「私が業界初のバーチャルリアリティ(以下VR)エディターなので、誰も私の役割を分かっていない」と、ニューヨークタイムズでの役割を説明するジェナ・ピログ氏は笑う。
ピログ氏は写真業界とテクノロジー業界で数年働いていたが、8カ月前にニューヨークタイムズに入社した。同社がVR分野に進出するための指揮を彼女が執るためだ。実際、記事にどうやって没入型動画であるVRを組み込むのかは、すべて彼女の判断にかかっている。
そんな彼女の日常を見てみよう。
「私が業界初のバーチャルリアリティ(以下VR)エディターなので、誰も私の役割を分かっていない」と、ニューヨークタイムズでの役割を説明するジェナ・ピログ氏は笑う。
ピログ氏は写真業界とテクノロジー業界で数年働いていたが、8カ月前にニューヨークタイムズに入社した。同社がVR分野に進出するための指揮を彼女が執るためだ。実際、記事にどうやって没入型動画であるVRを組み込むのかは、すべて彼女の判断にかかっている。
ニューヨークタイムズで初となるVR動画作品「ザ・ディスプレースド(The Displaced:強制退去)」を2015年10月に公開して以来、子供の難民を取り扱ったものなど、6本の動画を製作している。最新の動画は、世界最大のクリエイティブ・ビジネス・フェスティバル「サウス・バイ・サウスウエスト(South By Southwest、以下SXSW)」のために製作したもので、音楽をテーマとした問題を取り上げた。
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ニューヨークタイムズのVR動画は世界中で撮影されている。「ザ・ディスプレースド」は南スーダンやウクライナで撮影し、ほかの動画ではパリ同時多発テロが発生した後のパリでも撮影された。「10ショット・アクロス・ザ・ボーダー(10 Shot Across the Border:国境越しの10のショット)」という動画は、アメリカとメキシコの国境線沿いで撮影された。1週間で完成する動画もあれば、完成までに数カ月かかる動画もある。
ピログ氏はVRに専念している唯一の正社員だ。しかし、ニューヨークタイムズのVRアプリに載せる動画を製作するために、ニュース編集室、動画製作、マーケティングやグラフィックス部門などにいる同僚約30名と協力している。
企画提案会議などに出席し、どの記事やコンテンツにVR要素を組み込めるかを考えるピログ氏。その際には「驚きと情報をどうやってオーディエンスに伝えるか」を自問自答しているという。

NYTのジェナ・ピログ氏
まだまだ、VRは未熟な分野ではあるものの、ニューヨークタイムズは実験に前向きだ。「VRがどのようなコンテンツに適しているのか、はっきりとはわかっていないため、模索している段階だ。それがわかるまでは、さまざまな方法を試していく」と、彼女は話す。
米DIGIDAYは、ピログ氏が「SXSW」のインタラクティブフェスティバルを訪れる前に、同社が「ニューヨークタイムズVR本部」として使用する、テキサス州オースティンのレストランで話を聞くことができた。ここにはVRに関する、さまざまななパネルやデモ動画が設置されている。
そんな彼女の日常を見てみよう。
7:00am アラームで目覚めるが、30分だけ二度寝して1日のことを考える。今週の前半にはスペイン語と英語の両方でVR動画を公開している。また、木曜日には音楽特集に関連した2本のVR動画も公開する予定だ。今週は楽しくなりそうだ!
7:30am 映像業界の面白いことを教えよう。映像を投稿する時間になるまで、編集で遊べることだ。すべてを管理したい私のような人間にとっては素晴らしいことだ。昨晩、私は編集長と今週発表するVRドキュメンタリーの編集を行っていた。「ザ・インターネット(The Internet)」というロサンゼルスを拠点とする音楽バンドに密着したもので、彼らは独特な方法で音楽業界を渡り歩いている。
バンドメンバーと数日間をともに過ごし、ワールドツアーへ出発する様子などを撮影した。出来上がった動画は、ミュージシャンの人生の一部を垣間見たと思えるほどの出来栄えだ。7分の動画を編集するには2時間もかかるため、私は途中で寝てしまった。起きてメールを確認すると、当然のように私のレビュー待ちのVR動画が来ていた。しかし、VR動画は平らなモニターで観るととても気持ちが悪い。頭に巻きついた形で視聴されることが前提のため、世界地図のグリーンランドや南極大陸のように引き伸ばされて、歪んで見えてしまうのだ。そこで私はVRヘッドセットに動画のデータを送り、内容の確認をする。うまく出来上がっているようだ!
9:30am ニューヨークタイムズのオフィスは6階にある。私はVRに必要な機器が入ったカバン(携帯電話が2つ、ノイズキャンセリングヘッドホン、Googleの段ボール製ヘッドマウントディスプレイの「グーグル・カードボード(Google Cardboard)」、VRヘッドセットや充電器などが入っている)をデスクに置き、14階のカフェに向かう。セサミベーグルとコーヒーを頼み、お気に入りの男性レジ店員に昨晩のデートがどうなったかを聞くためだ。
10:00am 毎週火曜日、ニューヨークタイムズには定例企画提案会議がある。私は、これまでに参加してきた会議のなかでも最高の会議だと思う。世界でも最高峰のメディア企業の才能あふれる編集者たちや脚本家たちが一堂に会し、彼らの最新の記事やコンテンツ、アイデアを発表するからだ。
この会議はVRコンテンツにとって、アイデアが湧き出る魔法の泉のようなものだが、すべての記事やコンテンツがVRに適しているとは限らないことを私は学んだ。視聴者が自ら行けない場所を取り扱ったコンテンツが、もっともVRに適していると思う。今週の会議で私が気になった話題は、「リダクテッド(REDACTED:編集済み)」と「トップシークレット(TOP SECRET:機密事項)」だった。
11:00am ベータ版のアプリと、新たに編集した音楽動画を「グーグル・カードボード」で試す時間だ。多くのニューヨークタイムズの読者がVR動画を視聴するのに「グーグル・カードボード」を使用しているためだ。1日の大半を「グーグル・カードボード」やVRヘッドセットを付けて過ごしているため、デスクの横を通る同僚たちからはよく笑われる。また、私はこの世界の多くの人間がまだVRという言葉を聞いたことがないということもよく理解している。なので、VR動画を公開する際には、毎回がはじめてのように取り扱っている。
0:00pm ニューヨークタイムズでもっとも忙しい映像編集主任であるジェイク・シルバースタイン氏との短いミーティングがある。彼はVRが大好きで、木曜日に公開される「SXSW」動画の最終版を、公開前に確認したいのだ。7分間のバーチャル世界を楽しんだ後、彼はヘッドセットを外し、微笑んでくれた。気に入ったらしい! 私はホッとして胸をなでおろす。彼からナレーションや映像に関する改善点を告げられると、私はデスクに戻り、午後には修正を終えるように編集者へ連絡をする。
VRコンテンツでは、完成した後に修正を加えることがとても難しい。変更はできるが、4週間も前から色補正や360度の音源作成などの編集を行っているので、手間がかかるのだ。
1:00pm 「SXSW」に関する会議がある。私たちのVRコンテンツを広めるためにも、私は木曜日にテキサス州のオースティンに向かい、あるレストランを「ニューヨークタイムズVR本部」として改装する予定だ。すべてのゲストに「グーグル・カードボード」を配り、快適な回転イス(VR動画を観るのには最適だと思う)に座ってもらい、ノイズキャンセリング機能付きのヘッドフォン(これがどれほど重要かいままではわからなかったが、これを忘れて飛行機に乗っては絶対にダメだ)で、私たちのVR動画を観てもらうのだ。
ニューヨークタイムズのソーシャルチームが私に「VR本部」をSnapchatするようにと頼んできた。どうしよう! 私はお酒を飲みすぎて踊ろうとしている友人しかSnapchatをしない。待てよ、いつもお酒に酔って踊ろうとしているのは私だ……。「SXSW」のSnapchatでは酔って踊っている私が見られるかもしれないので、ぜひニューヨークタイムズをフォローして欲しい!

音楽を題材としたVR動画の静止画像
1:15pm 私がニューヨークタイムズ唯一のVRエディターなので、毎日少しずつ時間を作り、ほかのVR企業がどのような作品を作っているのか確認している。ナショナルズジオグラフィックが活火山に関する素晴らしい360度動画を製作したと聞いたので、確認してみた。素晴らしい出来栄えだった!
1:30pm NYTimes.comのTOPページにコンテンツを掲載するのが、注目を集めるための最善の方法だ。TOPページに掲載される記事は、たくさんのなかから選ばれる。そこで私はホームページの運営チームにお願いをして載せてもらっているのだ。彼らは私のVR動画を気に入ってくれただけではなく、購読契約者が新たなVR動画の公開がわかるようにと、プッシュ通知も考えてくれている。なんて素晴らしいことだ! 私には独自のコンテンツ拡散プランがあるものの、このように必ず速報として取り扱われるのだ。
2:00pm 新たなVRコンテンツの制作のために、数週間後にはリポーターが現地に向かう予定になっている。計画や調査など、事前にやることがまだまだある。現地でのリポーターの身の安全を確保するため、毎日少しずついろいろなニュース記事を読んでいる。
3:00pm まだVRは未熟なメディアであり、決まったルールがないため、VRコンテンツがニューヨークタイムズのジャーナリズムの倫理に反していないか、確認してもらう。動画を確認してもらったところ、担当編集者は動画内での薬物使用に関していくつかの疑問を持ったようだ。しかし、撮影されているすべての人物が撮影を承諾していて、360度全体を撮影するカメラであったため(カメラをどこに向けるか、選ぶことができない)、担当者は動画を承諾してくれた。安心した……。
4:00pm 最近急激に増えているVR製作企業たちと会う。それぞれが独自のカメラを持っている。彼らの動画スタイルを理解するためにも、彼らのVR動画をいくつか観た。

3月10日に公開された記事の表紙
4:30pm 今日は少しばかりVR動画を観すぎたので、少し床に横になり、脳を休める。VR動画を観ると、脳が実体験だと錯覚を起こしてしまい、船酔いのような症状になることがあるのだ。いつかは技術が進歩し、このように気持ちが悪くなることはなくなると思うが、少なくとも現在は、P.P.S(Potential Puke Shots、吐く可能性があるシーン)に気をつけなければならない。私はすでにオフィスで「先進的技術が好きな変人」というレッテルを貼られているが、床に横になっている姿を見られて、ますます変人扱いされるようになった。
6:00pm 今後公開しようとしているVR動画について、動画部門の次長と会議を行う。撮影対象者との信頼を築き、ゆっくりと撮影をしなければならないので、このVR動画は長丁場になりそうだ。私は新しく物事を始め、どのような方向性になるのかがわからないときが一番楽しいと感じる。
8:00pm パソコンを終了させ、カバンにVR機器を詰め込み(夜に友人たちを驚かせるのに必要なのだ)、マンハッタンの8番街を通って「ビア・オーソリティー(Beer Authority)」というバーに向かう。このバーはニューヨークタイムズの建物にとても近く、今晩は取材に向かうリポーターの壮行会だ。
リポーターが現地に行っているときは、私はエディターとしてサポート役に徹する。交通手段やリサーチなども担当する。リポーターが現地で取材に集中できるよう、現地で何が起きているかを把握し、素早い決断を下すのも私の役目だ。そして、ルールが制定されないまま急成長を遂げているVRのような媒体では、実験、失敗、驚きや予期せぬ成功などのために、余裕を持つことが大事なのだ。
Jordan Valinsky(原文 / 訳:BIG ROMAN)