静岡新聞社は、2018年のシリコンバレーへの駐在員派遣を皮切りに、既存事業の変革や新規事業の創出、組織改変を推進してきた。そして、2020年10月には、新規事として、ランナー向けマッチングアプリのRUN de Mark(ラン・ド・マーク)をローンチしている。
ここ数年、全国紙を発行する新聞社だけでなく、地方新聞社のなかにも、紙ビジネスの低迷を受けて改革を打ち出す企業が見られている。
その一社が静岡新聞社だ。同社は、2018年のシリコンバレーへの駐在員派遣を皮切りに、既存事業の変革や新規事業の創出、組織改変を推進してきた。2020年7月には、社内向けに「静岡新聞社イノベーションリポート」を発表し、全社を挙げての改革を宣言。同年10月には新規事として、ランナー向けマッチングアプリのRUN de Mark(ランドマーク)をローンチしている。
「RUN de Markのアイデアは、既存事業を考慮せずに発案された。これは敢えて行ったことだ」。こう語るのは、RUN de Markのプロジェクトリーダーで、シリコンバレーでの研修プログラムにも参加した杉山都彦氏だ。同氏によると、RUN de Markはシリコンバレーで学んだ「ユーザーファースト」なビジネスノウハウを実践する場として、位置付けてられているという。
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静岡新聞社イノベーションリポート
静岡新聞社の改革は、シリコンバレーと東京を拠点に、新規事業創出支援やイノベーター育成などを行うWiL(ウィル)の協力のもと、2018年5月に実施されたシリコンバレーへの駐在員派遣からはじまった。この取り組みの狙いは、新たなメディアの形を模索するとともに、ユーザー中心のビジネス作りを学ぶことにあった。
プログラムに参加した1期と2期メンバーは、2期メンバーが帰国した後の2018年4月、新規事業を創出する「オフェンシブチーム」、そして既存事業を変革する「ディフェンシブチーム」に分かれ、WiLの支援を受けつつ、それぞれのプロジェクトを推進している。コロナ禍で在宅勤務が続くシリコンバレーだが、現在も駐在員はサンフランシスコにとどまり、日本とは違う視点から本社チームのサポートを続けているという。
さらに同社は、改革をより一層推進していくため、2020年7月、静岡新聞社イノベーションリポートを発表。これは2014年にリークされて広まった、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)のリポートをモデルに、社内向けに策定された。
社長室経営戦略推進部の萩原諒氏は、「リポートを出したことによって、社内に自分たちが進むべき道を提示できた」と述べる。「しかし、全ての社員の気持ちが統一されたわけではない。少しずつアクションを起こして成果を出すというのが、いま我々が取り組んでいることだ」。
新聞社の枠にとらわれない取り組み
こうした取り組みは、まだ全社的な成果を生み出すには至っていない。しかし、そこには新聞社という枠組みにとらわれず、改革を推進していこうという、静岡新聞社の強い意思が感じられる。
AnyMind Group(エニーマインドグループ)傘下で、地方新聞社をはじめ、テクノロジーとインテリジェンスで、持続可能なメディアビジネスを支援し続けるメディアグロースカンパニー、FourM(フォーエム)の取締役、綿本和真氏は以下のように語る。「マスメディア企業が良いコンテンツを届け続けるためには、メディアが持つ本質的な価値を見つめ直し、対価である収益源をいかに多様化させていくかが重要だ」と述べる。「その点で、静岡新聞社が押し進める『新聞社の枠』にとらわれない取り組みには、大いに注目している」。
「新聞社の枠に囚われない取り組み」、その一例がRUN de Markだ。
同サービスの会員は、ランナーを指導する「ペーサー」と一般のランナーに分けられる。ランナーとしてある程度の経験と実力を持った会員は、RUN de Markで「ペーサー検定」に合格すれば、ペーサーになることができる。一般ランナーは、アプリ上でこのペーサーとマッチングすると、一緒に走ることができるという仕組みだ。
なお、RUN de Markの収益源は、ペーサー検定料の5000円と一般ランナーがマッチングした際に支払う手数料だ。手数料は、10kmなら500円、20kmなら1000円と、走る距離に応じて設定されており、そのうち20%が事務局、80%がペーサーに支払われるという。
「ユーザーを中心に据えた」サービス
ではそもそも、なぜ静岡新聞社は既存の事業とは関係ないビジネスを、ゼロから作ることを選んだのか。背景には、多くの地方新聞社が抱える課題がある。
その課題とは、「ユーザーを中心に据えた」サービス開発の経験と、ノウハウ不足だ。実際杉山氏は「地方新聞社では、ユーザーを中心に据えた仮説探索型のサービス開発は、あまり馴染みのないものだ」と述べる。
また、FourMで主にニュースメディアを担当する八子優介氏も、「いまでも地方新聞社の多くは、編集チームの立場が強い。それゆえ、ユーザー云々ではなく、自分たちが思う『良い記事』を出せれば良いという状況に陥っているケースが多い」と述べる。
こうした現状を変えていくため、静岡新聞社は敢えて既存事業を考慮せず、「ユーザーが求めるサービス作り」に真摯に向き合い、そこで得たノウハウと経験を、さらなる改革の糧にしようと考えている。「RUN de Markは、シリコンバレーで学んだ『ユーザーファースト』なビジネスノウハウを実践する場。そこで得たノウハウや経験を社内に共有することで、静岡新聞社を変えていきたい」。
目標は新規事業で全社収益の10%
ただ、「実践の場」としての色が強いとはいえ、ある程度の結果は残す必要がある。静岡新聞社は今後3年間で、RUN de Markをはじめとした新規事業による収益を、全体の10%まで成長させるという目標を掲げている。
しかし、RUN de Markのユーザーは、認知度の低さから検定受検者356人、アプリ登録者388人(2020年12月24日時点)に止まっている。これは、ローンチするタイミングで想定していた会員数よりも、かなり少ない数字だ。加えて、ローンチ当初予定していたリアルイベントも、中止になってしまった。
しかし杉山氏は、「ローンチして間もないサービスとしては、RUN de Mark会員のエンゲージメントは非常に高く、コロナ禍においても、高い水準を保つことができている」と述べる。これは、リアルで実施できなくなった会員同士の交流を、オンラインで上手く代替できているためだという。
「いま我々に必要なのは、サービスの方向性、その根幹をユーザーに委ねていくという姿勢だ。今後も、ユーザーと真摯に向き合いつつ、認知度を高めるための施策にも注力し、サービスを成長させていきたい」。
Written by 村上莞
Photo by RUN de Mark