知的な議論をしに集まる場所という意味から名付けられたニュースサイト、サロン・ドットコム(Salon.com)。9月上旬、このサイトからコメント欄が取り除かれた。同社によると、ターゲティング広告のためのID取得を、コメントからニュースレターに紐づけることにしたという。
知的な議論をしに集まる場所という意味から名付けられたニュースサイト、サロン・ドットコム(Salon.com)。先日、このサロンで注目すべきことが起こった。記事のコメントがひとつもないのだ。
実は、これは意図的なものだった。20年前から、オンラインでの「雑談(Table Talk)」や、ソーシャルメディアの登場前からコミュニティチャットとして機能していた「ザ・ウェル(The WELL)」の利用者を集めてきたサロン・ドットコムが、記事からコメント欄を取り払ったのだ。
「お互いに話をしたり、人々の話に耳を傾けたりするために利用していたチャネルを変えるときが来た」。サロン・ドットコムのスタッフライターで、長年にわたってコメントモデレーターを務めるメアリー・エリザベス・ウィリアムズ氏は、8月31日付けの投稿「サロン・ドットコムはコメント欄を永久に閉鎖する。(Salon is closing comments for good.)」でこのように述べた。そして、ウィリアムズ氏は読者に対し、会話をやめてしまうのではなく、FacebookやTwitter、インスタグラム(Instagram)などのソーシャルプラットフォームでサロン・ドットコムのコミュニティのほかの人たちと交流するよう提案した。
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サロン・ドットコムのコメント機能にはふたつの目的があった。このサイトはオープン・プログラマティック広告からの収益に大きく依存しており、コメントを書き込むユーザーに対し、メールアドレスでのログインを義務付けていた。これはメールアドレスを収集するための手段であり、サロン・ドットコムはこの情報をID技術プロバイダのデータとマッチングさせることで、広告主が(間違いなく、より高価な)ターゲティング広告を利用して、特定の人々にリーチできるようにしていた。サロン・ドットコムの最高売上責任者を務めるジャスティン・ウォール氏によれば、サロン・ドットコムはAmazon、ニュースター(Neustar)、ID5、ライブランプ(LiveRamp)のID技術を導入しており、プライバシーを保護するためにデータを暗号化したうえで、電子メールの紐付けを行っているという。
要するに、コメント欄ではその紐付けができるデータをあまり多く得られなかったということだ。「当社のユニークユーザーのうち、コメント欄を利用していたのは半分にも満たなかった」と、ウォール氏は米DIGIDAYの取材に対して述べる。同社によれば、サロン・ドットコムの月間ユニークユーザー数は約1000万人だ。
ログインが義務付けられたコメント欄は、サロン・ドットコムが切望していたほどのファーストパーティデータをもたらさなかった。したがって、この機能を廃止したからといって、会話を重視するというサロン・ドットコムのDNAが劇的に変化するわけではないと、ウォール氏は述べている。
サロン・ドットコムがコメント機能を廃止した理由
サロン・ドットコムには、より価値の高い広告インプレッションを得るために、メールアドレスを収集するうえで、もうひとつの役立つ編集プロダクトがある。それは、ニュースレター(メールマガジン)だ。
ユーザーがニュースレターでサイトのURLをクリックすると、ハッシュ化されたメールアドレスがIDベンダーに送信され、広告主がリーチを希望する人物のIDとの照合が行われる。ウォール氏は、サロン・ドットコムのニュースレターは「着実に成長している」と話す。この半年間に、ニュースレターを開かなかった購読者やクリックしなかった購読者を除外した結果、開封率が16%から32%に上昇したとウォール氏はいう。こうしたエンゲージメントの向上によって、ニュースレターのタイトルを増やすための投資意欲が社内で高まっている。9月6日の週に創刊の、フード関連の新しいニュースレター「ザ・バイト(The Bite)」もそのひとつだと、ウォール氏はいう。
この10年間にサイトのコメント機能を廃止したパブリッシャーのなかには、罵詈雑言や荒らしをその理由に挙げたところがある。しかし、サロン・ドットコムの場合、コンテンツモデレーターが荒らしコメントを排除するだけでは済まなくなっていたという。ウォール氏は、「1年以上前から、コメントの性質が変わってきた。偽情報や誤った情報、コロナ関連のデマ、反ワクチン情報など、取り締まりや管理が難しいコメントが増えていた」と指摘する。最終的には、こうした悪意あるユーザーのおかげで、コメントを一掃するよりも多くのエネルギーが必要になったとウォール氏は話す。
コンテンツ制作への時間を取り戻す
別の理由でコメント欄の廃止を検討するパブリッシャーも出てくるだろう。そう指摘するのは、プロハスカ・コンサルティング(Prohaska Consulting)のパートナーで、クライアント戦略のグローバル責任者を務めるスコット・ベンダー氏だ。「収益面でリスクがあるからだ」とベンダー氏。ブランドセーフティを重視する広告主にとって、監視が難しいコメント欄は敬遠すべき存在だと話す。「議論を呼ぶような、不適切なコメントの横にバナー広告が表示されれば、問題となる」。
もっとも、ウォール氏にいわく、サロン・ドットコムにとって、ブランドセーフティにおけるリスクは懸念材料ではなかった。サロン・ドットコムは、以前から政治色の強い話題を取り上げてきた場所だからだ(9月3日の「ニュース・アンド・ポリティクス[News and Politics]」欄のトップページには、 HBOマックス(HBO Max)のコメディ番組『ジ・アザー・トゥー(The Other Two)』とアルコール缶飲料、タンカレー(Tanqueray)の広告が掲載されていた)。
にもかかわらず、サロン・ドットコムがコメント欄を廃止したのには、別の理由があった。今後も同社で仕事を続けるウィリアムズ氏に、不適切な情報への対処ではなく、取材やコンテンツ制作のために自身の能力を使えるようにしてもらうためだ。「我々は、ウィリアムズ氏がサロン・ドットコムで、執筆活動により情熱を傾けられるようになることを希望している」と、ウォール氏は語った。
さらにウォール氏は、今回廃止したコメントプラットフォームが、オープンウェブ(OpenWeb)によって運営されていたもので、「非常にうまく機能」していたことを強調した。「彼らとの関係はポジティブなものだった」と付け加えている。
KATE KAYE(翻訳:佐藤 卓/ガリレオ、編集:小玉明依)