パブリッシャーは、アドテクベンダーがコンテクスチュアルターゲティングデータを広告主に販売するのは不当だと考え、その対価を要求するが、対するアドテクベンダーはこの要求に応じていない。こうした膠着状態は昔からよく知られている。どうやら、経済情勢やジェネレーティブAIなどの要因で、この疑念は再熱しているようだ。
歴史に習うなら、パブリッシャーとアドテクベンダーの直近の対決で、苦戦を強いられるのはおそらく前者だろう。
このたびの争いは、コンテクスチュアルターゲティングデータをめぐるものだ。パブリッシャーはアドテクベンダーがこのデータを広告主に販売するのは不当だと考えている。そもそも、アドテクベンダーの手元になぜこの種のデータがあるのかと言えば、パブリッシャーのURLから持ち出してきたからにほかならない。
当然のことながら、パブリッシャーはその対価を要求する。対するアドテクベンダーはこの要求に応じていない。こうした膠着状態は昔からよく知られている。ところが先月、この葛藤に和解の可能性を垣間見る瞬間があった。
Advertisement
その瞬間とは、ガーディアンが先月に行ったある発表に由来する。発表の内容は、コンテクスチュアル広告企業のイルマ(Illuma)がデータの単なる持ち出しを止めて、ガーディアンのWebページからコンテクスチュアルターゲティングデータを収集または販売するに際して、その対価を支払うことになったというものだ。
両社はこの取り決めを、アドテクベンダーがパブリッシャーを公平に遇した結果だと評価する。ほかのアドテク企業もこれに触発され、後に続くことを期待されたが、この案件に対する反応の鈍さから判断するに、期待通りにはいかないようだ。
業界の反応
Integral Ad Scienceとタブーラ(Taboola)はこの戦略についてのコメントを差し控えた。いずれも「この問題について、現時点で話せることはない」とのことだ。ダブルベリファイ(DoubleVerify)には2度にわたってコメントを求めたが、返答はなかった。ほかの同業者は匿名で取材に応じたが、ガーディアンとイルマの取り決めが今後の方向性を示すものではないとの意見が大勢だった。
実は、この問題について公然と発言しているのは、パブリッシャーたちを悩ませる類いのベンダーではない。ガムガム(GumGum)やシードタグ(Seedtag)ら、コンテクスチュアル広告を専業とする、いわゆるピュアプレイだ。
ガムガムでグローバルプラットフォーム戦略とオペレーションを担当するエグゼクティブバイスプレジデントのアダム・シェンケル氏は、ガーディアンとイルマが結んだのと同様の契約を結ぶ可能性について、こう述べている。「過剰なキーワードブロックや、コンテンツを効果的に分類できない革新性に乏しいテクノロジーが、パブリッシャーの売上や良質なコンテンツの収益化に悪影響を及ぼしてきたこと、そのおかげで広告主が貴重な広告機会を逃し続けていることを忘れてはならない」。
さらに、アウトブレイン(Outbrain)にも注目したい。同社はパブリッシャーのサイトから収集したコンテクスチュアルデータを広告主やエージェンシーに売っていないと主張するが、プロダクト担当バイスプレジデントを務めるリオール・チャーカ氏によると、業界がサードパーティCookieの廃止に向かうなか、アウトブレインにとってコンテクスチュアルターゲティングデータの重要性が増していることは認めざるを得ないという。
チャーカ氏は米DIGIDAYに宛てた電子メールで、「ジャーナリストやコンテンツクリエイターがオンラインで公開する良質なコンテンツがなければ、コンテクスチュアルデータやユーザーの興味習慣に関する情報は、きわめて希少な資源となるだろう」と記している。
コンテクスチュアルターゲティング専業の企業がイルマ形式の契約に賛成か反対かは、パブリッシャーにとっては無意味な議論だ。彼らにしてみれば、アドテクベンダーがデータを持ち去るのを徹底的に阻止すればよいだけだ。ところが、アドベリフィケーション企業に対して同じことをすれば、彼らのブランドセーフティ対策や広告効果検証によって守られる広告費を、失うリスクにさらされる。
狙われるコンテクスチュアル
パブリッシャーが腹を立てているのはコンテクスチュアルターゲティングを提供するアドベリ企業であって、コンテクスチュアルターゲティングを専業とする企業ではない。パブリッシャーがアドベリ企業に腹を立てるのも当然だろう。
アドテクベンダーがURLに基づくコンテクスチュアルセグメントを販売できる、あるいは販売しているという事実があるだけで、データの所有者たるパブリッシャーの販売努力は損なわれてしまう。それは潜在的にパブリッシャーの金庫から金をかすめ取るような行いだ。
その一方で、その金が争うに値するかどうかは疑わしい。コンテクスチュアルセグメントは非常に安価なことで有名なのだ。しかも、パブリッシャーが訴訟を起こしても勝てる見込みは限りなく小さい。勝てるものならとっくの昔に訴えているだろう。
パブリッシャーもそのことは百も承知のはずで、なぜいまさら騒ぐのかという疑問がわく。20年近く前にコンテクスチュアルターゲティングを専業とする企業が登場して以来、この仕組みは変わっていない。
おそらく、経済情勢がひとつの要因だろう。確かに、広告費をめぐる不透明さほど、パブリッシャーに「ないものねだり」をさせるものはない。あるいは、ジェネレーティブAIの普及も影響しているかもしれない。こうしたツールはスクレイピングという手法でサイトのデータを収集する。その事実は、アドテクベンダーも同様のデータ収集を行うのではないかという消しがたい懸念を再燃させたかもしれない。
データを直接購入していた時代への回帰を狙うパブリッシャー
さらに言うなら、経済情勢とジェネレーティブAIのほかにも要因はある。いまやトラッキングはシグナルロスのおかげで大いに混乱しており、パブリッシャーはURLの使われ方に対する自分たちの不満が重視されるようになったと感じている。実際、その通りだろう。
ただ、パブリッシャーの願いを叶えるには、これだけでは足りない。その足りない部分について、英国の業界団体であるオンラインパブリッシャー協会(Association of Online Publishers)でマネジングディレクターを務めるリチャード・リーヴ氏は、「パブリッシャーが所有するコンテクスチュアルデータへの接続を簡素化すること」だと述べている。
リーヴ氏の意味するところは、広告主が広告やデータをパブリッシャーから直接購入していた過ぎし時代への回帰だ。それはパブリッシャーにとっては好都合と言えるが、広告主やエージェンシーの要望とは対極にある。彼ら買い手が望むのは、売り手の言いなりになるのではなく、予算の使い方を自ら管理することだ。その意味で、前述のアドテクベンダーのように、思い通りに使えるツールは必要不可欠なのだ。(ガーディアンとイルマのような)ライセンス契約では、彼らの気持ちを変える説得材料とはなりえない。
欧州のあるパブリッシャーでデジタル部門の責任者を務める人物は、匿名を条件にこう語る。「このような形態のライセンス契約が大きな収入になるとは思わない。重要なのは自分たちがある程度のコントロールを握ること、そして話のできるカウンターパートを持つことだ。結果的に少ない収入しか得られなくても、両サイドから報酬を得ようとするコンテクスチュアルベンダーに対抗する姿勢を見せることは、パブリッシャーにとって有益だ」。
運用型広告の販売責任者が用いる戦略
そして、そこにも問題はある。そもそも、そのような努力がパブリッシャーの利益になるとは思えない。コンテクスチュアルセグメントはそれ単体では価値がなく、ライセンス契約もそれ自体に価値があるわけではない。いずれも象徴的な意味合いが強い。パブリッシャーはアドテクベンダーに向かう広告費の多くが本来なら自分たちの懐に入るものだと感じている。そして多くの場合、それは事実だ。問題は、パブリッシャーを除く業界全体が総じてこの現状に無頓着なことである。
もしかしたら、パブリッシャーが選択できるより現実的な対応は、自分たちにとって有利な方向に現状を変えることかもしれない。パブリッシャーのURLをもとにしたコンテクスチュアルセグメントの販売を止めさせろと要求するよりも、どんなコンテクストが売れているのか調べ、売れ筋のコンテクストをもっと作ればよい。
ただし、匿名を条件に米DIGIDAYの取材に応じたある大手ニュースメディアの運用型広告の販売責任者は、「そういうデータスクレイピングを防ぐのはとても難しい」と指摘する。報酬を求めて闘うパブリッシャーは、さながら単独で複数のゴリアテに立ち向かうダヴィデのようだ。
そのため、この運用型広告の販売責任者が用いる戦略は自ずと、アドテクベンダーが彼らのコンテクスチュアルターゲティングデータを使用した後に、ベンダーのサービスの価値を下げるようなものとなった。
具体的には、サイトの透明性レポートを作成し、コンテクスチュアルターゲティングデータを活用しているDSPから運用型広告を購入した広告主を調べ、もっともパフォーマンスのよいキャンペーンを特定する。そしてそのキャンペーンの広告主に、「弊社で配信したクリエイティブが大きな反響を呼んでいます。弊社と直接取引しないか?」と直接取引を持ちかけるのだという。
ベンダーとの話し合いを期待するパブリッシャー
この戦略がどう転ぶかはともかく、少なくとも、前述のライセンス契約やさまざまな批判、報道などを背景に、広告にまつわる不都合な真実に対する意識が高まるのは確実だろう。パブリッシャーにとって十分に有益であるか否かは別として、それは決して無益ではないはずだ。
ガーディアンで商業戦略とオペレーションを統括するキャサリン・ルルーズ氏は、「理想としては、多くのベンダーと話し合い、将来の方向性を模索できればよいと思う」と語っている。「話し合いを始めるにあたり、公平公正は悪くない前提条件だと考える。『現在、こんなことが起きている』『パブリッシャーにはこんな影響が出ている』『何か別の取引関係を模索できないか』といった話し合いを期待している」。
Seb Joseph and Kayleigh Barber(翻訳:英じゅんこ、編集:島田涼平)