[ DIGIDAY+ 限定記事 ]ストリーミングサービスが乱立するいま、テレビ業界とハリウッドは、まさに様変わりしようとしている。だが、かつてのコムキャスト(Comcast)やケーブルテレビなどが、AmazonやAppleなどのハードウェア企業に取って代わっただけのことで、正しくDTC化したということではない。
[ DIGIDAY+ 限定記事 ]ディズニーのCEOのボブ・アイガー氏は2018年8月の収支報告で、近く登場する動画ストリーミングのサブスクリプションサービスであるDisney+(ディズニープラス)について、「会社の2019年の最大の優先事項だ」と述べた。もし問われれば、さらに先にまで含めても最大の優先事項だとアイガー氏は答えるだろう。ストリーミングの独自プラットフォームを構築することで、ディズニーは、Netflix(ネットフリックス)という存在を揺るがす脅威に対処しようとしているのだ。
ディズニーだけではない。ハリウッドのほかのスタジオも、テック大手に包囲され、ネット直販(direct-to-consumer:以下、DTC)化を進めている。ワーナーメディア(WarnerMedia)、NBCユニバーサル(NBCUniversal)、ディスカバリー(Discovery)はいずれも、ストリーミング動画ビジネスの構築計画を発表し、専用の部門を作った。ひと足先に飛び込んだCBSとショウタイム(Showtime)は、CBSオールアクセス(CBS All Access)とショウタイムのストリーミングチャンネルで、競合他社が参入する前にサブスクリプション契約を800万件、獲得している。A+Eネットワークス(A+E Networks)やAMCネットワークス(AMC Networks)のようなもう少し小さなところも、ホラーや歴史など分野を絞ってファンの獲得を進めている。
テレビ業界とハリウッドは、まさに様変わりしようとしている。
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あるいは、そうではないところもある。すでにストリーミングチャンネルを構築している動画番組制作者は、サブスクリプションをAmazonに大きく依存している。Apple、Hulu(フールー)、ロク(Roku)など、テレビのほかのテック大手が、Amazonが大成功させたプライム・ビデオ・チャンネル事業に似た卸売りプロダクトへの投資を進めており、そうなれば、テレビ業界にはこれからも仲介者がいることになる。Amazonらは、こうした「サブスクリプション契約者」が実際にどんな人たちなのかに関するデータを最小眼しか提供しない――いまはメールアドレスだけで済ませようとする――ので、コムキャスト(Comcast)やケーブルテレビや衛星テレビと卸売販売の契約をするのと、状況は大きくは変わらないようだ。
これを、非DTC化と呼ぶことにしよう。
「ゲートキーパーは依然として存在する」と大手エンターテインメントスタジオのある幹部は語る。「歴史的に、ゲートキーパーは衛星やケーブルのパイプを持っているところだったが、いまはそうしたゲートキーパーの多くがハードウェア企業になっている」。
大きな投資を進める大手メディア
メディア企業からすると、DTC化は単なる流行り言葉ではない。実は、ずっとこだわってきたのである。
ディズニーは事業全体を再編し、DTCの取り組みを統括する新しい事業部門を作った。この取り組みは、Disney+が中核となるが、ESPN+も含み、21世紀フォックスの買収後には、Huluもある程度入ってくる。ディスカバリーは、元Amazon幹部のピーター・ファリシー氏をDTCプロダクトの初のグローバルCEOに迎えた。ワーナーメディアは、トップシークレットであるストリーミング計画はAT&T幹部のジョン・スタンキー氏が進めているが、ストリーミングの取り組みのコンテンツ責任者には、TNTとTBSのプレジデントであるケビン・ライリー氏を指名した。ライリー氏は、計画が形になるのにあわせて、コンテンツ幹部の雇用を進めている。NBCユニバーサルでは、新しいDTCストリーミングサービスの責任者を、古参のボニー・ハマー氏が務めている。
AT&Tはタイム・ワーナー(Time Warner)の買収に850億ドル(約9.4兆円)を支払うことに同意しており、ディズニーはFOXの資産に710億ドル(約7.9兆円)を支払うことになっているが、これはしばし横に置こう。こうした巨大合併を背景に、両社が構築中のストリーミングサービスも、またコストがかかることになる。ワーナーメディアはストリーミング計画の一環で、HBOの20億ドル(約2230億円)のコンテンツ予算を増やすことになっているのだ。ディズニーは、「スター・ウォーズ」のスピンオフシリーズだけで1億ドル(約111億円)を使っている。
エンターテインメントマーケティングの業界団体であるプロマックス(Promax)のCEO、スティーブ・カザンジアン氏によると、プロマックスのメンバーのあいだでは、DTCの詳細を把握するのがいちばんの課題になっているという。「CPG(消費財)企業から単に人材を迎え入れるのではなく、エンターテインメントのマーケティングの経験があるチームメンバーに対する、顧客獲得とリテンションのマーケティング、価格戦略、コンバージョン戦術などのトレーニングに力を入れている」と同氏。「2年前にはこんな話はしていなかった」と語る。
Amazonを追うOTTディストリビューター
メディア企業が独自のストリーミングサービスへの投資を進めるなか、既存のテックディストリビューターが、一枚かもうと手はずを整えている。ロクは1月、独自のチャンネル事業を発表。ローンチはCBS、ショウタイム、スターズ(Starz)といったプログラマーと行う。Huluはすでにさまざまなバンドルを提供しており、HBO、ショウタイム、さらにはSpotify(スポティファイ)と自社のサービスとを組み合わせている。Appleは、2019年にチャンネル事業をローンチすると見られている。
こうしたテック大手の道しるべになっているのが、Amazonのプライム・ビデオ・チャンネルだ。約200チャンネルを擁しており、BMOキャピタル・マーケッツは、2019年には26億ドル(約2900億円)のビジネスになると推計している。米DIGIDAYの以前のレポートによると、Amazonはチャンネルのサブスクリプション契約総数の45%以上を占める可能性がある。BMOの推計によると、HBOナウ(HBO Now)はサブスクリプション契約の約35%がプライム・ビデオ・チャンネル経由だ。
Amazon、ロク、Appleと、メディア企業はこの米国の3大コネクテッドTVプラットフォームに目を向けている。Amazon、ロク、Appleの配信力なしに、OTTにおけるスケールはない(まもなくディズニーが過半数を所有するHuluは、拡大を目指すサブスクリプションストリーミングサービスでありながら、よそのライブチャンネルとオンデマンドチャンネルの卸売業者でもあるという特殊な位置づけにある)。
どこに向けるのか?
コネクテッドTVのプラットフォーム向けに完全な自社アプリを構築するべきなのか、各プラットフォームが開発するチャンネルのエコシステム内で配信するべきなのか、それともこのふたつの混合を試みるべきなのかという問題がメディア企業にはある。
完全な自社アプリなら、メールアドレスやクレジットカード情報など、顧客に関する情報とコントロールがすべて手に入る。一方で、テクノロジーの維持と顧客への請求のため、コストが高くなる。動画番組制作者がプライム・ビデオ・チャンネルに参加する大きな理由はこれだ。Amazonは、プラットフォームを提供し、カスタマーサービスと請求に対処し、ぜひともほしいプライムの顧客がスムーズにチャンネルを追加できるようにするので、Amazonを選ぶという判断は楽に見える。
しかし、その場合はコストもかかる。また、Amazonとロクはチャンネルプログラムを通じて契約するユーザーのメール情報を提供しておらず、Appleも同様になると見られている。ロクとAppleのチャンネル事業もうまくいくなら――少なくともAmazonのプライム・ビデオ・チャンネルの成功に近いものになるなら――、いわゆるサブスクリプション契約者のかなりの部分が、ストリーミング動画の番組制作者には見えなくなる。
「これは従来の意味ではサブスクリプション契約者ではなく、いわゆるDTC動画サービスの大半が、間接的な消費者サービスになる」と、メディア企業であるクリエイティービー・メディア(Creatv Media)の創業者、ピーター・クサシー氏は語る。「しかし、それでいい。突き詰めると、大事なのは成長と勢いを手に入れることだ」。
事実、エンターテインメントスタジオの幹部業界のベテランたちは、こうしたテック大手の配信力は実際に新規参入者にとって好ましいものなのだと主張する。コスト削減になるし、インターネットにつながったテレビ画面のとりわけ人気なところで露出を高めるチャンスが得られるのだから。
エンターテインメント企業のドゥーイング・ワーク・アズ(Doing Work As)の創業者、クリス・アーウィン氏は、卸売りのチャンネルディストリビューターは、「全部」DTC化する前に様子を見る方法にもなると語る。「DTC化したいが、まずは情報を集めたいと話すメディア企業が増えている」とアーウィン氏。「Amazonやロクのようなところとの取引によって、さまざまなオーディエンスのもっとも反響のあるタイトルとフォーマットや、マーケティング戦略の調整方法などについてテストをはじめられる」と同氏は語る。
Amazonとロクにチャンネルがある大手テレビネットワークのある幹部は、配信へのアプローチは分散するべきだと主張する。サブスクリプション契約者の過半数はいまもネットワークのアプリに直接やってくるが、残りの「サブスクリプション契約者」はプライム・ビデオ・チャンネルとiTunesに分かれている(ロクとAppleが近く加わると、この幹部は予測する)。「分散は縮小ではなく拡大しているが、これは良いことだ」と、この幹部。「Amazonのチャンネルは大きいが、明日にも我々のサービスの半分になるということはない」。
卸売りの取引は同じようなものばかりではない
チャンネルというビジネスがひとつあるが、ストリーミング企業とさまざまな種類のディストリビューターとのあいだで、そうではない卸売の契約も作られている。たとえば、T-モバイル(T-Mobile)は無線通信の顧客の一部に、Netflixを無料で提供している。HuluとSpotifyには、両サービスをパッケージ化して安くした、学生向けとその他のユーザー向けのバンドルがある。
こうすることで、顧客情報へのアクセスが拡大するチャンスがあるのだ。たとえば、HuluとSpotifyのバンドルでは、Spotifyが決済と請求のプロセスを管理しているが、Spotifyのサブスクリプション契約者は、SpotifyのプラットフォームでHuluにアクセスしたり、Huluを視聴したりできるわけではない。プライム・ビデオ・チャンネルでチャンネルとコンテンツがまとまっているのと同じように直接アクセスできるわけではない。Spotifyを通じてパッケージをサブスクリプション契約した人については、Huluの既存アカウントにサインインするかアカウントを作るかするようHuluがユーザーに求めることを、Spotifyができるようにする。サービスにアクセスするのに、両方のサービスでユーザー名が必要になるのは変わらない。そのため、両社ともにDTCの関係性を維持できる。
ディズニーは例外かもしれない
実のところ、本当にDTC化するための能力や、ディストリビューターとの交渉の決め手を持っている会社は多くない。エンターテインメント業界の人たちは、大衆向けメディア企業のなかでDTC化できるのはディズニーだけで、ひょっとするとHBOは可能性があるかもしれないと主張する。
ディズニーはすでにブランドが幅広い人々に認知されている。また、ウォルト・ディズニー・スタジオ(The Walt Disney Studios)、マーベル(Marvel)、スター・ウォーズ、ピクサー(Pixar)と、世界でも最高のコンテンツがずらりと並ぶ。また、ディズニーは幹部と投資家にDisney+への賛同を得ており、長期的な成功のために大量の資金を投じる――そしてほかの事業分野の収益を犠牲にすること――用意がある。
ディズニーはFOX買収でHuluも手に入れる。Huluは、すでに米国のサブスクリプション契約数が2500万件あり、ライブテレビ事業やほかのバンドルによる卸売りとOTT配信の経験を積んでいる。だからといって、Disney+が成功することや、ESPN+のサブスクリプション契約が引き続き5カ月で100万件のペースで増えていくことが保証されているというわけではない。
「ディズニーがこれからのサービスでなにをするのかは見ものだ」と、クサシー氏。「問題は知的財産であり、ディズニーには最高の知的財産があることから、ディズニーは例外になる可能性がある」と同氏は語る。
Sahil Patel (原文 / 訳:ガリレオ)