのデータによれば、GBSは2018年、毎月平均85本の動画をYouTubeに投稿していたが、2019年には53本まで減少している。
元従業員のひとりは、「1日に公開する動画の数は減ったが、おそらく質は高くなった」と話す。質の向上はオーディエンス数の増加に繋がったようだ。チューブラー・ラボのデータによれば、2019年、GBSのYouTube動画は、米国で月平均5290万回再生されていた。これは2018年の月平均を25%上回る数字だ。しかしオーディエンス数が増加しても、赤字が解消されることはなかった。
この時期、GBSは長編動画の制作に乗り出すなど、新たな取り組みも実施していた。ドキュメンタリーシリーズ『ザッツ・アメージング(That’s Amazing)』をウェザー・チャンネル(Weather Channel)に、『ハイスコア:ゲーム黄金時代(High Score)』をNetflix(ネットフリックス)に販売し、2020年に入ってからは、ポッドキャストも開始している。しかし、時すでに遅し。9月に閉鎖の決定が下されたときも、GBSの売上の大部分はブランデッド動画とスポンサー付きエディトリアル動画によるものだった。
「ビジネスモデルがまったく進化しなかった」と、元従業員は語る。
白旗の前に振られた(警告の)赤旗
複数の元従業員が、ことのはじまりは2019年6月の幹部交代だったと考えている。
具体的には、GBSの創業メンバーのひとりで、当時のリーダーと考えられていたCNNのグローバル動画担当シニア・バイスプレジデント、クリス・ベレンド氏の、NBCニュース(NBC News)への移籍だ。これを受け、前述したクーペ氏も昇格し、彼女はGBSを含むCNNのデジタル制作を統括することになった。
「あのとき、本当の意味でリーダーが不在になった」と、元従業員は振り返る。
クーペ氏は当初、動画についてコメントするなど、GBSの編集プロセスに関わり続けた。しかし昇格したことで、そうした関与は徐々に減っていったと、複数の元従業員が話している。ニューヨークのダウンタウンにあるGBSのユニオンスクエアオフィスで過ごす時間も減り、アップタウンのタイム・ワーナー・センターにあるCNNのオフィスで長い時間を過ごすようになった。LinkedIn(リンクトイン)経由でメッセージを送っても、返信はなかったという。
巨大複合企業ワーナーメディアの傘下に置かれた小さな会社として、GBSの従業員の多くは、大きな組織内に自分たちの支持者が必要だと考えていた。ベレンド氏がリーダーを務めていたとき、同氏はその役割を果たしてきた。しかし、昇格したクーペ氏はCNNの職務に集中しているように見え、従業員たちは支えを失ったと感じた。
「上層部の誰かが我々を擁護してくれなければ、会社は存続できないとわかっていた。正直なところ、1年前からこうした事態(閉鎖)は不可避だと、みんな気付いていた」と、元従業員は語る。
ワーナーメディアの元従業員は以下のように語る。「ワーナーメディアでは、幹部が去りはじめると何か良くないことが起きると考えられていた。ワーナーメディアはそういうところだ。良いものを維持すれば、利益を得ることができるが、嫌な匂いがしてきたら背を向ける。GBSはそんな存在になってしまった」。
2019年、ワーナーメディアがタイム・ワーナー・センターからハドソンヤードの新本社に従業員を移しはじめたとき、GBSの従業員の一部はすでに不穏な空気を感じ取っていた。GBSも新本社に引っ越すと伝えられていたが「まだフロアが用意できていない」「別の部署のフロアが完成していないため、代わりにGBS用に想定していたフロアを使用する」など、さまざまな言い訳で、移転を先延ばしにされたという。
元従業員のひとりによれば、「マザーシップ」の一員になることを嫌がっている人もいたが、逆に「もう少し成長し、CNNに頼っても良いのでは」と考える者もいたという。「最終的に、かなりの人が新本社に落ち着くことを楽しみにしていた。我々が味わったのは、『どのような未来が待ち受けているかを知りたいと願っていたら、その扉が急に閉ざされる』、そんな現象の象徴だ」。
2020年7月のバーチャル全社会議で、GBSの従業員はモース氏に、ハドソンヤードへの引っ越しの最新状況について質問した。「『まだ何も決定していないが、必ず状況を伝える』と彼は答えた」と、元従業員は振り返る。モース氏にLinkedIn経由でメッセージを送っても、返信が来ることはなかったという。
しかし、ミーティングにおいてGBSの従業員が知りたかったのは、オフィスの所在地だけではない。従業員たちはビジネスの現状も把握したいと思っていた。
「閉鎖」という突然の知らせ
すべての企業がそうだったように、GBSはコロナ禍の影響を受け、可能な限りそれに適応しようと努力した。外出禁止令によって動画制作に制限が加わり、従業員たちはリモート制作に移行した。アーカイブ動画を利用したり、Zoomでインタビューを行ったり、影響が小さい国のフリーランスを雇ったりした。「もちろん大変だったが、制約があるなか、それなりにうまくやった。コンテンツの数は減ったが、質は本当に高かった」と、元従業員は語る。
パンデミックに適応できていることには誇りを持っていたが、GBSのビジネスが不安定な状況にあることは従業員も理解していた。しかし、広告市場の弱体化が、GBSにどれくらい大きな影響を及ぼしているかを知る者はほとんどいなかった。CNNは毎週、GBSの編集チーム幹部と会議を行い、そこで最新の売上と予測を伝えていたが、閉鎖の時点で50人近くいた従業の大部分はその内容を共有されていなかった。
そこで、GBSの従業員は7月の全社会議で、モース氏に財務状況を尋ねることにした。複数の元従業員によれば、GBSは順調そのもので、心配は無用だという答えが返ってきた。
これ以降、全社会議でモース氏の声を聞くことはなかった。そして3カ月後、モース氏はGBSの従業員に、パンデミックによって売上が打撃を受けたため、CNNはGBSを閉鎖することに決めたと伝えた。
米DIGIDAYは10月21日に行われた全社会議の録画を入手。ワーナーメディアのニュース、スポーツ担当会長とCNNの社長を兼任するジェフ・ザッカー氏はそのなかで、「財務的な成長の道が見えないため」、GBSの閉鎖を決定したと明言している。
ザッカー氏は次のように続けている。「経済的に極めて厳しく、経営判断を下すのが難しいいま、中核事業であるCNNを優先することが重要だと感じた。だからこのような決断を下した」。
[原文:‘Two very, very different companies’: Why CNN’s Great Big Story failed to survive]
TIM PETERSON(翻訳:藤原聡美、米井香織/ガリレオ、編集:村上莞)