アドテク業界各社が個人情報保護問題の解決策を模索するなか、サプライサイドプラットフォーム(SSP)はいまふたたび、事業改革に乗り出した。というのもSSPのビジネスはもともと差別化が難しい。事業を刷新しないかぎり、成長はおぼつかないだろう。
アドテク業界各社が個人情報保護問題の解決策を模索するなか、サプライサイドプラットフォーム(以下SSP、セルサイドプラットフォームともいう)はいまふたたび、事業改革に乗り出した。実際、改革は不可欠といっていい。SSPの仕事はもともと差別化が難しい。事業を刷新しないかぎり、成長はおぼつかないだろう。
SSPは以前、広告主がパブリッシャーからプログラマティック広告枠を買いつける際の優先プラットフォームとして選ばれることに注力していた。ところが最近は、パブリッシャーが広告主にデータを提供する際の優先プラットフォームの地位を狙っているようだ。
方針転換にはそれ相応の理由がある。Google ChromeブラウザでのサードパーティCookieサポートの段階的廃止が決まったいま、広告配信時にCookieの代替として使用できる情報は少ない。そのひとつがパブリッシャー保有のファーストパーティデータだが、これには各パブリッシャーのエコシステム内でしか使えないという制約がある。そこで、SSPが登場するわけだ。SSPは、サイトを横断した特定セグメントのオーディエンスデータを広告主が購入できるよう、複数のパブリッシャーが抱えるファーストパーティデータを集約するサービスを提供している。ただし、プライバシー保護に配慮して、これらデータセットの結合は行わない。
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大手SSPのアプローチ
SSP大手のマグナイト(Magnite)は今年4月、パブマティック(PubMatic)、ハヴァス(Havas)、アドフォーム(Adform)など、セルサイドおよびバイサイドのプラットフォーム30社が扱うトランザクション30億件を対象に、自社開発のCookie代替IDソリューションのテスト運用をおこなった。参加したパブリッシャーは、ハースト・マガジン(Hearst Magazines)、コンデナスト(Condé Nast)など。ファーストパーティデータであるサイト閲覧者データは、パブリッシャーごとにスポーツやファッションといった関心分野にもとづいたセグメントに分類され、マーケターは複数パブリッシャーのサイトを横断したセグメント情報を購入できる取り決めになっていた。
マグナイトの製品管理部門バイスプレジデントのギャレット・マックグラス氏によると、このテストでマーケターのデータ購入額は「少額にとどまった」ものの、IDソリューションの「概念実証」としては十分な成果が得られたため、取り組みの範囲を拡大することにしたという。
マグナイトのIDソリューションに関しては、ヘッダー入札技術の開発・普及を推進する団体、プレビット・オーグ(Prebid.org)のタクソノミー・タスクフォースで扱われる決定がなされたほか、デジタル広告業界の非営利コンソーシアムであるIABテックラボ(IAB Tech Lab)のアドレッサビリティ作業部会で取り上げられることになった。そうした活動は、複数のパブリッシャーが運営するWebサイトを横断して収集されたオーディエンスデータの売買を、容易にするための基準設定に活かされ、ひいては、マーケターの投資需要の喚起につながるだろう。今後の鍵を握るのは、技術関連の用語体系について業界団体内で合意を形成することだ。
ここでいうタクソノミーとは、用語やデータの分類方法を指し、たとえばオーディエンスを定義するレシピのような役割を果たす。マーケターが特定のオーディエンスグループを対象に複数パブリッシャーのサイトを横断して広告を配信しようとしても、グループの定義がパブリッシャーごとに異なる場合はうまくいかない。しかし、当該のパブリッシャー全社のあいだでオーディエンスの共通定義が設定されていれば、同じ基準でデータ分析ができる。マグナイトにとって、プレビット・オーグ加盟を通じた活動が重要な理由もそこにある。
「こうした材料が揃えば、パブリッシャーの観点から見て、有意義なターゲットオーディエンス設定と、多数のオーディエンスに対する訴求に必要な基盤づくりができる」とマックグラス氏は語る。「デジタル広告のエコシステムにおけるファーストパーティCookieは、サイトごとに別々に発行されるのが常で、クロスサイト機能はない。一方、SSPはサイトをまたいだ対応ができる」。
個人情報の扱いには一層の配慮
ただ、大手パブリッシャーにとって、個人情報の扱いはやっかいな問題で、自社保有のデータが勝手に使われているという印象を与えるのは避けたいはずだ。SSPもそれを認識し、慎重に事を進めている。
デンマークに本社をおくアドテク企業のアドフォーム(Adform)は、プライバシー保護をめぐる関係者の懸念を払拭するため、ふたつのソリューションを用意している。
アドフォームが提供する第一の選択肢は単純だ。パブリッシャーが、自社保有のファーストパーティIDをアドフォームのSSP機能に送信する方法で、広告主はそれらのIDを使ってパブリッシャーのサイト上で配信するプログラマティック広告キャンペーンの運用管理ができる。たとえば、広告が同じユーザーに表示される回数の上限(フリークエンシーキャップ)を設定する目的で、IDを利用することも可能だ。
第二の選択肢はやや複雑になる。基本的には、パブリッシャーが自社保有のファーストパーティIDに関連する詳細データをSSPに共有する方法だ。通常、広告枠の入札では、パブリッシャーからID関連の詳細データが公開されないため、広告主はIDの挙動を観察し、自社がターゲットとしたいオーディエンスかどうか(たとえばスポーツファンなど)を類推するしかない。
SSPから「データ管理ベンダー」へ?
ただ一部のパブリッシャーは、こうしたID関連の詳細データ提供に、逆にビジネスチャンスを見いだすだろう。その理由は、ファーストパーティIDを保有していてもオーディエンス基盤が小さいため、広告主が求める規模の成果を上げられないからだ。しかし一方では、詳細なデータの共有、特に閲覧者がサイトへログインする際に使うeメールアドレスの開示に難色を示すパブリッシャーもいる。SSPとしては、パブリッシャー保有のデータが提供される相手は、信頼のおける特定の事業者に限られ、そうした取引先以外にはいっさい開示されないよう保証しなくてはならない。
「そうした場合当社では、当事者間のコミットメントを確認して契約条件を話し合い、パブリッシャーが許可しないかぎり、関連データに部外者がアクセスしないよう、安全性を担保する」。こう説明するのは、アドフォームの共同創業者で最高技術責任者をつとめるジェイコブ・バク氏だ。「もちろんパブリッシャーが許可すれば、当該のデータはほかのID情報に紐づけて利用できる」。
上記はSSPの経営者によるコメントながら、まるでデータ管理ベンダーの発言のように聞こえる。つまりSSPが、パブリッシャーのオーディエンス定義までを担い、それらを広告主に販売する役割を果たそうとしているということだ。SSP各社は従来、パブリッシャー向けのサービスに力を入れているだけに、この分野に進出してきたとしても意外ではない。実のところSSPの方向転換は、以前からはじまっていた。
たとえばパブマティックは今年1月、「アイデンティティ・ハブ」というツールをリリースした。アイデンティティ・ハブは同社がプレビット上に構築したツールで、パブリッシャーはこれを使えば、サードパーティCookieの代替となる複数のIDを運用管理することができる。このツールに準拠しているIDのいずれかをパブリッシャーが採用すれば、広告主にとってはIDの属性に合ったインプレッション広告枠の買いつけが容易になる。マーケターによって採用するIDが異なる場合もあれば、状況によって、マーケターが複数のIDソリューションを使い分ける場合もある。その理由としてはたとえば、ある場所で機能するIDが別の場所で使えないなどの制約が挙げられる。
いくつかのパブリッシャーは、すでにこのアイデンティティ・ハブに注目している。5月の時点で、米コックス・オートモーティブ(Cox Automotive)、英タイムアウト(Time Out)など、175社を超えるパブリッシャーが、このツールを利用していたという。こうした状況からパブマティックは、業界各社がサードパーティCookie依存から脱するにつれ、ユーザーも増えていくだろうと期待している。実際、パブリッシャーのインプレッション広告枠販売支援でパブマティックが稼いだ収益は、サードパーティCookieの代替ID、またはモバイル広告識別子が使われたキャンペーンによるものが大半を占めるという。
全体像が見えるのはまだ先
「ときが経つにつれ、大手広告主のマーケターが、脱Cookieに向けどのような方針を打ち出すかがはっきり見えてくるだろう。頼るべき代替IDソリューションはひとつでなく、複数のソリューションを使う必要があることがわかってくるはずだ」と、ザ・プログラマティック・アドバイザリー(The Programmatic Advisory)のCEO、ウェイン・ブロドウェル氏はいう。
「ただ問題は、誰がファーストパーティデータにアクセスできるか、どのような方法でアクセスされるかだ。Googleが提案するプライバシー・サンドボックスの5つのAPIのうち、どのソリューションが普及して主流になるかについても、現状では結論が出ていない。どれも情報集約的、確率論的なアプローチであり、今後の展開の全体像を見きわめるにはまだ時間がかかりそうだ」。
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:村上莞)