読者から投稿されるユーザー生成コンテンツを活用しようとするパブリッシャーの試みは、以前からおこなわれてきた。テグナもそのなかの一社だ。ローカルコンテンツ配信アプリを利用して動画や写真を収集し、それらをローカルニュースに還元することで、オーディエンスが身近に感じるコンテンツを提供することに成功している。
よくも悪くも人目を引く報道写真や映像が溢れかえった今年、かつての米大手新聞社ガネット(Gannett)から放送・デジタルメディア事業を引き継いだテグナ(Tegna)は、視聴者が撮影した写真や動画を自社コンテンツに利用し始めた。
テグナはヒューストンやシアトル、クリーブランド、ワシントンD.C.をはじめ、全米51の州や市に63のローカルTV局とふたつのラジオ局を保有している。各局の記者やプロデューサーはこの5カ月間、視聴者から同社のモバイルアプリ「ニア・ミー(Near Me)」経由でCMSに送られてくる写真や動画の選定に勤しんでいる。
ニア・ミーは各ローカル局が報じたニュースを収集し、ジオタギングを利用してオーディエンスが現在位置するコミュニティのマップ上に掲載するアプリだ。現在はそこに、各局の職員が選別したユーザー投稿写真や動画も加えている。
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お天気アプリに匹敵する人気
2020年5月の投稿募集開始以来、テグナのCDO(Chief Digital Officer)であるアダム・オストロウ氏によれば、ワシントン州の山火事からニューオーリンズのハリケーンに至るまで何十万もの投稿があり、小さなアパート強盗レベルから全米を揺るがした暴動レベルまで、さまざまな動画をニア・ミーに掲載したという。
その結果、オストロウ氏いわくニア・ミーは気象情報アプリと並び、テグナ屈指の人気を誇るモバイルプロダクトとなった。ちなみにテグナが現在抱える、各ローカル局をすべて含めたモバイルアプリのアクティブユーザー数は月間300万人以上となっている。
ニア・ミーの迅速なスタートは、ユーザー生成コンテンツの有効活用を目指す、テグナのデジタルチームによる戦略の一環だ。1月にはサードパーティベンダー、ジップウィップ(Zipwhip)と提携し、ユーザーがテキストメッセージを通じて写真や動画を送付できるようにする別プログラムを立ち上げた。
ニア・ミー、ジップウィップのいずれを経由した投稿もCMS上では同じ部分に蓄積される。メディアにとって情報収集におけるオーディエンスからの投稿の重要性が増すなか、その選定をより効率的に実施するためだ。実際、ニア・ミー経由で送られてきた写真や動画は、テグナのデジタルチームが作成するローカルストーリーはもちろん、報道枠で放送するニュースの素材にもなっている。
「身近なニュース」をいかに作るか?
テグナではユーザー生成コンテンツをデジタルに限定せず、TVのニュース番組にも常時利用している。そして自社アプリのマーケティング的なメッセージだけでなく、視聴者に行動を起こし、特定のコンテンツの投稿を求める呼びかけも添えている。
「ローカル情報・TVニュースに関する数々のリサーチ結果によれば、人々は自分に特別身近ではないニュースを好まないという事実がある」とオストロウ氏は指摘する。「だが我々にはオーディエンスが身近に感じられる、極めてローカルなニュースプロダクトを制作するための確たるビジョンがある」。
ユーザー生成コンテンツを自社コンテンツにどう組み入れたらいいのかという問いは、10年以上前に市民ジャーナリズムアプリ「アイレポート(iReport)」をCNNが試験的に導入した時代から存在した。そしてニュースパブリッシャー勢は、現在に至るまでその答えを模索している。
テグナにとっても、今回が初めての「実験」ではない。2年前、同社はSnapchatと手を組み、Snapchatのストーリーに投稿されたコンテンツをテグナのローカル局ニュースに組み込むプロジェクト、「ストーリーズ・エブリウェア(Stories Everywhere)」を実施している。
投稿素材につきまとう問題
ますます多くのアメリカ人が気軽に動画を撮影、発信するなか、ユーザー生成コンテンツはニュースパブリッシャーにとって、かつてないほど豊かな宝の山になっていると、デジタルメディア戦略の専門家であるノースウェスタン大学メディル・スクール・オブ・ジャーナリズムのジェレミー・ギルバート教授は指摘する。
ただし、オーディエンスから寄せられた写真や映像素材には、ニュースパブリッシャーが憂慮すべき問題もつきまとう。たとえば抗議運動など緊迫した事態を撮影した動画には、複雑に入り組んだ物語の片側しか映っていない場合もあるからだ。「そうした(抗議運動や暴動などの)動画はほぼすべて、かなり偏った視点で撮られている」とギルバート氏は話す。「証言や記録というより、むしろ誰かの説得を目的としている」。
「その素材がストーリーの一部を意図的に切り取ったり、再編集したりしたものでないのか、慎重に検討する必要がある」。
テグナでは各ローカル局のデジタルディレクターが、オーディエンス投稿コンテンツを吟味している。オストロウ氏によれば、彼らは皆、投稿素材の精査法について十分な研修と訓練を受けているという。
コミュニティの一部になる機会
もっとも、ユーザー生成コンテンツはインパクトの強い政治・社会的なものに限らない。たとえばテグナは心温まる投稿動画を、Facebook上で展開する「ハート・スレッズ(Heart Threads)」で配信している。感動的な動画を専門とするUSAトゥデイ(USA Today)の「ヒューマンカインド(Humankind)」と同じコンセプトの、デジタルサブブランドだ。
現在ニア・ミーに広告は掲載されていない。ただし、テグナのローカルセールスチームは間接的なスポンサーを募集している。アプリ、TV放送でおこなっている視聴者へのコンテンツ投稿の呼びかけに関心のあるブランドは協賛ができるのだ。
オストロウ氏いわく、「ブランドにとって、これは本質的にローカルな、時事問題を扱う、コミュニティに深く関わるものの一部になれる良い機会だ」。
MAX WILLENS(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)