バーチャルイベントは飽和状態に近い。現在は実験的な試みが多く行われており、受け手の期待値も低くなっているため、コンテンツのコモディティ化が進んでいる。しかし、参入企業が増え、規模は大きいがリターンは減るなかで、各社は仮想イベントでふたたびオーディエンスから直接収益を得るモデルに移行せざるを得なくなっている。
クリエイティブエージェンシー、パレットグループ(Palette Group)の創業者ネイト・ニコルズ氏とプロデューサー兼ビジネスパートナーのステファニー・ベーリンガー氏は、ジョージ・フロイド氏の殺害から3週間後の6月18日、広告業界にはびこる人種的に偏ったシステムの是正を目的としたイベント「アライシップ・アンド・アクション」を開催した。同イベントではエージェンシーのサタデー・モーニング(Saturday Morning)の共同創業者ジャヤンタ・ジェンキンス氏やハバス(Havas)の米国CEOローラ・マネス氏などが講演したほか、認可を受けたセラピストや専門家による7種類のワークショップが開催された。当初イベントの参加は無料で、最大2000人が参加した。
だが技術や制作、ワークショップに参加する役員のコストを考慮し、7月に行われた第2回のアライシップ・アンド・アクションのイベントは25ドル(約2700円)のチケット制となった。それでも1000人の参加者がイベントに集まっている。
各社が社内における人種的偏見を是正しようとしているこの時期、「白人の特権」を良いことに使うこのイベントに人気が集まるのも当然かもしれない。だが全体的に見ると、参加無料のバーチャルイベントが増える現在、無料のイベントを有料化できる企業は決して多くない。
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「オーディエンスのために作り上げた価値にイノベーションをもたらさねばならない」と、ニコルズ氏は語る。「有名人に15分のスピーチを依頼するパブリッシャーは多いが、それは外向けのアピールに過ぎない。そのような1回かぎりのスピーチで有名人が名言を引用したところで、企業として前に進むための新しい枠組みや構造が生まれることはない。何が得られるか、どのような内容のものがあるか。この2要素をはっきりさせたうえで有料化すべきなのだ」。
これは2020年下半期のバーチャルイベントのあるべき形にそのまま通じる考え方だろう。バーチャルイベントには改善すべき点が多いという意見は多い。だが世界的な不況のなかで広告市場は低迷しており、数カ月先の見通しも立たない現在、イノベーションよりも目の前の困難に備えるという企業が大半だ。
バーチャルイベントは飽和状態に近い。ITプラットフォームのON24では、コロナ禍の後にライブイベントが330%増加したという。ON24のマーケティング担当バイスプレジデントのテッサ・バロン氏によると、現在1社あたりで週平均2回、プラットフォーム全体で見ると毎分のようにバーチャルイベントが開催されているという。
無料のバーチャルイベントやウェビナーがこれほど大量に行われると、パブリッシャーのこういったコンテンツの過小評価につながりかねない。現在は実験的な試みが多く行われており、受け手の期待値も低くなっている。企業もその状況を利用しており、コンテンツのコモディティ化が進んでいる。参入企業が増え、規模は大きいがリターンは減るなかで、各社はバーチャルイベントでふたたびオーディエンスから直接収益を得るモデルに移行せざるを得なくなっている。
有料チケットの扱いには注意が必要
現在、バーチャルイベントのチケット価格は大きな幅がある。イベントマーケティングソフトウェアを手掛けるスプラッシュ(Splash)のCEO、ベン・ハインドマン氏によれば、ポップシュガー(PopSugar)の大人気フィットネスイベント「グラウンデッド」のような消費者向けのパブリッシャーイベントの価格は25ドルから50ドル(約2600円から5200円)となっている。
フィナンシャル・タイムズ(Financial Times)は9月3日から5日の週末にかけてデザイナーのポール・スミス氏やエヴァン・シュピーゲル氏などを講演者として招きイベント「ウィークエンド・フェスティバル」を開催する。同イベントはサブスクの登録者を増やすためのイベントで、価格は45ポンド(約6300円)に設定されている。
一方、10月19日から22日にかけて開催されるMITテクノロジーレビュー(MIT Technology Review)の最大規模のオンラインカンファレンス「EmTech」は、一般入場料が650ドル(約7万円)、予約料が33.49ドル(約3600円)となっている。この料金には、バーチャルミートアップやMITテクノロジーレビューの年間購読、編集者の裏話といったサービスも含まれる。さらに800ドル(約8万6000円)のオールアクセスチケットでは、概要レポートやカクテルアワー、ウェルカムギフトといったサービスが受けられる。
とはいえ、このような価格設定は一般的ではない。特に企業向けのパブリッシャーでは、チケットの価格設定は控えめなところが多い。
「価格設定にはまったく統一性がない」とメディアアナリストのトーマス・ベークダル氏は語る。「今の価格設定が、2021年も続くとは思えない。バーチャルイベントが続けば全体的に値下げ圧力が働くはずだ」。
ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)はイベント収益モデルを確立しているため、今年は無料で開催する方針だ。ブルームバーグメディア(Bloomberg Media)も一般向けのバーチャルイベントと個人向けのイベントを無料に設定している。
フューチャーPLC(Future PLC)のイベントディレクター、ジョニー・サレンズ氏によれば、同社はロックダウン以降5回バーチャルイベントを開催しているが、バーチャルでないイベントよりも若干安い価格を設定しているという。
同社の有料イベントはいずれも企業向けだ。たとえば「NYCテレビジョンウィーク」では入場パスが99ドル(約1万600円)、オールアクセスパスは199ドル(約2万1000円)となっている。同社のほかのバーチャルイベントは最大499ドル(約5万3000円)に設定された。ブランドが新しいイベントを開催するにあたって価格を把握することが重要だとサレンズ氏は指摘する。
「バーチャルイベントは予想より良い結果だった。参加者もこういった交流に慣れてきているようだ」と同氏は語る。「それに既存のカンファレンスではいやいやながら人と話をしなければいけないなど、良い面も悪い面もあった」。
意義深いマッチングをどう提供するか?
企業向けイベントに参加者や参加企業が参加料を払うのは、見込み顧客の獲得や同業者との出会いも大きな要素である。だが、バーチャルイベントではこの面でまだ十分とはいえない。消費者向けのパブリッシャーイベントは会場が非常に重要だ。
アライシップ・アンド・アクションのプロデューサーであるベーリンガー氏は、同イベントの設計にかなり悩まされたという。同イベントは参加者の目的に合わせてメインホールを移動できるようになっている。参加者に選択肢を与えることを重視したというわけだ。イベント運営が選んだ人間の話を延々と聞く必要はない。
ハーストUK(Hearst UK)は「カントリー・リビング・フェア(Country Living Fair)」や「ウーマンズ・ヘルス・ライブ(Women’s Health Live)」といった無料イベントを開催している。同社の最高商業責任者ジェーン・ウルフソン氏は、今後は美容商品や食事、飲み物などを含めた有料チケットの提供を検討しているという。目標は、出席者に非バーチャルイベントと同じくらい質の高い体験を提供することだ。
ハインドマン氏は、コンテンツやアクセス、コネクション面でほかで得られないものを提供できれば有料バーチャルイベントが成功する可能性は高いが、本当に価値のあるものを提供せねばならないと指摘する。
「仲介役としての役割を果たせれば、金を払う価値のあるイベントになるだろう」と同氏は語る。「無駄が一切ないことは、逆にB2Bにとっての課題になりうる。ミーティングも食事もなく、トップファネルからボトムファネルに誘導するようなイベントがない。これでは新たな出会いはなかなか得られない。こういった意義深いつながりをどうやって築くかが今後の課題だ」。
ブルームバーグ・ブレイクアウェイCEOサミットでは、バーチャルイベントが会員用の有料追加コンテンツとなっている。会員はツールやベストプラクティス、ビジネス上の課題解決に役立つフィードバックといった独占コンテンツにアクセスできる。
複数の収益源
現在、パブリッシャーはファーストパーティデータを蓄積するため、参加者から登録データを集めている。こういったデータはコンテンツや広告、サブスクのバンドル、ECをはじめ、直接間接を問わず将来的なオーディエンス収益につながる。
デニス・パブリッシング(Dennis Publishing)はバーチャルイベントを無料で開催している。同社は3月以降イベント数を3倍にしており、収益も3倍に増加した。
デニス・パブリッシングの需要創出を担当するナウズ(Nowse)でオペレーションディレクターを務めるポール・フランクリン氏は「バーチャルイベントを有料化すると、参加者の期待値が変わってくる」と語る。「バーチャルイベントはロックダウンから増えた、比較的新しいトレンドなのだ」。
企業向けのパブリッシャーでは、非バーチャルのイベントが収益の半分近くを占めるのも珍しくない。非バーチャルのマージンは20、30%台に過ぎず、その点ではバーチャルのほうがはるかに大きい。いずれにせよ、パブリッシャー各社は毎年行われているこれほど大規模なキャッシュフローをどうやって創出するか考え出さねばならない。
「バーチャルイベントは大きな成功を収めているが、ライブイベントのポートフォリオ内で求められるほどの収益は得られていない」と、サレンズ氏は語る。
これこそが大半のパブリッシャーにとっての課題となっている。
メディアアナリストのアレックス・デグルート氏は「業界のあらゆる面で混乱が起きている。スケジュールはずれ込み、下半期に詰め込まれている」と語る。「バーチャルイベントには明確な収益モデルがなく、買い手市場になっている」。
さらにインフォーマ(Informa)、セントー(Centaur)、アセンシャル(Ascential)、ハイブ(Hyve)など、英国のイベント企業の株価は業界全体で低迷している。
たとえばアセンシャルの2020年度上半期の収益は前年比で実に92%減となった。同社は「オンラインコンテンツのカスタマーエンゲージメントとオーディエンスへのリーチが過去最高」になったと発表しており、たとえば将来の金をメインテーマにしたポッドキャスト番組「マネーポット」は、2019年のローンチ時と比べて5倍のダウンロード数を記録した。
デグルート氏は次のように述べている。「各社はコロナ禍のなかでポッドキャストやオンラインコンテンツを活用した防衛策に追われている。だがそれでは大きな収益は生まれない」。
[原文:‘You have to innovate on the value’ The disparate state of virtual event ticketing]
LUCINDA SOUTHERN(翻訳:SI Japan、編集:長田真)