7月に発表されたニューヨーク・タイムズ(The New York Times:以下、NYT)の第2四半期おける決算報告によると、同紙の広告売上高は44%下落。その背景にはコロナ禍がある。しかし、NYTアリソン・マーフィ氏によると、これが逆にサードパーティ Cookie問題の対応策を考える好機になったという。
数年前、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times:以下、NYT)は、収益の軸足をサブスクリプションに移し、結果的に同紙の購読者数は650万人に伸長した。また、そのおかげで同紙の広告事業には、ひと息入れて軌道修正を図る余裕ができた。
だが、コロナ渦が経済に大きな打撃を与えた結果、7月に発表された第2四半期の決算報告によると、同紙の広告売上高は44%も下落した。
ビジネス的にはどう見ても望ましい事態ではないが、NYTで広告イノベーション部門担当のシニアバイスプレジデントを務めるアリソン・マーフィ氏によると、これは同紙の広告事業にとって将来の計画を立てる好機となった。もっと正確にいうなら、サードパーティCookie不在の将来だ。
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「コロナ禍を受け、逆に我々が目指す広告事業への移行が加速された」と同氏は語る。「非常事態が起きたことにより、四半期の業績についてはなんら手の打ちようがない。1年または2年先に目を向けざるを得ない状況だ。我々の場合は、絆創膏を一気に引き剥がすように、難しい決断を大胆に行った」。
米DIGIDAYの連載「ザ・ニューノーマル(The New Normal)」の最新話では、マーフィ氏がサードパーティCookie不在の世界を展望し、コンテクスチュアルターゲティングの台頭がパブリッシャーのポジションを有利にするという未来予想について、米DIGIDAYの社長兼編集長のブライアン・モリッシーに語っている(※会話の詳細は、原文記事の動画にて確認できる)。
まっさらなデジタルエクスペリエンスを構築
ここ1年で、NYTは自社のアプリからプログラマティック広告を排除してきた。その主な理由は、アプリに表示されるプログラマティック広告が「どれも粗悪だった」からにほかならない。マーフィ氏によると、ビジュアル的に美しくないばかりか、表示の遅れや中断など、技術的な問題の原因にもなっていたという。
「プログラマティック広告をやめるという重大な決断を下した結果、収益にそれなりの影響は出た」とマーフィ氏は明かす。「その反面、ページあたりの広告枠がほんの数点に絞られたおかげで、広告配信がスムーズになり、広告主の顔も見えるようになった」。
メディアにとって、どうでもよい収入源などひとつもない。このような決断は安易に行われたわけではないとマーフィ氏はいう。それでも、サブスクリプション事業が広告事業のマイナスをある程度カバーしてくれるので、広告部門は収入減による経営悪化をそれほど心配せずに、ポジティブな軌道修正に取り組むことができる。
「難しい選択ができるのは、サステナブルな事業に至る道が、長い道のりになると覚悟できているからだ」とマーフィ氏は語った。
オープンエクスチェンジとNYT
NYTは、オープンエクスチェンジでの広告出稿を否定するつもりはないとマーフィ氏はいうが、同時に、サードパーティCookieの終焉が近付くなかで、そうした広告取引のオプションは、もはや先が見えているとも述べている。
「サードパーティCookeがなくなったら、いったい何が起こるのか。危惧すべきはターゲティングの問題だ」とマーフィ氏は語る。SafariがサードパーティCookieを排除したとき、オープンエクスチェンジにおけるパブリッシャーのCPMは急落し、企業が行うキャンペーンのパフォーマンスも下落した。「あれがもっと大きな規模で起ころうとしている」。
マーフィ氏によると、実際にそうなれば、NYTの広告部門はファーストパーティデータを活用したソリューション提供に注力するという。しかも、オープンエクスチェンジ経由で配信される広告は、どのみちNYTに最適の広告ではないともいう。
「NYTはファネル下層部に位置するダイレクトレスポンス広告にとって、必ずしも最適の出稿場所ではない。我々の広告スペースは、ブランドが望むオーディエンスとの関係構築に使われるのがふさわしい」。
コンテクスチュアルターゲティング
イメージの説明:コンテキストデータは、NYTの記事を読んだオーディエンスが、どのように特定のアクションを実行しようとしているかを示す。
2018年に、NYTはコンテクスチュアルデータ戦略の策定に着手した。当時、同紙ではコンテンツにターゲティングする方法がセクションとキーワードに限られており、これだけではオーディエンスの属性や好みを明確に表現できなかったとマーフィ氏は説明している。
この問題を解決するために、データサイエンスの担当チームがコンテキストによって、コンテンツを分類する方法を新たに開発した。具体的には、記事の情緒的な傾向、トピックターゲティング、オーディエンスが特定の記事を読んだ後に感じるモチベーションなどを参考にする。そして異なる読者の属性を深掘りし、彼ら彼女らの好みを正確に理解するために、これらのタグをNYTが1週間に作成する2000件の新規コンテンツに設定した。
「マーケターは、読者に何かを感じてほしいと思っている。読者を感化して何かをさせたいと思っている」とマーフィ氏は語る。
ブランドとの率直な対話
全般的なデモグラフィック情報は、コンテクスチュアルターゲティングとファーストパーティデータの収集から取得できるが、「達成できない目標については、クライアントと率直に話さなければならないこともある」とマーフィ氏は打ち明ける。たとえば、特定の職業、年齢、性別の読者にピンポイントでディスプレイ広告を配信したいといわれても、それはむりな話だ。それほど具体的なターゲティングを独自に実現できるパブリッシャーなど存在しないとマーフィ氏は述べる。
「確実な方法や適切な規模がないと感じれば、広告主に売ろうとは思わない。広告主には効果のある戦略を提案したい」。
新しいユニバーサルIDは非現実的
サードパーティCookie不在の世界で、データの重要性はさらに増すだろうとマーフィ氏は考える。だが、データの分析方法やその精度は、過去のモデルと同じというわけにはいかない。
サードパーティCookieをはじめ、データには利用価値があった。その反面、無秩序な領域であるために、途中で無駄になる予算も少なくなかったとマーフィ氏は指摘する。「だが我々は、正確さの保証と引き換えに、その無秩序を受け入れてきた」。
マーケターもパブリッシャーも、バリューチェーン全体の見直しと、新たな指標の標準化を迫られている。とはいえ、新しいユニバーサルIDの登場は到底期待できないとマーフィ氏は見ている。効果的な設計と実装がきわめて難しいためだという。
「我々はかつて、CookieというユニバーサルIDを使っていたが、欠点だらけだったため廃止することにした。その事実に早く向き合うことが、誰にとっても良い結果をもたらすだろう」。マーフィ氏は最後に述べた。
KAYLEIGH BARBER(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)