「10年やってみて、紙からのリプレースという意味でのデジタル化は終わった」と語るのが、産経デジタル 代表取締役社長 CEOの鳥居 洋介氏だ。2016年12月から、定期購読モデルの「産経電子版」をリリースした産経デジタルの、「デジタルネイティブな新たな価値」について同氏に聞いた。
新聞社のなかで、デジタル化への先鞭をつけたのが産経新聞だ。2005年にデジタル事業を分社化し、産経デジタルを設立している。
産経デジタルは、2007年にMSNと提携し、「MSN産経ニュース」を開始。日本ではじめてiPhoneが発売された2008年には、紙面ビューワー型のアプリ「産経新聞アプリ」をリリースした。
しかし、「10年やってみて、紙からのリプレースという意味でのデジタル化は終わった」と語るのが、産経デジタル 代表取締役社長 CEOの鳥居 洋介氏だ。2016年12月から、定期購読モデルの「産経電子版」をリリースした産経デジタルの「デジタルネイティブな新たな価値」について聞いた。
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−−産経デジタルは12月に、産経ニュース、SANSPO.COM、zakzak、SankeiBiz、iRONNAの5サイトに掲載される記事を集めた無料ニュースアプリ「産経プラス」をリリースしました。
2008年からスマホ向けに無料の「産経新聞アプリ」を展開し、紙面ビューワーの形態によるサービスが定着しました。このアプリはもともと「試読」の目的で公開したものですが、おかげさまで多くの読者の支持を集めてきました。
昨年6月に産経デジタルの社長に就任して以来、無料のアプリを今後どうするかはひとつの課題でした。試読である以上、いつかは有料化に移行する必要がありましたが、幅広く読者の支持を集めたものを有料化するのは大きな決断がいることです。
そこで考えたのが代替サービスとしての新たなアプリの開発です。産経プラスは、産経新聞のフラッグシップ・アプリとして、平日1日の記事数は900本超、また、ニュースを紙面のまま見せるのではなく、「超速報」という外部のパートナーとのアライアンスで世界中の最新ニュースなどに対応し、アプリだけしか読めない限定コラムも掲載しています。
−−産経新聞は5大紙といわれるなかでは、デジタル化の動きが早かったことで知られます。今回の「産経プラス」の狙いもそのデジタル戦略の延長でしょうか。
産経デジタルに赴任してくるまで、私は大阪の産経新聞で紙を担当しており、産経新聞のデジタルへの取り組みについては、「一日の長がある」というイメージを持っていました。
しかし、赴任して改めて感じたのは、我々は決して先行集団ではないという危機感でした。日経新聞や朝日新聞などのチャレンジングな取り組みの前に、いつしか我々のプレゼンスは失われていました。
そこで、デジタルビジネスを新たな経営の柱とすべく、経営戦略の再構築に取り組んでいるところです。サービスを作るスピードを高め、ドラスティックに組織改革を進めています。
−−新聞の読者層は年齢が上がっています。アプリは若者向けとの意図もあるのでしょうか?
もちろんそれはあります。サービスを長く続ければ利用者層の高齢化は避けられない問題で、レガシーな新聞は高齢化がもっとも進んでいる分野のひとつといえます。
ですから、新聞をそのままデジタル化したサービスでは読者がついてきません。限定コラムを用意したのも、若者へのリーチを意識してのことです。モバイルはサービスの動向が早く、5年後どうなっているかがまったく分かりません。
一覧性に優れる紙面ビューワーを続けてきたのは、もしかしたら、電子ペーパーのようなものが出てくれば、読者体験という意味で、もっとも良い形態かもしれないとの思いもありました。
−−モバイル化が進み、消費者のタッチポイントはLINEやYahoo!といったプラットフォームが中心です。一方、新聞にはリアルな流通網があります。情報の流通という意味で、デジタル化は、既存の流通網を変えていくのでしょうか?
新聞社である以上、紙との共存共栄は大きな命題です。一方で、人口が減っていく以上、紙の部数が拡大していくことは考えられません。
一方、デジタル部門は、売上規模は産経新聞本体とは比較にならないほど小さいものの、収益構造を見ると利益率は伸びており、さらなる成長が望めます。
そこでカギを握るのが、どう読者にリーチしていくかです。たとえば、紙面ビューワーの形態こそが、産経新聞だという人がいるかもしれませんし、あるいは、TwitterやLINE、Yahoo!といったプラットフォームに流しているニュースで、産経新聞を認知し、そこから我々のサイトに流入したり、マネタイズの機会が発生したりするかもしれません。
情報の流通のあり方、コンテンツの見せ方は、今後も試行錯誤しながら、最適なあり方を考えていきたいです。
−−では、12月からローンチした「産経電子版」について聞かせて下さい。なぜ、このタイミングで定期購読モデルをリリースしたのでしょう。
「産経プラス」がモバイル向けの無料サービスであるなら、「産経電子版」は紙面スタイルで読みたい人向けのデジタルサービスです。我々はすでに7インチ以上の画面には有料モデルの商品を出してはいますが、今回、定期購読モデルとしたのは、ひとつは、電子版における無料の広告モデルをやめるという経営判断によるものです。
もうひとつは、データの活用を含め、自分たちでビジネスをコントロールしたかったということがあります。プラットフォーマーの会員管理に依存したビジネスは、データを自由に活用できないし、仕様変更など、プラットフォーム側の制約に合わせないといけない側面もあります。
今回、会員管理の仕組みは加盟社である共同通信の仕組みを使い、コストを抑えながら、新しい価格設定にすることができました。電子版独自の価値としては、電子版でしか読めない記事や、20年前の同じ日付の『産経抄』の読み比べができます。また、ほとんどの地域版を読めるほか、著名な記者による書き下ろし記事なども読むことができます。
−−1800円という価格は、競合紙に比べリーズナブルです。
我々は、5大紙のなかで部数が一番少なく、これまで産経新聞を届けられていないエリアに電子版でリーチできる可能性があると考えます。
産経新聞は保守路線のなかでは「エッジが立っている」といわれます。こうした論調を好む一定層の読者に向け、かつ、今までなかなか届けることの出来なかった北海道、九州、沖縄といったエリアの読者を重点に、まずリーチしていきたいと考えています。
そこで、月額1800円(税別)と、決して安くはないが他紙に比べてリーズナブルな価格設定としました。また、エリアマーケティングという意味では、紙がリーチしきれていないエリアを重点的に、ターゲティング広告を実施しています。たとえば、「地方エリアで、コンビニで一般紙を買ったことのある50代男性」をターゲティングして広告を打つということなどです。
12月1日にローンチしたばかりでスモールスタートの段階ですが、自分たちの新聞を自分たちの手でデジタル化して売ることができるようになったという意味で、手応えを感じています。
−−新聞社のデジタルビジネスというのをどう考えますか?
2007年から約10年が経過して、「紙のビジネスをデジタル化する」というのは完全に終わったと思います。これからは、「デジタルで生まれたものを、どうデジタルで進化させてくか」が大事で、そう発想しないと、革新的なサービスは生まれないのではないでしょうか。
産経デジタルの仕事は、デジタルを土台にして新たなサービスを提供していくことだと思っています。そのひとつが、今年の9月に本格ローンチした「IGN Japan」です。アメリカのゲーム・エンタメサイトの日本版として、産経デジタルが運営しています。
そこでいかに自分たちの独自のコンテンツを出していくか、スタッフを含めて力を入れているところです。たとえば、12月に、映画『バイオハザード ザ・ファイナル』の関連イベントを当社が行いました。1時間のライブストリーミング番組を作り、公開したアーカイブをアメリカやイギリスなどの世界各地で配信します。
トラフィック自体はまだまだ小さいものの、新たなサービスがリアルイベントや広告を生み、マネタイズにつながる。その意味では期待した以上の成果を上げています。こうしたサービスは新聞社からは絶対生まれないと思うので、デジタルネイティブなビジネスとして、新たな可能性を大事にしていきたいです。
−−収益源の多様化が大事になってきます。
いまは、無料の広告モデルが収益の柱であり、広告モデルで収益を伸ばしていくことは可能と考えます。ネット広告は、市場規模が伸びています。バナーは売れなくなってきましたが、その代わり動画広告、スポンサードコンテンツなど、手間はかかるが付加価値の高い広告手法や、あるいは、プログマティックによるリアルタイムな自動取引など、広告の売買手法についてはまだまだできることはあります。
ただし、プレイヤーが多いので、パイの奪い合いになるでしょう。そこで、無料の広告モデルを突き詰めていきながら、定期購読モデルの電子版や、イベントやセミナー、ECといった周辺ビジネスを伸ばしていくことが大事になってきます。マネタイズの仕組みを増やす意味では、コンテンツの有料課金モデルもそのひとつとなるでしょう。
−−マイクロペイメントによる記事単位での有料課金などですか?
米国では、オンラインコンテンツへのアクセスを読者へ販売するペイウォールを導入しているところがありますが、日本では、なかなか受け入れづらいと思います。その点、記事の少額課金なら可能性があるかもしれません。
ただし、課金については、仕組み構築など環境整備が必要です。これまで課金の仕組みは携帯キャリアやプラットフォーマー側に任せっきりで独自課金の仕組みが限られていました。会員管理の仕組みを含め、まだまだやるべきことがたくさんあります。
−−日本の新聞社は、コンテンツの「量」から「質」の転換で、デジタル分野で大きくビジネスを伸ばせるでしょうか。
量から質への転換は必要です。しかし、デジタル広告はまだまだ単価が安いという現状があります。
DeNAのキュレーションメディアの問題がありましたが、コンテンツにコストをかけられないという収益構造上の問題が根本にはあると思います。コンテンツを作るコストに見合うだけの収益が上がる仕組みにしないと、デジタルの業界では、同じことが繰り返されるでしょう。
「情報の流通のあり方、コンテンツの見せ方は、今後も試行錯誤しながら、最適なあり方を考えていきたい」と語る鳥居CEO
4000文字書いて4000円ももらえないとなれば、書き手は当然ながら取材もできないし、調べることもしません。このコスト構造をなんとかしなければなりません。
「IGN Japan」などの新しいメディアでは、コンテンツは新聞社から買ってきているわけではなく、編集部で独自コンテンツを作っています。編集者がどれだけ原稿の質を担保できるか、コスト意識ばかりでサービスの品質や倫理意識がなくなるのは危険です。我々も他山の石として、今回の事件で襟を正しているところです。
−−では、広告で収益を拡大させるためのデータ活用についてはどう考えますか?
読者の行動履歴データについては、データ分析の担当者を置き、分析結果を営業にフィードバックする体制を整備しているところです。データ活用は今後重要性を増していきます。プログラマティックによる広告売買にも、記事の質を高めていくためにもデータが必要だからです。
−−デジタル戦略という意味で、欧米のパブリッシャーとの違いをどう見ていますか?
欧米の方が危機感は強いです。ひとつには日本は宅配制度があり、部数が減っているとはいえ「明日、死ぬかもしれない」という危機感は希薄です。
もうひとつは、デジタル戦略そのものの違いがあります。たとえば、ドイツのアクセル・シュプリンガーは、メディア企業としてデジタル収益が6割から7割を占めていますが、紙の資産のデジタル化に成功したわけではありません。
日本との違いは、次々とスタートアップ企業に出資している点です。その結果、デジタル関連収益が全体で7割を占めているということです。
こうした戦略は、潤沢な資金があるからこそできることですし、我々はメディアとして戦っていかなければなりません。しかも、扱うコンテンツは何でもありの一般ニュースです。
我々はいろんなところで読者に記事を読んでもらい、お得意さんになってもらう必要があるのです。ですから、スマートニュースにもFacebookインスタント記事にも、Yahoo!にも戦略的に記事を出していきながら、独自資源が何かを見極めつつ、産経デジタルなりの戦い方を突き詰めていくつもりです。
▼鳥居 洋介
産経デジタル 代表取締役社長 CEO
1960年大阪府出身。1983年関西学院大学卒。同年、フジ新聞社(当時)入社。その後、夕刊フジ関西総局編集部長、産経新聞社東京本社文化部長、大阪本社編集局夕刊編集長、夕刊フジ代表、大阪本社編集局長などを経て、2015年6月から産経デジタル社長兼CEO。
Written by 阿部 欽一
Interview by 吉田拓史、阿部 欽一
Photo by 日高奈々子