アメリカのエディトリアルな報道において、スポーツベッティングは競争の激しいコンテンツだ。ブリーチャー・レポート(Bleacher Report)やESPNをはじめ、スポーツベッティング専門のコンテンツを提供しているスポーツ分野のパブリッシャーは多い。
アメリカのエディトリアルな報道において、スポーツベッティングは競争の激しいコンテンツだ。ブリーチャー・レポート(Bleacher Report)やESPN、スポーツイラストレイテッド(Sports Illustrated)をはじめ、スポーツベッティング専門のコンテンツを提供しているスポーツ分野のパブリッシャーは多い。2017年にはエンタメプラットフォーム企業のチャーニングループ(Chernin Group)がスポーツベッティング専門のスポーツメディア企業、アクション・ネットワーク(Action Network)を新設している。
米国では、ネバダ州等の一部地域を除きスポーツベッティングを禁止と定めた連邦法「1992年連邦プロ・アマスポーツ保護法」(PASPA)について、2018年に最高裁が違憲であるという判断を下した。これを受けて1カ月後にニュージャージー州がスポーツベッティング事業を合法に定めている。米国ではこうした流れのなかで、もはや報道だけにとどまらずスポーツベッティング事業自体に乗り出すパブリッシャーも現れはじめている。
9月第1週には、FOXスポーツ(FOX Sports)とザスコア(theScore)が独自のスポーツベッティングアプリをリリースしている。また、バースツール・スポーツ(Barstool Sports)は独立サイトのバースツール・ベッツ(Barstool Bets)を開設した。同サイトでは実際に賭けることなく無料で遊べて賞金が出るコンテストを行っている。ボックス・メディア(Vox Media)は、ファンタジースポーツの大手プロバイダーであるドラフトキングス(DraftKings)と提携してドラフトキングス・ネーション(DraftKings Nation)というスポーツベッティングのタイトルを提供しはじめた。
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もともとスポーツ報道を行っていたザスコアのようなパブリッシャーにとって、ファンタジースポーツやスポーツベッティングの報道への拡大は自然な流れだった。そして、こういったスポーツベッティング報道を行うパブリッシャーにとって、スポーツベッティング事業への参入もまた合理的な拡大といえる。ザスコアが提供しているベッティングを行わないタイプのフラッグシップアプリの利用者は500万人にのぼるが、ザスコアのCEOジョン・レビー氏によればサードパーティが調査を行った結果、ユーザーのおよそ半数がスポーツベッティングを行っていることが判明したという。ザスコアの広報担当は米DIGIDAYの問い合わせに対し、調査会社やその方法を含めて同調査に関する情報の公開を拒否している。
これまでオーディエンスは、こうしたパブリッシャーの記事や動画を参考にしてベッティングが行えるほかの場所を利用していた。だが、ベッティングの合法化が進んだことで、パブリッシャーはこの状態を解消して自らの収益源へと変化させられるようになったのだ。「ザスコア内でベッティングができるよう適切に取り組みを進めて、オーディエンスが当社のサービスでベッティングしてくれるようになるのが当社全体の目標だ」とレビー氏は語る。
さらに全米でスポーツベッティングの合法化が進むことで、ベッティングの方法について興味があるオーディエンス向けの記事や動画の需要も増える見込みだ。さらにこうしたコンテンツは、それまでベッティングを行ってこなかったオーディエンスがベッティングをするきっかけとなりうる。この流れのなかで、スポーツベッティング業界に参入するメディア企業が増えるだけでなく、メディア業界に参入するドラフトキングスのようなスポーツベッティングプラットフォームも増える可能性がある。
ドラフトキングスの最高業務責任者、エズラ・クチャ-ズ氏は「業界に熱心で知識のあるファンが増えるほど、当社の商品への参加と成功、還元が増えるだろう」とメールで声明を発表している。
スポーツ系のパブリッシャーやプラットフォームが、コンテンツと賭博を組み合わせることでオーディエンスの増加とリテンションの向上につながると考えているのには根拠がある。シートン・ホール・スポーツ・ポール(Seton Hall Sports Poll)が2018年11月に発表した調査によると、米国では70%の人が、ベッティングしている試合のほうが見る可能性が高いと回答している。
上記の米国企業の取り組みは、これまで米国よりもベッティング市場が成熟している英国企業ですらあまり実施されてこなかった。「英国では放送局各社がスポーツベッティングに乗り出すような動きはなかった。あまりにも規制が厳しいためだ」と、WPPの保有するスポーツマーケティングエージェンシー、ツー・サークルズ(Two Circles)のシニアバイスプレジデントを務めるサム・ヤードリー氏は指摘する。そのため英国ではベッティングの運営企業が市場をコントロールしているが、企業間での差別化が乏しいためカスタマーのリテンションに苦戦しているという。
「賭博が大きな収益を生むのは言うまでもないが、行く末を左右し、巨大なビジネスチャンスを生み出すのは、賭博に付随するコンテンツだ」と、ヤードリー氏は語る。
取り組みの方法はさまざま
スポーツ系パブリッシャーはさまざまな方法でチャンスをつかもうとしている。FOXスポーツ(FOX Sports)とザスコアはベッティングができる自社アプリを提供したが、一方Vox Mediaはスポーツベッティングアプリを提供しているドラフトキングスとともにスポーツベッティングのタイトルを発行している。Vox Mediaが自社でベッティングアプリを開発しなかったことについて、同社COOのトレイ・ブランドレット氏は、コアコンピタンスから外れた業界への参入であり多大な労力が必要だったためとしている。「市場シェアを手に入れ、カスタマーに良いサービスを提供するための最善の方法は、両社が得意とする分野に集中することだ」と、同氏は語る。Vox Mediaは、ドラフトキングス・ネーションのためのエディトリアルチームを編成中だ。同チームにはSBネーション(SB Nation)のベテラン編集者、デイビッド・フシロ氏もNFLコンテンツの編集者として参加する。
Vox Mediaとドラフトキングスは、2社がドラフトキングス・ネーションのサイトで広告を販売する形で収益を分配する予定だ。いまだに米国では賭博が合法化されていない州が大半で、州のローカルな企業でもなければ、賭博と結び付けられることに躊躇する広告主は少なくない。そんななかドラフトキングスは、すでに自社コンテンツ内で他社のゲームなどの広告を販売しており、そうした実績は2社が、ここから広告主を獲得していくための一助となるかもしれない。「スポーツベッティング関連でも、とりわけ直接的なベッティング分野に関わろうとするブランドは非常に少ない」とヤードリー氏は指摘する。
同氏は、既存のスポーツベッティング関連企業が直接的な広告主になっていくだろうと断言する一方で、スポーツベッティング関連コンテンツに積極的に広告を出す広告主は、ほかにもいると指摘する。それがオープンエクスチェンジでプログラマティックな広告購入を行う広告主だ。こういった企業のなかには、オーディエンスへどのような環境でリーチするかよりも、ターゲットとなるオーディエンスにリーチできるかをより重視する企業も多いためだ。
ザスコアは、現時点ではスポーツベッティングへの進出を足がかりとした広告ビジネスの拡大については決定を下していない。ザスコアのベッティングアプリ、ザスコア・ベット(TheScore Bet)は広告フリーのアプリだ。CEOのレビー氏は、スポーツベッティングへの進出を足がかりにした広告ビジネスの拡大の方法についてはまだ検討中だと述べ、次のように語っている。「(スポーツベッティングの収益が増えていくなかで)当社の中心的なアプリであるザスコア・ベットで得られるであろう広告収益は減少していくだろうと考えている」。
大きな賭け
いまニュージャージー州だけを見ても賭博で大きな金が流れ込んでいる。レビー氏が大きな期待を寄せるだけの根拠はあるのだ。ニュージャージー州ゲーム執行課(Division of Gaming Enforcement)によれば、2019年の1月から7月にかけて同州のオンラインスポーツベッティングで賭けられた金額は18億ドル(約1940億円)にものぼる。2019年5月だけでも、ニュージャージー州におけるオフラインを含めたスポーツベッティングで賭けられた金額は、ネバダ州を上回った。
ザスコアなどの企業は、ベッティングアプリで賭けられた賭け金の何%かを取り分として収益化している。これは「純ゲーミング収益(NGR)」と呼ばれ、レビー氏によればこのパーセント率は賭けの種類により異なり、5%から12%までの範囲となっている。またパーレイのような複数のベッティングや、試合中のベッティングのマージンはより高くなるという。
だがブランドレット氏が示唆したように、賭博の収益を得るためには時間と金がかかる。たとえばFOXスポーツは9月1日にローンチしたFOXベット(Fox Bet)アプリを制作した賭博企業のスターズ・グループ(The Stars Group)に約2億3600万ドル(約255億円)を投じている。ザスコアの広報担当は、スポーツベッティングのテック系企業ベット・ドット・ワークス(Bet.works)と提携して開発したスポーツベッティングアプリの制作費用について公開を拒否している。
コストという財政上のハードル以外にも、オンラインスポーツベッティングの市場に参入するための労力も大きい。米国では、企業がオンラインのスポーツベッティングサービスを提供するためにはオフラインの賭博運営企業と提携する必要がある。ザスコアはニュージャージー州ではモンマス・パーク・レーストラック(Monmouth Park Racetrack)と、ほかのスポーツベッティングが合法な11の州ではペン・ナショナル・ゲーミング(Penn National Gaming)と提携している。オフラインの賭博運営企業と契約を結んだ企業は、運営を行う州ごとに賭博ライセンスに応募する必要がある。ザスコアの場合、このプロセスだけで数カ月かかったという。ここまでして、やっとスポーツベッティング市場の入り口に立った状態だ。そしてその先には、ドラフトキングスやファンデュエル(FanDuel)といったすでに市場に定着している企業やカジノ、ブックメーカーが待ち受けている。
レビー氏によると、ザスコアはニュージャージー州でテレビCMやラジオCM、屋外広告を出してザスコア・ベットの宣伝を行っているが、「市場にあふれる」ほどのマーケティングキャンペーンは行わないという。アプリの宣伝費用の具体額について同氏は明かしていない。
かわりに、ザスコア等のパブリッシャーは保有しているメディア資産を活用して、ベッティングアプリのユーザー獲得を有利に進めようと試みている。たとえばザスコアのベッティングアプリはメインアプリと接続されている。これによりザスコア・ベットで行ったベッティングをメインアプリで追跡することが可能だ。さらにオプションでベッティングのリアルタイム追跡ができるほか、メインアプリのコンテンツの一部にはザスコア・ベットへのリンクが含まれている記事や動画もある。これについてレビー氏は「真の意味で単一の体験となるように統一していきたい」と語っている。
Tim Peterson(原文 / 訳:SI Japan)
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