パブリッシャーである出版社の喫緊のビジネス課題は、紙媒体である書籍、雑誌の販売・広告以外の収入を拡大していくことだ。女性誌のメディアサイト「HAPPY PLUS」と、雑誌と連動したECサイト「FLAG SHOP」を展開し、デジタル化をスピーディに進めるため、Project8(プロジェクト8)というデジタル専門会社を分社化した集英社。Project8の代表取締役で、集英社 取締役の小林 桂氏に、パブリッシャーのECビジネスとデジタルメディアを成長させるポイントを聞いた。
出版社における喫緊のビジネス課題は、紙媒体である書籍、雑誌の販売・広告以外の収入を拡大していくことだ。世界中のパブリッシャーがさまざまな取り組みをし、トライ&エラーを積み重ねている。
女性誌のメディアサイト「HAPPY PLUS」と、雑誌と連動したECサイト「FLAG SHOP(フラッグショップ)」を展開し、デジタル化をスピーディに進めるため、Project8(プロジェクト8)というデジタル専門会社を分社化した集英社。
Project8の代表取締役で、集英社 取締役の小林 桂氏に、パブリッシャーのECビジネスとデジタルメディアを成長させるポイントを聞いた。
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――出版社のECビジネスについて、どう考えますか?
集英社は「FLAG SHOP」というECサイトを展開していますが、紙の雑誌が部数を落としているなかで、ECは雑誌で培った表現力と、IT技術を合わせて展開するビジネスと位置づけています。
伝統的に「ファッション雑誌を参考に、街のお店で買う」という購買体験がありますが、これをWebで展開したもので、FLAG SHOP内には集英社の各雑誌と連動し、雑誌名を冠したショップインショップがあります。
このほかに、集英社が発行する女性誌のメディアサイト「HAPPY PLUS」を展開しており、「FLAG SHOP」とは機能を分けています。
――出版ビジネスとECとは業態も、ビジネスに求められる要素も異なると思いますが、どのような経緯で立ち上げたのですか?
「FLAG SHOP」は来年で10周年を迎えますが、その数年前から準備を開始しました。当初は、レディースファッション通販の「マガシーク」と協業してECを行い、集英社の雑誌に掲載したアイテムをマガシークで販売するロイヤリティ型のビジネスを展開しました。
マガシークとの協業で学んだノウハウをいかし、その後、FLAG SHOPを立ち上げました。ECは商品の受発注から決済に至るまでの業務が多岐にわたります。梱包・発送業務や入金管理、在庫管理、物流管理などのフルフィルメントやITを駆使した顧客マーケティング、プロモーションなど、10年かけて、ようやく自分たちでできるところまできました。
――2016年5月には、決済手段に「LINE PAY」を導入していますね。
FLAG SHOPでは、クレジットカードや代引き、ネットバンキングや銀行振り込みなど支払い方法がいくつかあります。新たに、今年2月からauキャリア決済に対応し、5月には、Amazonペイメントと、LINE PAYに対応しました。
決済方法を拡大したのは、お客様に気軽に買い物をしてもらう利便性の向上のためです。しかし、売上構成比ではクレジットカードが約70%、代引きが約15%を占めており、上述の新たな決済手段については、どの程度の利用があるのかがわかるのはこれからという状況です。
――人材、組織面ではどんな工夫をしていますか?
2015年1月に、ブランド事業部からスピンアウトする形で「Project8」という会社を設立し、おもにFLAG SHOPとHAPPY PLUSの制作、運営を行っています。出版社内部で人材を登用し、サービスを自社構築するのはなかなかスピーディに、柔軟に動けない点もあり、ビジネスのスピードを考えて分社化しました。
ファッションや物流、ITのスペシャリストが集まっており、外部からも積極的に人材を獲得しています。
――外部に人材を求めて、組織はどう変わりましたか?
ECやWebメディアのノウハウや知見は、そもそも出版社にないものばかりで、これまで編集や営業をやってきた人間がいきなりできるものではありません。
その点、別会社化し、人材を外部から獲得することにより、実働スキルが飛躍的に高まりました。Webサイトやサービスの開発、制作はProject8で「内製化」していくことをめざしています。自社構築できるスキルがなければ、仮に外注しても、きちんと自分たちでコントロールできず、質やコスト、スピードが担保できないからです。
――仕入先であるサプライヤーとの関係はいかがですか。
FLAG SHOPの販売形態は、サプライヤーから委託を受けて販売する「委託」と、「買い取り」、プライベートブランドによる「オリジナル品」の3つがあります。
委託は、売れ残りは返品できますが、乱暴に仕入れるとサプライヤーに迷惑をかけることになるので、精度の高い需要予測が求められます。もちろん、買い取りやオリジナル品でも不良在庫は抱えられないですから、いうまでもありません。
一方で、需要予測は堅くやればいいかというと、今度は在庫がなくて販売機会を損失するリスクもあります。需要予測の精度向上には技術や経験が求められ、目下、その強化に取り組んでいるところです。
サプライヤーが我々に求めているのはシンプルに「どれだけ売れるか」ということです。売る能力とショップとしての認知度が備われば、サプライヤーとの信頼関係は自然に築いていけると考えます。
――では次に、広告ビジネスの戦略をお聞かせください。デジタル広告は単価が安いといわれますが、その点、どうお考えですか?
デジタル広告の売上は、単価とインベントリーの積算です。広告売上を上げるには、メディアの質と量を上げることが欠かせません。我々のメディアサイトは、ニュースやキュレーションメディアとは違って、オリジナルコンテンツを時間をかけて作って、読者もセグメントされています。そうしたメディアとしての質の高さを単価に反映させることが必要です。
HAPPY PLUSのなかで、とりわけ取り組みに成功しているのは女性誌『SPUR(シュプール)』のサイト「SPUR.JP」です。いわゆるモード誌と呼ばれるファッション誌と連携していて、「SPUR.JP」のWebチームはWebメディアとしての最適化に取り組んでます。『SPUR』の実売は3万部ほどなのに対し、「SPUR.JP」の月間UUは約120万ほどです。
「Webサイトで読者を獲得し、次にアプリで囲い込む」と語る小林氏
我々は「オーディエンス」という指標でWebの影響力を評価しています。これは、サイトのUUとSNSの数値を合わせたものですが、「SPUR」は約160万オーディエンスを擁しています。限られたセグメントでこれだけのオーディエンスを持っているということは、ある程度、質と量を担保できる素地はあるのではないかと考えます。
――業界全体で、広告の「量から質への転換」ということがいわれています。
広告の質を高めるためには、メディアの価値を高め、質の高いユーザーを取り込むことと、広告メニューにリッチアドや動画といった高単価なメニューを取り入れることが大事です。
HAPPY PLUSの月間ユーザー数は約500万ユーザーです。女性系のメディアでは、「クックパッド」は約6000万、「アットコスメ」が約1400万、「MERY(メリー)」は約2000万ユーザーと聞いていますので、これらに比べれば遥かに規模は小さいです。
従来型のCPM、CPCにとらわれず、メディア価値やユーザー価値、コンテンツ価値を広告単価に反映させていく工夫としては、前述したようなオーディエンスの影響力を数値化することもひとつの方法です。コンテンツが優れていれば外部にもオーディエンスが増えていくわけですから、自社だけのインプレッション、インベントリーだけでなく、ソーシャルなどの影響力を数値化する工夫をすることで、広告の質や単価を上げていくことが可能になると考えます。
――モバイルアプリの活用についてはいかがですか。
ブランド事業部の方針に限っていえば、まずWebサイトで読者を獲得し、次の段階でアプリによる囲い込みを考えています。アプリはユーザーを囲い込みやすい性質がある一方、膨大なタイトルのなかでよほど話題性がないとダウンロードされずに埋もれてしまいます。
まずはWebサイトを通じてエンゲージメントを高め、アプリに移行して、ユーザーに毎日来てもらうサイクルを確立していきたいです。
――電子書籍などの有料課金についてはどう考えていますか?
電子雑誌は、集英社として参加していますし、dマガジンをはじめ各配信ストアにも幅広くコンテンツを出しています。雑誌のデジタル化で一番理想的なのは定期購読モデルだと思いますが、電子雑誌の市場規模は、2015年に約125億円。そのうち約60億円がdマガジンといわれるので、現状はdマガジンからのレベニューシェアが主流を占めています。
さらに、電子出版の8割がマンガともいわれるなか、ファッション雑誌を電子媒体で読むというのは現状ではなかなか定着しにくいのかもしれません。
――出版社が共同でコンテンツ配信の仕組みを作れば、プラットフォームへのレベニューシェアは不要になります。そういう業界横断的な取り組みはありますか?
アメリカの雑誌出版社大手5社が共同出資した「ネクストイシュー」のような取り組みを日本でもできるか、議論はありますが、まだ具体化していないのが現状です。
また、1記事あたりの個別売り形態である「マイクロコンテンツ」については、集英社でも議論がされているので、実現する可能性はあります。しかし、雑誌の場合、できるだけ多くのタイトルからたくさん記事があったほうが読者も選びやすいでしょう。その点、業界横断でやった方がいいかというのは、また別の議論になってきます。
――今後のデジタルビジネスの戦略についてお聞かせください。
とにかく、いまやっている施策を着実に成長させていくことに尽きます。いま実現できていないことをビジョンに掲げるのはあまり好きではありません。
――FLAG SHOPの購買データ、閲覧データの活用についてはいかがですか。
サイトの閲覧データと購買データをデータベース化し、Webページのパーソナライゼーションに活用しています。たとえば、閲覧行動をもとに、はじめて来訪したお客様には、購入の敷居を下げるようなコンテンツを表示し、購入頻度の高いお客様には特定のアイテムをおすすめするページを表示するというように、表示するページを動的に変えています。
また、同様に会員向けメール配信の個別最適化にも取り組み、メール経由での売上は大幅に伸びています。
――FLAG SHOPで蓄積した顧客データを広告に活かすことはないのですか?
ECサイトはメディアサイトと違いますので、「宝」である顧客データを広告ビジネスに使うことは、いまのところは考えていません。たとえば、HAPPY PLUSにFLAG SHOPのお客様が訪問したときに、FLAG SHOPの商品を表示させるということは実現したほうがいいですが、顧客データの販売までは考えていません。
――今後、ユーザー体験を損なわないデータの使われ方がなされれば、データビジネスについて考える余地はありますか?
個人的に一番望ましいのは、適切なデータ利用に関する出版業界横断的な取り組み、クローズドなマーケットをつくることです。
FLAG SHOPのアクティブ率(登録しているユーザーで、年1回以上買い物をしてくれるユーザーの割合)は、20数%です。これらの貴重なユーザーに対して、たとえば、FLAG SHOPを見たユーザーに、競合ショップの広告がターゲティングされたら、ユーザーは不安、不快に思うかもしれません。
FLAGSHOPに限らず、顧客体験を損なえばブランドイメージは損なわれるわけですから、そうならないデータビジネスのあり方について、業界全体で取り組んでいくことが不可欠だと思います。
▼小林 桂
集英社 取締役集英社に入社後、宣伝部、広告部、ブランド事業部などに勤務。2015年に株式会社プロジェクト8を設立 同社代表取締役に就任。
Written by 阿部 欽一
Interview by 吉田 拓史、阿部 欽一
Photo by 渡部 幸和