スポーツパブリッシャー、「政治」報道との線引きに苦慮

米国の政治では、スポーツのたとえがよく用いられる。代表的なのが、選挙における「競馬」、政策争いでの「インサイドベースボール(野球の高度な戦略)」、政策論争における「ノックアウト」や「ホームラン」などだ。このようにスポーツの表現は、政治報道でよく用いられている。だが、ESPNの新情報によれば、オーディエンスはスポーツと政治を厳密に分けることを求めている。そして、これは広告主も同意見だ。

ESPNの広報担当ディアナ・ラム氏によると、同社が6月に行った調査では、スポーツファン全体の74%はスポーツに政治を持ち込んでほしくないと回答しているという。同氏によると、そのうち「熱心なスポーツファンの85%、民主党の支持者では69%、共和党の支持者では84%が同様の回答」を行っている。

広告主もスポーツと政治の混同には否定的だ。とりわけ生放送の分野では顕著となっている。調査会社のモーニング・コンサルト(Morning Consult)が2月に行ったアンケートでは、3分の2がスーパーボウルに政治を持ち込んでほしくないと回答している。スポーツ・ビジネス・ジャーナル(Sports Business Journal)によれば、 NBCは2020年の東京オリンピックから政治的な要素を排除しようと努めている。

ESPNの政治排除方針

ESPNはここ数カ月で力強い成長を見せている。ESPNの親会社であるディズニー(Disney)が8月上旬に行った堅調な業績報告によると、ESPNの視聴者数は減少している(コードカッティングによるものと思われる)ものの、広告収益と広告料、アフィリエイト収益は増加。ESPNのOTTサービスであるESPN+には200万人以上が加入している。

ESPNでは、7月に番組司会のダン・ル・バタード氏が番組内でトランプ米大統領を批判したことで騒動になっており、今回の投票はその一連の流れのなかで実施された。米国ではトランプ氏の大統領就任以降、スポーツイベントの米国歌斉唱中に選手が膝をつき、人種差別問題などに抗議する運動が盛んになっている。これに対してトランプ氏がこうした行動をとった選手をベンチに置くべきだといった批判を展開しており、さらにそれに対し、ESPNの番組スポーツセンター(SportsCenter)の司会ジェメレ・ヒル氏やNFLチームのダラス・カウボーイズのオーナー、ジェリー・ジョーンズ氏がトランプ氏を批判するなど大きな騒動に発展している。「スポーツに関連する内容でなければ政治報道を行わない」方針も、こうした騒動を受けて導入されたという背景がある。

今回の騒動についてル・バタード氏は、ESPNのCEOを務めるジミー・ピタロ氏と直接和解し、ル・バタード氏は番組に復帰している。ピタロ氏の前任、ジョン・スキッパー氏がヒル氏に対して下した決定とは異なる結末だ。こうして騒動は決着したとはいえ、同社の方針が変更されたわけではない。ル・バタード氏の騒動からも明らかなように、この方針に対する社内の不満の声は大きい。大統領選挙シーズンが近づくにつれて、さらなる問題に発展するおそれは否定できない。

ESPNの政治排除方針は、トップダウンの決定だ。ピタロ氏を指名したディズニーの会長兼CEOボブ・アイガー氏は昨年、ESPNは「政治にこだわりすぎる」あまりブランドイメージを損ねていると、ウォールストリート・ジャーナルに語っている。有料テレビのバンドルで長い歴史を誇るESPNだが、近年はコードカッティングに苦しめられてきた。デッドスピン(Deadspin)はESPNの契約数減少は政治関連の報道のせいではなくコードカッティング減少のせいだと報じている。2015年6月から2018年5月の期間に、ESPN、NFLネットワーク、NBCSN、NBA TV、MLBネットワーク、ゴルフチャンネルで大幅な契約数減少が起きている(このうちもっとも健闘したのはNBCSNで、減少数は19万1000にとどまっている)。

「ダン・ル・バタード氏の批判やジェメレ・ヒル氏のツイートによってオーディエンスは増えるのか、減るのか。ビジネスの観点で重要なのはその一点だ。ピタロ氏と(ESPN親会社の)ディズニーはそういう見方をしている。今回のアンケートやフォーカスグループもそれを裏付けており、ある意味で正しい対応といえる」と分析するのは、ジョージ・ワシントン大学スポーツマネジメント学部教授のマーク・ハイマン氏だ。「政治であれ何であれ、オーディエンスを言い負かすこと、彼らの意見を否定することに何の意味もない。だが、スポーツファンはニュースや他人の意見が大好きだ。いまの世の中で、キャパニック氏やトランプ氏、『I can’t breathe』の抗議メッセージ、ペイド・ペイトリオティズム(有名人らに金を払って愛国心を表明する行動を取らせること)抜きに報道を続けることなどできるだろうか?」。

スポーツと政治の線引き

アラバマ大学スポーツコミュニケーションプログラムでエグゼクティブディレクターを務めるアンドリュー・C・ビリングズ氏は「スポーツは気晴らしに見るもの」と認めつつ、スポーツと政治の明確な線引きが難しいニュースもあると指摘している。

ビリングズ氏は米DIGIDAYへのメールで「たとえば国際的な選手の旅行ビザ発行が遅れた場合、試合にはもちろん関連している一方で、政治的な要素も内包している」と語る。「監督選びにおける多様性の欠如について話せば、そこには政治的なニュアンスが生まれる。女子米国代表チームへの報酬が十分かを論じる場合、男女平等に関する政治的原則と切り離すことはできない」。

ビリングズ氏は、政治的な要素の排除には財政面での影響もあると示唆している。

「経済面での実効性が真に問われるのは、キャパニック氏のようなケース(2016年に国歌斉唱時にベンチから立ち上がらず、人種差別がなくならない米国への不信を表明し論争を巻き起こした)が生じた場合だ」とビリングズ氏は語り、次のように述べた。「このような状況では、ESPNは『世界のスポーツ界をリードするメディア』の名に恥じぬように、方針を柔軟に運用してこうしたニュースを報道しなければならない」。

Scott Nover(原文 / 訳:SI Japan)