レガシーメディアに勤めたあとに、FacebookやApple、Amazon、Googleといったテック系へ転職すると、カルチャーショックを受けるという。だが、逆のパターンの方が、大変な場合も多い。長い時間をかけて雇ったのに痛い目を見たというレガシーメディアは、枚挙にいとまがない。
レガシーメディアに勤めたあとに、FacebookやApple、Amazon、Googleといったテック系へ転職すると、カルチャーショックを受けるという。だが、逆のパターンの方が、大変な場合も多い。
ヘッドハンターは、パブリッシャーは上記4社から上位職に応募してくる人間をスター社員とみなすことは多いと口を揃える。デジタル事業を推進できる人材をついに獲得したと期待するわけだが、現実は大きく異なる。長い時間をかけて雇ったのに痛い目を見たというレガシーメディアは、枚挙にいとまがない。
「応用がきかない」
エグゼクティブサーチファームのウィックランド・ウェストコット(Wickland Westcott)のマーケティング&デジタル事業担当責任者を務めるアダム・ヒリヤー氏「パブリッシャーは企業ブランドに目を奪われることなく、応募者自身が成し遂げてきたことに注目すべきだ」とし、さらに次のような注意点をあげている。「またテック系の組織構造についても認識する必要がある。テック系の社員のなかにはニッチなサイロや役職を割り当てられ、その市場以外では応用がきかないケースも少なくない」。
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パブリッシャーの役員は、プラットフォーム各社の同様な役職と比べて職分や責任がはるかに多岐にわたり、戦略的な決定や海外展開についても任せられる傾向がある。ヒリヤー氏は、プラットフォーム各社が雇う人材は非常に能力が高い一方で、特定の職分を割り当てられてそこから逸脱しないことが求められることが多いと指摘する。たとえばプラットフォームにおいて戦略に関する役職についていても、その戦略の実行には関わらないといったケースがあるという。さらにローカルな市場では、プラットフォーム企業で働く人材はパブリッシャーの同様な役職と比べると、意思決定権が認められない傾向にある。
プラットフォーム複数社とレガシーメディアを渡り歩いてきたとあるメディア企業役員は、次のように明かす。「シリコンバレーの人材教育が抱える問題は大きい。業界におけるシステムづくりには非常に長けている一方で、社員が持ち合わせるスキルの幅が非常に狭い。ゼネラリストやゼネラルマネージャー的な人材はあまり育たず、それゆえに企業文化として、内容がより多岐にわたる業務が求められる組織では苦労する場合が多い。水泳でいえば1種類の泳ぎ方に長けているが、ほかの泳ぎは知らないといった状態だ」。
社員を王族のように扱う
Googleの元役員複数に話を聞いたところ、転職先の企業で苦労したと口をそろえた。その理由として、Googleでは与えられるリソースが多い一方でレガシーメディアのように大きな責任を負うことはなかったためだという。GoogleやFacebookの元社員は、両社は社員を王族のように扱う文化があると語る。ヘッドハンターによると、その結果として企業が成し遂げた成功、すなわち商品の品質を自分自身が成し遂げた成功と混同してしまうのだという。
Googleのとある元役員は「自分たちはいつも素晴らしい、最高の人材だと言われ、まるで王や女王のように扱われてきた。そのような社員は多く、与えられるリソースは多大だが職務はひとつだけ。その職務をひたすらこなしていく。それ以上の要求にさらされることのない、素晴らしい人材であふれている。だが、それでも彼らは自分が優秀だと信じている。そして、Googleを離れたときにショックを受ける」。
こうしたショックを受ける原因のひとつとして、従来型のパブリッシャーは広告収入を得るための死力を尽くした戦いになれているという点があげられる。GoogleやFacebook(そして勢力を強めているAmazon)が、ディスプレイ広告事業の大半を牛耳っているためだ。ヘッドハンターによると、従来型のパブリッシャーでは、厳しいマージンのなかで戦うため、商業的な鋭い洞察力、水平思考、戦略、創造性を兼ね備えたリーダーシップが求められると指摘する。それと対照的に、Googleの元社員は、Googleにおいて商業的な面でリーダーシップは求められたことは一度もなく、売上目標に気をもむ必要もなかったと語り、「金は放っておいても入ってきた」と明かしている。だがこの役員は、こうした状況は能力ある人材からすると、自分のポテンシャルを最大限に発揮できないという、いらだちにつながっていると語る。
さらに、こうした環境から、レガシーメディアが求めるリーダーシップの経験を持ち合わせない社員も多い。面接の段階でミスマッチが判明する場合もあるが、パブリッシャーのなかにはトッププラットフォームから何カ月もかけて人材を獲得しようと努力したものの、自分たちが求める職分の方が広範で適応困難とわかり、しぶしぶ獲得をあきらめるケースもある。
「バランスは取れている」
とはいえ、従来型のメディアに転職して成功を収めたプラットフォーム役員も存在する。たとえばGoogleに10年勤めたハミッシュ・ニックリン氏は、AOLのマネージングディレクターを務めたあと、2016年にガーディアン・ニュース・アンド・メディア(Guardian News & Media)のCROに就任している。テレグラフ(Telegraph)のCEO、ニック・ヒュー氏は2016年にヤフー(Yahoo)から転職し、それ以降テレグラフにおける大規模なデジタルへの移行戦略の実装を続けている。ヤフーの元ベテラン社員のジェームズ・ワイルドマン氏は、ニュースパブリッシャーのリーチ(Reach)の移行を成功させ、2018年にはハースト・マガジンUK(Hearst Magazines UK)のCEOに就任している。
さらに役員以下の社員の場合は、また話は異なる。Googleの場合、役員以下の社員教育の素晴らしさで高い評価を受けている。あるGoogle役員によると、若い社員は社内の他部門や国外のオフィスに柔軟に移る機会が与えられているという。
エグゼクティブサーチファームのライトハウスカンパニー(Lighthouse Company)のCEO、キャスリーン・サクストン氏は次のように語る。「全体を見れば、バランスが取れている。ニック・ヒュー氏やジェームズ・ワイルドマン氏、ハミッシュ・ニックリン氏といった人材は、(管轄による)複数部門を通す必要抜きに、自由にリーダーシップを発揮できる場所を選んだ。
プラットフォーム各社の社員のうちで問題が起きやすいのは、給料が20万ドル(約2240万円)あたりの中間管理職だろう」。こうした人材は、部長クラスの場合が多いが、ヘッドハンターからすると社外では目立たない存在で、見つけること自体が難しい。サクストン氏は「限られた業務だけをこなしているので業界ではあまり知られておらず、なぜCMOやマネージングディレクターといった栄えある職の声がかからないのか不思議に思っている。社外に知られていない存在だ」と分析し、次のように述べた。「こうした人材が毎日どのような業務をこなしているのか把握することも容易ではない。以前役員たちに、もし彼らのような中間管理職が1カ月仕事に来なかったらどうなるのか尋ねたことがある。答えは『特に問題ない』というものだった。不在を埋められる人材は非常に多いからだという。パブリッシャーのシニアコマーシャルエグゼクティブではそうはいかない」。
リーダーシップが育たない
素晴らしい特典や恵まれたストックオプション、給料が約束された最先端を走るデジタル企業というのは多くの人にとって文句のつけようがない条件だ。だが、そのような環境下では、市場で必要とされる適切なリーダーシップスキルが育たないと考える向きも存在する。
サクストン氏は次のように指摘する。「いずれも素晴らしい企業だ。だがブランドエクイティ上の構造から、ダイナミックなリーダーが育たない場合がある。社員はそうした側面の犠牲になってしまう。自分が勤める企業の外側に、実に多彩な世界が広がっていることに気づけなくなる。あるいは過大評価を信じ、自身の能力と企業の成功を混同してしまうのだ」。
なお、Facebookは本記事へのコメントを拒否。Googleにはコメントを要請したものの、回答はなかった。
Jessica Davies(原文 / 訳:SI Japan)