「かたき役がいない」:「トランプ効果」の終焉に備える、米ニュースメディアたち

ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)は2017年当時、自身のブランドキャンペーンを打ち出しはじめて、すでに10年以上の経験があった。だが、この2017年ほど、そうした広告の効果が最大限に発揮された年はない。

ニューヨーク・タイムズはトランプ大統領から連日のように攻撃を受けていた。自分の地元紙に対する大統領の妄執は、同紙に「フェイクニュース」のレッテルを貼るための、延々と繰り返される聖戦と化していた。アカデミー賞授賞式に合わせてオンエアされた「ザ・トゥルース・イズ・ハード(The Truth Is Hard:真実は難しい)」は、迫り来る白黒のテキストでニューヨーク・タイムズの真実に対するコミットメントを表現したブランドキャンペーンで、広告という手法を借りたあからさまな反撃だった。伝えられるところによれば、同紙はオンエア後の24時間で直前の6週間よりも多くの購読者を獲得した。

この広告は過去4年間にメディアが学んだ大きな教訓の一例だ。すなわち、トランプ時代に合わせて自分たちの位置づけを再定義することは良い商売につながる。ニューヨーク・タイムズもCNNも、あるいはMSNBCやワシントン・ポスト(The Washington Post)も、そのことをよく知っていた。

いま、メディア企業たちは別の種類の真実を目の当たりにしている。新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい、米国の経済情勢に明るい材料はひとつもなく、大統領は11月の(あるいは票の集計が終わったときの)敗北を覚悟しているかのようだ。トランプの時代は、テレビの視聴率、ウェブのトラフィック、動画の再生回数、リツイート数、そしてジャーナリスト的な目的意識に大きな恩恵をもたらしながら、メディアにとって危険な時期に幕引きを迎えるのかもしれない。広告市場は壊滅状態で、一時解雇、一時帰休、人員削減の痛みが業界全体を覆っている。トランプ氏に代わってメディア世代を形づくる新たなストーリーは、あまりに普通でどちらかと言えば「退屈」なものになるかもしれない。それがジョー・バイデン大統領だ。

「舞台を去るのは物語の悪役だ。かたき役がいなくなる。ならば我々は何のためにニュースを見るのだろう」。CNNの元プレジデント、ジョナサン・クライン氏はそう問いかける。「グランパ・ジョー(ジョーおじいちゃん)はいいやつだ。もうケーブルニュースにかじりつく必要もないと、誰もがほっとするかもしれない。本でも読もうか。庭いじりをしよう。ソーシャルディスタンスを守って散歩に出るのもいいかもしれない」。

クライン氏は政権移行がメディア環境に与える影響をよく分かっている。バラク・オバマ氏の2008年大統領選挙に浮かれたオーディエンスの熱狂が去ると、2010年にクライン氏はプレジデントの職から更迭された。プライムタイムの視聴率が低迷するなかでの、そして同氏の言い分では、選挙後の倦怠感が漂う金融危機のただなかでの更迭劇だった。

2021年にも同じことが起きるかもしれない。「トランプ氏が報道機関に与えたのは切迫感を感じるオーディエンスだった」とクライン氏は言う。「トランプ氏が落選すれば、このオーディエンスのうち7割の人々の切迫感は少しは解消されるかもしれない。だが我々を取り巻く経済的惨事や、この不平等をめぐる胸の痛くなるような社会的論争は消えないし、週に何万人もの死者を出す感染症もなくならない」。

トランプ効果

世間一般は「トランプ効果」のおかげでケーブルニュースの視聴率やオンラインパブリッシャーのトラフィックに勢いがついたと考えている。それが事実である一方で、トランプ氏の在任期間は変動するメディアビジネスの傾向とぴたりと符号する。Facebook由来のトラフィックの時代と「動画への転向」の終焉にともない、メディア企業たちは大手と中小の別なく、消費者から直接収入を得る道を模索してきた。

規模のための規模は次第に支持を失い、パブリッシャーたちはその収入源をコマースやサブスクリプションへと多角化させてきた。ニュースを配信するパブリッシャーにとって、トランプ劇場は安定したネタ元であり、重要な調査報道のターゲットであり、さらには有料コンテンツに顧客を引き寄せるための新しい話題を提供してくれるものでもあった(ニューヨーク・タイムズは8月第2週、デジタル版の総売上高が史上初めて紙媒体を上回ったと発表した)。報道機関は政治部を拡充し、トランプ氏の金融スキャンダルからロシア疑惑の捜査まで、あるいは新型コロナウイルス感染症の大流行に対する政府の無秩序な対応から現実味を帯びる景気後退まで、あらゆるテーマの衝撃的な記事を連発した。

「メディアの基本的な立ち位置はトランプ懐疑派だと言っても不当ではないだろう」。そう語るのは、Snapchatが配信するオリジナルの政治番組「グッドラックアメリカ(Good Luck America)」の司会者で、元CNN政治記者のピーター・ハンビー氏だ。「多くの消費者はジャーナリズムに対して混乱した考えを持っており、ジャーナリズムは基本的に抵抗勢力だと思っている。ニューヨーク・タイムズは購読者ビジネスであるがゆえに、この考えにとらわれすぎている」。

実のところ、ジャーナリストはどちらかと言えば「反対」フレームが苦手なのだが、トランプ氏に怒りの矛先を向けられた一部のメディアたちは、それでもなお、時に強引に、時にあけすけに、さまざまなマーケティングアプローチでこの機に臨んできた。ワシントン・ポストはトランプ氏のTwitterでしばしば標的にされてきたメディアだが、2017年、「民主主義は暗闇に死す(Democracy Dies in Darkness)」という新しいスローガンを公開した。CNNも負けていない。同じ年、同社が展開した広告キャンペーンのコピーには「これはリンゴだ(This is an apple)」とあった。「これはバナナだと言う者がいるかもしれない。バナナだ、バナナだ、バナナだと、大声で何度も何度も何度も叫ぶかもしれない。BANANAとすべて大文字で書いてみせるかもしれない。そしてあなたも、これはバナナだと思いはじめるかもしれない。だがそれは違う。これはリンゴだ」。

この広告は偽りの前で真実を告げるというCNNのセルフイメージを表現するものだった。だがCNNをいつも観ている誰もが前々から気づいていたように、CNNは何の屈託もなく自らストーリーの一部となりつづけてきた。他方、ライバルたちはCNNと大統領の間で繰り広げられるややパフォーマンス的な対決にときに眉をひそめていたのだが。何年ものあいだ、トランプ大統領はCNNをその攻撃的な「フェイクニュース」キャンペーンの目玉に配し、CNNは不当な扱いに対する憤りを装いながら、一方ではこの注目を楽しんでもいた。何時間にもわたって、パネリストたちは最新の政治スキャンダルについて分析し、司会者たちはホワイトハウスの官僚相手に眉根を寄せて説明を迫った。どの番組も世界中のニュースのハイライトよりも、ひとつかふたつのビッグニュースを頼りとした。

「トランプ大統領は視聴率が取れた。ただそれだけのことだ」。匿名を希望する別の元CNN幹部はそう語る。そこで当然のことながら、トランプ政権の終焉により、CNNに限らず、すべてのケーブルニュースは視聴率の危機とアイデンティティの危機に直面するのだろうかという問題が持ち上がる。この幹部が言うには、「そこには間違いなく、共生関係がある。CNNの劇的な台頭と存在意義は、良くも悪くもドナルド・トランプ氏と紐付いている」。

一方、まったく問題なさそうなのが保守系ネットワークのフォックスニュース(Fox News)だ。トランプ大統領はフォックスでも粗探しはしているが、とくにプライムタイムの番組を見る限り、大統領の一期目を通じて頼れる味方となってきた。全米でもっとも多くの人が視聴するフォックスニュースは記録的な視聴率をたたき出しているが、野党にまわってもなんら痛痒を感じない。オバマ政権のとき同様、やすやすとバイデンたたきのモードに移行するだろう。

「大統領とか大統領選に関しては、オーディエンスは自分たちが与党側であれ野党側であれ常に臨戦状態のような気持ちでいる」と、フォックスニュースの元幹部は語る。「トランプ氏は勝利したが、彼らが政権側にあることを実感することなど1日たりともなかった」。この幹部はさらに、潜在的なオーディエンスの問題というなら、それはトランプ氏が大統領退任後にライバルとなる新しいメディアを創設するかもしれないことだと述べている。実際、2016年当時、誰もがトランプ氏に勝ち目はないと考えていたとき、同氏がそのような計画をぼんやりながらめぐらせているという報道もあった(フォックスとCNNはどちらもコメントの求めに応じなかった)。

仮にバイデン氏が大統領に当選すれば、彼はこれまでとは党派的に真逆の位置にある、影響力も声も大きい左よりのメディアに多くの攻撃材料を提供するだろう。2020年の大統領選では主にバーニー・サンダーズ氏を支援したメディアたちが、今度はバイデン大統領を左に押しやろうとするかもしれない。「中立的な立場なら、ジョー・バイデン大統領など退屈で、誰も見向きもしないというかもしれない。だがリベラルであれ保守であれ、党派的なメディアにとっては必ずしもそうではない」。そう語るのは、新しい保守系のデジタルストリーミングネットワーク「ファースト(The First)」を運営するクリス・バルフ最高経営責任者(CEO)だ。

普通の大統領ではないトランプ氏が大統領退任後に普通ではない道に進むからと言って、メディアの注目を引き続けるだけのどんな力が彼にあるというのだろう。バルフ氏の言葉を借りるなら、「どのタイプのメディアにとっても、元大統領となった彼のツイートを重要案件として扱うのは難しい」。

争奪戦の幕引き

ここでひとつ、重要な注意点を述べておきたい。それは、トランプ氏が再選されることもありうるということだ。そうなれば、メディアの熱狂も続くだろう。もちろん、そうはならない可能性もある。このご時世、先のことは誰にも何も分からない。メディアの幹部たちも当面は重要な政治的予測を公には語りたがらないだろう。彼らには2016年のトラウマがある。とはいえ非公式には、メディア業界がトランプ後の情勢と、近代ジャーナリズム史上まれに見る常軌を逸した特ダネ争奪戦の終焉について、あれこれ考えはじめているという事実に変わりはない。

たとえば、ほんの数年前、トランプ政権の誕生間もない野放図な時期に、CNNやMSNBCではいわゆる「政治評論家」が急増した。CNNもMSNBCも莫大なギャラとさまざまな特典を並べてメディア向きの人材を「独占契約」で囲い込み、自局の番組に出演させた。

だが複数の消息筋によると、MSNBCニュースとNBCニュースは最近、出演者との契約形態を包括的な契約方式から出演当たりの報酬支払に変更しようとしているらしい(NBCの広報担当者はコメントの求めに応じなかった)。テレビの世界の住人たちは、この変更に関して、ロシア問題の専門家を集めた旨みのあるパネルや専属契約の時代に終わりが来ると解釈している。

次のフェーズは不確かだが、「ジョー・バイデン関連のテレビアナリストをめぐる争奪戦は起こらないだろう」と、テレビ局のある契約記者は語った。

[原文:‘There’s no antagonist’: News outlets mull the possible end of their editorial and business-side ‘Trump Bump’ bonanza

STEVEN PERLBERG(翻訳:英じゅんこ、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU