スイスの新聞社、機械学習で「可変ペイウォール」を構築:体験を個々にカスタマイズ

ひと口にペイウォールと言っても、そのやり方はさまざまだ。昨年以来、スイスの新聞社であるノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(Neue Zürcher Zeitung)は、何百もの判断基準に基づいたカスタマイズされた販促システムを運用している。

ユーザーが登録(無料)したうえで、有料会員になるという基本的な流れは同じだ。しかし、NZZの場合、いつユーザーたちが登録や有料会員化のメッセージを受け取るか、さらにそのメッセージの内容は、事前に決められたルールに従ってカスタマイズされる。そのルールは、A/Bテストとマシーンラーニングに基づいて作成されているという。

「サービスに料金を支払ってもらうという競争で成功するためには、プロダクト体験を個人個人にカスタマイズし、マーケティングのアプローチを自動化する必要がある。その仮説が正しければ、このアプローチはエンゲージメント、ユーザーの維持、そして加入率を増加させるだろう」と、NZZのマネージング・ディレクターであるスティーブン・ノイバウワー氏は語る。

加入率5倍の理由

NZZはドイツ語で出版される、200年の歴史を持つパブリッシャーだ。過去3年間、このシステムを活用して加入率を5倍も伸ばしている。加入プロモ・メッセージを見るユーザーのうち2.5%が加入へと進んでいるという。

NZZは現在、15万人以上の有料会員を抱えている。ノイバウワー氏によると、そのうちの半分以上がデジタル版パッケージに加入しており、直近の3カ月で同社サイトにアクセスしている。また、同社サイトには約60万人の登録ユーザーが存在し、2017年には40%以上の増加を見せている。現在でも1カ月に1万から1万2000人の登録者数を追加しているという。

NZZは閲覧履歴、デバイスの種類、時間帯といったデータに基づいた100から150のルールに従って、加入を促すメッセージの配置、色、内容を変えている。たとえば、通勤時間となる午前5時から9時のあいだ、人々はスマートフォンでサイトを閲覧しており、支払いのための情報を入力したがらないため、支払いメッセージは表示されない。この時間帯であれば、自由にアクセスできるのだ。

これらのルールを異なる組み合わせでテストすることをNZZは常に行っている。マシーンラーニングによってパターンを特定し、それをアルゴリズムに反映させるのだ。2018年に入ってから、登録会員を30の異なる要素で評価付け。記事を閲覧している時間の長さ、頻度といった項目ごとに採点することで、有料会員として支払いへと進んでくれるか、その可能性を見極めている。登録可能性の点数がトップ20%に達したとき、支払いを求めるメッセージが必要に応じて表示されるのだ。

価値をどう伝えるか

たとえば、サイト自体に登録はしているが、まだサブスクライブには至っていないヘビーユーザーの場合、月間サブスクリプションよりも年間サブスクリプションを提示された方が有料会員化を決意する傾向にあるという。NZZはまた記事のメタデータをユーザーの特性とも結びつけている。チューリッヒの銀行に関する記事を多く読むユーザーがいた場合、次に関連する記事を読もうとしたときにメッセージを表示する、といった具合だ。トップページへ個人ごとにカスタマイズした挨拶文を表示するだけでも、有料会員化は25%も増加したという。

それぞれの読者に合わせてサブスクリプションの内容を変えるのではなく、サブスクリプションが持つ価値をどうやって伝えるか、を変えるというわけだ。

「どこを加入お誘いの境界線とするかは、いろいろと試しているところだ」と、ノイバウワー氏は語る。人によっては5本の記事を読んだあとに支払いメッセージを受け取る人もいれば、それが8、11、13本の記事のあとになる人もいるという。「究極的にはプロダクト体験を壊してしまうことが目的ではなく、ユーザーが有料加入をしようと思うタイミングモデルを破壊しようとしているだけだ。100%成功率になることはない。有料プロダクトである、ということを示すことがときには必要なのだ。理想的にはユーザーがプロダクトを気に入ってくれていて、支払う気分になっているときに加入を促すのが一番だ。そしてユーザーがまさに探していたタイプのプロダクトを提供できていれば、なお良い」。

マーケットの状況

高度な技術を抱えたパブリッシャーたちのあいだでは、可能性モデル化やマシーンラーニングといった技術を活用してサブスクリプションに関連した読者たちのパターンを特定するということが行われてきている。そう語ったのはサイモンークッチャー・アンド・パートナーズ(Simon-Kucher & Partners)のグレッグ・ハーウッド氏だ。その例として彼はウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)を挙げた。

「マーケットの状況は変わる。競合他社には非合理的な行動をするところもある。外部要因も影響を与えてくる。これらはどれも予測分析を通して解決することはできない。それ自体を戦略とするのではなく、戦略を定義つける補助として扱うべき」と、ハーウッド氏は言う。

NZZの収益の60%はサブスクリプションから来ており、40%は広告から来ている。約10年前であれば、合計の1/3はダイレクトリーダー収益だった。広告収益は今後も減り続けるだろう。ノイバウワー氏によると、スイスにおける紙の広告収益は年比較で2桁レベルで減少をし続けているからだ。

課金ビジネスの可能性

最近まで、NZZは2つのパッケージを提供していた。月額50スイスフラン(約5500円)でデジタルアクセスと紙の新聞のPDFバージョンを受け取るというもの。68スイスフラン(約7500円)でデジタルと紙の新聞を受け取るというもの。昨年11月に導入したのが月額20スイスフラン(約2200円)でデジタルのみのアクセスを得ることができるというものだ。これは若い世代に特に人気が出ているという。ちなみに英国においては、タイムズ・オブ・ロンドン(The Times of London)の紙版とデジタル版のサブスクリプションは月額51.37スイスフラン(約5700円)程度で販売されている。

ロイター研究所デジタル・ニュース・レポート(Reuters Institute Digital News Report)によると、スイスの12%の人々がオンラインのニュースにお金を支払っている。これはアメリカでは16%よりは少ないが、英国の7%よりは多い。

Lucinda Southern(原文 / 訳:塚本 紺)