ビデオゲームに熱中するファンなら、オフィール・ルプ氏の名前や仕事について見聞きしたことがあるだろう。ルプ氏はeスポーツのスター選手でもなければ、一流スタジオで先進的なコンテンツ制作に取り組むディレクターでもない。また、何百万人というファンがあこがれるストリーマーでもない。
ビデオゲームに熱中するファンなら、オフィール・ルプ氏の名前や仕事について見聞きしたことがあるだろう。ルプ氏はeスポーツのスター選手でもなければ、一流スタジオで先進的なコンテンツ制作に取り組むディレクターでもない。また、何百万人というファンがあこがれるストリーマーでもない。
しかしルプ氏は、ハリウッドの大ヒット映画やポッドキャストの出演者を含む、さまざまな著名人にかかわる責任ある職務に就いている。米大手芸能エージェンシー、ユナイテッド・タレント・エージェンシー(United Talent Agency:以下UTA)のゲーム部門長として、活況に沸くゲーム業界で活躍するスターのマネジメントを手がけているのだ。
UTAのゲーム部門にとって2021年は収穫の多い年だった。主な業績は以下のとおり。
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- ルプ氏は、『イーツ』(Eets)や『シャンク』(Shank)を開発したクレイ・エンターテインメント(Klei Entertainment)の過半数株式売却の仲介をし、テンセント(Tencent)への譲渡を実現させた。
- ルプ氏は、『オリとくらやみの森』(Ori and the Blind Forest)と『オリとウィスプの意志』(Ori and the Will of the Wisps)の開発で知られるムーン・スタジオ(Moon Studios)と、パブリッシャーのブライベート・ディビジョン(Private Division)の提携を仲介し、新たなオリジナルゲームシリーズとなるアクションRPG開発への道を開いた。
- UTAでは、ビデオゲームと音楽ブランド両方のパートナー事業担当チームがラッパーのポスト・マローン氏との契約を取りつけ、『ポケモン』(Pokémon)25周年を記念して2月27日に開催された特別バーチャルコンサート出演を実現させた。
- ルプ氏率いるUTAゲーム部門のエージェントであるマイク・リー氏と、同社eスポーツ部門長のデイモン・ラウ氏は、ニックマークス(NICKMERCS)の名で知られるeスポーツコンテンツ・クリエイター、ニック・コルケフ氏との契約更新にあたり、Twitch上での独占ストリーミング配信継続に関する画期的な複数年契約締結に成功した。
ゲームに対する思い入れ
ルプ氏が18年前、クリエイティブ・アーティスツ・エージェンシー(Creative Artists Agency:以下CAA)のゲーム部門でかかわった初期のプロジェクトを考えると、隔世の感がある。経験豊富なゲーマーでもあるルプ氏は当時CAAで、ハリウッドの大手開発スタジオなどのデベロッパーだけでなく、ゲームを販売するパブリッシャーも担当していた。いまはそれに加えて、プロのeスポーツ選手、コンテンツクリエイター、ライブストリーマーのマネジメントも請け負い、ハリウッドのスタジオや大手ブランドなどの企業と取引している。タレント・エージェントがクライアントの代理人として、注目に値する最新プロジェクトの契約締結にこぎつけるだけで十分だった時代はもう終わった。昨今のエージェントに求められるのは、クライアントのために仕事を創出するなど、新しいものを作り出す能力だ。自らに対する注目度と得られる収入のギャップを埋めようとするクリエイターたちが成果を上げつつあるいま、エージェントが果たす役割の必要性はますます高まっている。
「何世代にもわたって存続するゲームのIPは、とてつもない価値を生む」と、ルプ氏は語る。「私は30年前、友だちの部屋で『ゼルダの伝説』(the Legend of Zelda)を初めてプレイしたときのことを覚えているが、いまは同じゲームの新シリーズを、親として初めて、子どもたちと一緒に楽しんでいる。爆発的ヒットの鍵を握るのは、世代を超えた人気だ」。
ゲームに対するそんな思い入れからも、ルプ氏の仕事ぶりが想像できるだろう。
昨年、ルプ氏とその同僚はUTAの社員向けに、業務効率化ツールのSlack上で、会社の事業内容にふさわしく「ゲーム・オン」(Game On)と名づけたチャンネルを開設した。この会話チャンネルは、UTAのさまざまな拠点オフィスや部門の垣根を越えて参加した社員たちが、ゲームのセッションを設定したり、関連書籍のバーチャル読書会を開いたりする場となっている。ゲーム需要はコロナ禍により急速な拡大を見せたが、それ以前からルプ氏は、ゲームとその文化の醸成に情熱を注いでいた。氏の戦略的思考は、その情熱に根ざしている。
eスポーツ分野での活躍
UTAがeスポーツの分野で存在感を示すようになる前の2018年、ルプ氏とそのチームは市場の現状を把握するため、半年にわたり「1日に1回は電話や会議に出て情報収集していた」という。そうして積み上げた知見をもとにUTAのジェレミー・ジンマーCEOに働きかけ、eスポーツ業界に進出する必要性を訴えて説得に成功した。ほどなくUTAは、eスポーツに特化したタレントマネジメント/マーケティング会社のプレス・エックス(Press X)を買収、続いてストリーマー専門エージェンシーのエブリデイ・インフルエンサーズ(Everyday Influencers)も傘下におさめた。当時、同業他社のなかには似たような手法をとった企業もあったが、UTAの戦略はとくに際立っていた。同社は、新規事業を一から立ち上げようとすれば時間もコストもかかるとの判断から、業界で定評のある企業を買収してeスポーツ分野への参入にはずみをつける方策を選んだ。タレントマネジメントは従来、主に地域の中小エージェンシーか、クライアントの友人や親族によっておこなわれてきたが、その市場でUTAが地歩を固められるかどうかの見通しが参入の判断基準になったと、ルプ氏は語っている。
eスポーツ分野でのUTAの活躍はいまも続いており、それは、ゲームのIPがメインストリームカルチャーの一部として認められつつあることを示唆している。コロナ禍によって人々がゲームをする時間が増え、メディア業界で進行中の変化が浮き彫りになった。ゲームは、もっとも成長著しく、クリエイティブの面でもっとも有望な分野へと進化した。それまで主要な媒体だったテレビの視聴時間が、ほかの媒体へ再配分される傾向もみられる。
業界が時代の波に洗われるなか、eスポーツ組織のフェイズ・クラン(FaZe Clan)やTwitch配信者のシムフニー(Symfuhny)などが、ゲーム文化が生み出す資産を活かし、自らの関与を通じて収入を増やした。実際、大手ブランドはさまざまな規模のクリエイターを雇い、若いオーディエンスに訴求すべく差別化を図っている。しかし、企業のメディア投資の恩恵にあずかって大金を稼げるのはほんのひと握りの、トップに君臨するクリエイターに限られる。「メディアの民主化」がさかんに論じられているにもかかわらず、クリエイターエコノミーが期待通りの富を皆に配分していないことの証左だ。
この状況はクリエイターエコノミーが発展するにつれて好転するとルプ氏はみており、好転のあとに到来するビジネスチャンスを、著名人だけでなく新進気鋭のクライアントのためにも活かしたいという。その希望はしだいに現実味を帯びてきている。ルプ氏の少年時代には、ビデオゲームのスーパースターは職業として成り立たなかったかもしれないが、氏の子どもたちの世代が育った環境は当時とはまったく異なる。ゲーマーが主要ブランドの「顔」として活動するケースが増えてきているのだ。
ゲーム普及の影の立役者
「実のところ、クリエイターとしては有能でも、ビジネス上の交渉は苦手という人がいる」と指摘するのは、FIFA公認サッカーゲームをする様子をTwitch上でライブ配信するコンテンツクリエイター、マイク・ラベル氏だ。「有力なエージェントの後ろ盾があればクリエイターはチャンスが広がり、収益が増え、長く活躍できる。今後、ある時点を境に、ゲーマーのクライアントだけを扱うエージェントが多数出てくるだろう」。
ラベル氏のようなクリエイターが、UTAなど大手タレントマネジメント会社のノウハウや専門知識なしには成功できないというわけではない。ただ、大手の力を借りないクリエイターの場合、仕事は楽ではない。ゲーム業界については事情通だがエンターテインメント業界全体を俯瞰した知見を持たないマネージャーにマネジメントをまかせることになるからだ。たしかに、それでも十分だというクリエイターもいる。ビデオゲーム分野限定のインフルエンサーとしてやっていくつもりなら、地元の中小エージェンシーとの協業を好むだろう。一方、ゲームの世界を超えた名声と富を追い求めるなら、中小エージェンシーでは不十分かもしれない。とはいえ、過去10年間で躍進した人気ストリーマーのニンジャ(Ninja)など、一部のスターがゲーム専業で自らのブランドを築いてきたのも事実だ。
しかし、そうやって頭角を現したクリエイターが実力をフルに発揮するには、腕利きのマネージャーとの連携が必要になった。ルプ氏率いるチームとのパートナーシップによる成果が期待できるのはまさにそこだった。
YouTubeの女性ストリーマーで人気ナンバーワンのヴァルキリー(Valkyrae)がハナ・チア氏をはじめとするルプ氏のチームに出会ったのは、ちょうどビジネス上の選択肢を模索していたときだった。チームの仲介により、ヴァルキリーはeスポーツ企業のワンハンドレッドシーヴス(100 Thieves)の株式を取得し、eスポーツチームの女性初の共同所有者となった。TVアニメ『リック・アンド・モーティ』(Rick and Morty)の共同制作者であるジャスティン・ロイランド氏の場合、ゲーム開発スタジオを設立する前にルプ氏に紹介された人物が、のちにスタジオの共同創業者となった。フェイズ・クランがeスポーツ以外の分野への進出を検討した際、同社の経営幹部はルプ氏のチームに助力を求めた。数年前、この種の取引は前例がないか、きわめて珍しかったが、いまでは当たり前におこなわれるようになった。ゲームとそのIPが大衆文化の一要素として反響を呼ぶようになったからだろう。こうして、ルプ氏はゲーム普及の影の立役者として知る人ぞ知る、影響力のある人物になった。
長期にわたる協力関係
ルプ氏の影響力について尋ねてみると、マーケターやメディア代理店幹部、eスポーツ企業のバイスプレジデントなどはたいてい困惑した表情を見せる。ところが、ゲーム分野とメディア分野のはざまで仕事をしている人々の前でルプ氏の名前を出すと、違った反応が返ってくるのだ。
「ルプ氏は業界の事情に精通していたが、ほかの人たちと比べて際立っていたのは、ビジネスの新たな動向を見きわめ、商機と人材をマッチングさせる能力だった」と語るのは、ルプ氏と仕事をした経験があるダグ・スコット氏だ。スコット氏はゲーミング・エンターテインメント持株会社のサブネーション(Subnation)でチーフマネージングディレクターを努めている。「また、ルプ氏はゲーム開発者にも注目し、彼らが目指す夢に個人的な関心を持っていた。クリエイターコミュニティの原動力となるユーザー体験の実現にゲーム開発者が果たす役割の重要性を理解していたからだ」。
ルプ氏がCAAで過ごした2011年までの時代はいろいろな意味で、いまに至る準備期間だったといえる。ルプ氏は同僚とともに現代ゲームの最前線で、最高峰作品の作り手として崇拝されるクリエイターたちと仕事をした。たとえば細部の作りこみにこだわった『バイオショック』(Bioshock)のクリエイターとして知られるケン・レヴィン氏や、ハリウッド発の大ヒット『ギアーズ・オブ・ウォー』(Gears of War)の生みの親であるクリフ・ブレジンスキー氏などだ。そしていま、歴史は繰り返す。ただし、今回活躍する「タレント」はゲームをプレイするファンたちだ。結果としてエージェンシーの役割は変化しつつあるが、ビジネスの基本原則は変わらない。
「私がどのクライアントにもかならず伝えているのは、『この関係を10年以上続けるつもりで仕事にのぞむ』というメッセージだ。つまり、大切なのは今日明日に成立する取引だけでなく、長期にわたるキャリアを築くための協力関係だということだ」とルプ氏はいう。10年以上前からのクライアントとしては、伝説のゲーム『バイオショック』のクリエイティブディレクター、ケン・レヴィン氏がいる。多くのクリエイターがゲームを通じたキャリア形成を望んでいるが、それにも増して、自身所有のIPが長年にわたって使用され、レヴィン氏の『バイオショック』のようにシリーズ作品を生んでいくことは大きな夢だ。そんな夢の実現はエンターテインメント産業のどの領域でも容易ではないが、競争が熾烈なゲームの世界ではさらに厳しくなる。だからこそ、ルプ氏のクライアントの多くが長年ルプ氏の世話になり、彼がCAAを去ったあとも取引関係が続いているのだろう。すぐれたエージェントは、クライアントを優先する姿勢をつねに忘れない。初めて仕事に就いたその日から、ルプ氏の頭に叩きこまれ、いまでも肝に銘じている考え方だ。実際、ルプ氏はクライアント向けに金融サービスの仲介までおこなっている。
「私は6年前、米国の証券外務員資格試験を受験して合格した」とルプ氏は述べている。資格取得によって氏は、クライアントのファイナンシャル・アドバイザーを努められるようになった。「それ以来、UTAは6社の企業を売却し、20件を超える取引にかかわってきた。ゲーム産業に大規模な資本投入があると踏んで、それに応じてクライアントに適切な助言をしたかった。これまでのところ、我々の事業に大きく貢献している分野だ」。
ゲーム業界でM&Aが隆盛をきわめているだけに、UTAは今後も取引の仲介を続けることになるだろう。「事業の再編・統合をともなう投資がいま、驚くほど活発になっている」とルプ氏はいう。「そして毎週のように、新たな投資会社がゲームに特化したファンドを立ち上げている」。
機会が広がるeスポーツのプロ
eスポーツのプロが世界的な名声と巨額の報酬を得るチャンスが広がるなか、ゲーム作品とゲーマーは特定のオーディエンスの注目を集め、スポンサーの獲得やエンドースメント契約の締結といった可能性が開かれた。この現象はなぜ、いま起こっているのか? ゲームのプレイヤーがまっとうな職業であるという認識と敬意が生まれたからだ。その結果、一般的にはビジネス経験に乏しく、若くして人気が出たプロゲーマーがタレント・エージェンシーに仕事の斡旋と助言を求めるようになった。これはビリヤードの選手のあいだで代理人に契約交渉をまかせる動きが出始めた初期の状況と似ている。
「デベロッパーとパブリッシャーは今後、開発の初期段階からプロゲーマーやストリーマーを巻き込んで、ゲームメカニクス(注:プレイヤー側のアクションやゲーム側の反応などを指定したルール)に関するアドバイスを得るだろう」とルプ氏は予見する。「その一方で、プロゲーマーやストリーマー自身がゲームを開発したり、eスポーツ企業を立ち上げたりする可能性もある」。
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU