パブリッシャーたちはディスプレイ広告に大きく依存したビジネスモデルからの脱却を試みているが、それには異なるスキルと異なる人材を要する。パブリッシャーに勤務する8人の収益責任者に、広告販売の未来について訊ねたところ、新しい人間関係の紡ぎ方が共通の懸念として浮かび上がった。
昨今、ランチのあとに油まみれにされる車のハンドルがめっきり減っている。ウーバーイーツ(UberEats)の朝食クーポン、瞑想アプリのヘッドスペース(Headspace)、Zoom(ズーム)を通じた夜のコメディショーが、パブリッシャーとクライアントが直接顔を合わせる社交に取って代わった。その影響は一過性ではない。
「来年の接待交際費と旅費交通費の予算を削っている」。グローバルなマガジンパブリッシャーのある幹部はそう打ち明ける。「誰もが半年ほどの在宅勤務を経験して、物の見方が変わった」。このパブリッシャーでは、エージェンシーのプランニングチームを朝食に連れ出す代わりに、雑誌のデザイナーたちに命じて、見込み客向けのプレゼンテーションに使う、コンパクトで明瞭なプレゼン資料を作成させた。
裁量支出や接待交通費の引き締めにとどまらず、厳しい経済情勢を背景に、パブリッシャーたちはディスプレイ広告に大きく依存したビジネスモデルからの脱却を試みているが、それには異なるスキルと異なる人材を要する。人脈やコネで物事が決まると豪語する業界にとって、誰もが直接的な接触を好まない世界では、新たなクライアントの獲得はこれまでより難しくなるだろう。
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パブリッシャーに勤務する8人の収益責任者に、広告販売の未来について訊ねたところ、新しい人間関係の紡ぎ方が共通の懸念として浮かび上がった。
「既存の文化、ビジネスネットワーク、人間関係や取引関係がすでに存在する場合、これらを維持するのは問題ない」。フィナンシャル・タイムズ(Financial Times)で最高営業責任者を務めるジョン・スレイド氏はそう語る。「ところが、これらをゼロから始めることはとても難しく、壊れたものを修復するのはさらに難しい」。
二元論的なロックダウンの時期は過ぎたが、全面的な柔軟性の回復にはまだ至らないという、このどっちつかずの狭間にあって、パブリッシャーたちは、偶然の出会いや発見に満ちたカジュアルな文化を人為的な方法で作りだそうとしている。エージェンシーやテクノロジープラットフォームとの関係では、それは朝の集中会議や定期的な業績評価のような、会議の構造化を意味する。同時にそれは、声の調子、身振りや表情に表れる微妙なニュアンスが読み取りにくいZoomの会議で、相手が出したサインを見逃さないという、カジュアルな、だがフォーマルでもある一種の社交術を身につけることでもある。今回取材した幹部のひとりは、以前に率いていたある多文化チームで、異文化間では微妙なニュアンスが伝わらないことを理由に、皮肉な言葉を使用禁止にせざるをえなかったという。
ビデオ会議で初対面の人と良好な関係を築くのは容易でない。「会議室を埋める出席者に向けてプレゼンテーションを行う場合、彼らの注意をずっと引きつけておくのは難しい」。ニュースUK(News UK)でプログラマティック部門を統括するアレックス・シンプソン氏はそう語る。「皆、ミュートにしたり、カメラをオフにしたり、電子メールをチェックしたり。従来のプレゼンよりずっと難しい」。
営業部門は新規取引を獲得するために、これまで以上に汗をかくが、そこに君臨するのは効率だ。ドイツのメディアグループ、グルナー・ヤール(Gruner + Jahr)で最高デジタル責任者を務めるアーン・ウォルター氏によると、ビデオ会議は明確なアジェンダとアクションプランを用意することで30分に短縮したという。新規クライアントへのプレゼンは15分で完了する。6人の幹部が集まる月例会議も、以前は最大5時間かかっていたが、現在は2時間以下だ。加えて、同氏がライバル会社の編集長から聞いた話では、新聞の紙面を36面から24面に削減したが、質は向上し、誤りは減ったという。
規則的に行われていた対面での会議がストップしたことで、目標も変化したとある幹部は指摘する。週に5回の対面会議の代わりに、いまでは10回のビデオ会議を招集する。このせわしない活動が長く深い人間関係につながるか否かは別問題だ。もうひとり、別のデジタル責任者によると、ある顧客とはもう3カ月近くも顔を合わせていないという。この仕事はもはや、人と会うことに依存しないが、人と会うことが商談成立に貢献するのは間違いない。
2強のデフォルト化
パブリッシャーと広告主の社会的交流がさらに少なくなれば、広告主は、重要業績評価指標(KPI)、成果物、リーチ、そして効率的な(つまり低価格の)価格設定に過度に依存するという手段に訴えるかもしれない。それが怖いとパブリッシャーの幹部たちは口を揃える。これらはいずれも、GoogleとFacebookに特徴的な評価指標だ。大手のパブリッシャーなら、この競争に耐えうるかもしれないが、ポストコロナの世界では、規模はこれまでにもまして物を言う。
自分たちのビジネスとクライアントを深く知る者たち、そしてもうひと踏ん張りできる余裕のある者たちは、ネクストノーマルの勝ち組となるだろう。ロイター(Reuters)は、トムソン・ロイター(Thomson Reuters)をバックに持つという実にうらやましい位置づけにあるが、彼らはこの余裕を利用して、ファーストパーティデータの提案を構築している。
「パブリッシャーたちは、クライアントのために、もっとハードに働かざるをえなくなる」。ロイターのシニアコマーシャルディレクターで、欧州、中東、アフリカ、アジアパシフィックを担当するプリヤ・シャー氏はそう予見する。「クライアントのマーケティング予算が削られ、物理的なイベントの数も減る一方で、デジタルへの予算シフトはさらに進んでいる。投資効果を実現するには、よりいっそうの働きが必要となるだろう」。
シャー氏によると、来年1月に開催される世界経済フォーラムのテーマは「グレート・リセット」だ。「ポストコロナを展望する我々のムードを完璧に表現している」と同氏は言う。「それはデジタルの再発明にほかならない」。
イベント管理ツールを提供するビザボ(Bizzabo)によると、コロナ禍以前、イベント予算総額の21%超が、イベントに参加するためではなく、イベントを開催するために使われる傾向は2.6倍高かった。企業はいまも、リードを創出するには、この21%をどこに使うべきか模索している。
パフォーマンスを視野に入れた、ビジネスモデルの転換
パブリッシャーに備わるブランデッドコンテンツの制作能力は、GoogleやFacebookに対する差別化要因となる。どの企業も、これだけ大きな変化を経験したあとで、自分たちの語るストーリーをどう差別化すべきか懊悩する。今後12カ月で、マーケティングキャンペーンに果たすコンテンツの役割はますます大きくなるだろう。
それでも、大半のパブリッシャーは人員削減を免れず、そうかと言って、売上は維持したい。企業は、ポストコロナの利益率と、自分たちのビジネスモデルが成功できる領域を明確に見極めなければならない。広告が低迷するなか、コンテンツ部門の人件費はより大きな負担に感じられる。先週、テレグラフ(The Telegraph)は、ブランデッドコンテンツを制作するスタジオ「スパーク(Spark)」で、最大100人のスタッフを削減するという決断を下し、世間を驚愕させた。コンサルティング会社のザ・スターリング・ウッズ・グループ(The Sterling Woods Group)を創業したロブ・リスターニョ氏によると、別のパブリッシャー2社は、広告市場が壊滅的な打撃を受けたことから、広告ではなく、マーケティングサービス、またはリードジェネレーションの販売にシフトすべく、組織の改編を進めているという。
パブリッシャーの営業部門は、勝つための、あるいは少なくとも生き残るためのスキルについて検討している。広告販売部門は、過去20年の間に、よりコンサルタント的な役割へと変化し、扱うチャネルやブランドの幅を広げてきた。新型コロナウイルスはこのトレンドを加速させている。同時に、そのサービスはデータの分析や、提供、レポーティングへとシフトしている。人材の補強を必要とする企業は、政府の助成金が枯渇し、企業が再び厳しい人員整理を余儀なくされる今年下半期に、求職者が大量に出るものと見込んでいる。
「管理職のテコ入れを考えている。テレセールスのスタッフと、リモートで働ける人々に人脈のある人材を採用したい」と、最初にコメントしたパブリッシャー幹部はそう述べている。「上層部と現場の両極での採用を検討している」。
社内的にも対外的にもパフォーマンスを重視することで、究極的には、必要なスキルのみならず、チーム編成にも変化が生じるだろう。
「特定のブランドを担当する多くの営業員が苦労することになるだろう」。営業責任者を務める6番目の幹部はそう指摘する。「(ひとりの従業員が職能別の組織と特定事業のふたつに所属する)網の目型のマトリックス構造を持つ企業は、組織の改編を検討することになるだろう。5人の営業員がひとつのプロジェクトに関与するのは多すぎる。網の目の交差が多すぎると、価値を生む有益な仕事の特定が難しくなる」。
[原文:The great reset: How sales relationships and structure will change on the other side of coronavirus]
LUCINDA SOUTHERN(翻訳:英じゅんこ、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU