エンタメ系メディアを抱えるパブリッシャーの2020年における広告収益は好調だった。それを支えたのは競争が激化するストリーミングサービス各社の広告支出だ。金額こそ大きくはないものの、リテションのために年間を通して展開されるキャンペーンは、パブリッシャーにとって重要な「収益源」となっている。
パンデミックの第3波が猛威を振るうなか、2021年に向けて何かを期待するのは早すぎるかもしれない。
しかし、ポップカルチャーやエンターテイメント系のパブリッシャーは、来年には広告とアフィリエイトの売上がさらに増えるものと期待している。HBOマックス(HBO Max)やディズニープラス(Disney+)といったストリーミングサービスが野心的な加入者数の目標を達成すべく(そして解約率を低く抑えるべく)、競争を続けているからだ。
エンタメ系のポップカルチャーサイトを手がけるファンダム(Fandom)は、この1年で月間ユニークユーザー数が世界全体で3億1500万人に達し、ストリーミング企業からの売上が63%増加したと、CRO(chief revenue officer)のケン・シャピロ氏は述べている。また、エンタメを中心としたポップカルチャーやライフスタイルのサイトで知られるランカー(Ranker)のCEO、クラーク・ベンソン氏は、ストリーミング分野が2020年もっとも好調な広告カテゴリーとなり、2021年にはさらなる成長が期待できると語った。さらに、匿名で取材に応じた別のパブリッシャーのCROによれば、同氏の企業ではストリーミング分野が数百万ドル(数億円)の収入源に成長し、2021年にはさらに成長する見込みだという。
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膨大な広告費
「パブリッシャーは(ストリーミング企業による)大量のプロモーションの恩恵を受けており、この流れが突然止まってしまうことはないと思っている」と、エンターテインメント業界の専門誌であるバラエティ・インテリジェンス・プラットフォーム(Variety Intelligence Platform)でプレジデント兼チーフメディアアナリストを務めるアンドリュー・ウォレンシュタイン氏は話す。
「自宅で過ごすことが推奨される雰囲気が生まれた結果、ストリーミングサービスの視聴者は絶好のターゲットとなっている」と、ウォレンシュタイン氏はいう。「こうしたオーディエンスを活用するには、マーケティング活動を最大限に強化しなければならない。まったく同じことをしている企業が7社か8社、あるいは9社もいる状況ではなおさらだ」。
ニールセン・アド・インテル(Nielsen Ad Intel)によれば、2020年の第1四半期から第3四半期にかけて、ストリーミングブランド各社は自社サービスの宣伝に2億500万ドル(約213億円)以上を費やしただけでなく、自社サービスで配信する番組の宣伝に1億1900万ドル(約124億円)の予算を投じたという。
ストリーミングサービスの世界はプレイヤーが乱立しているように見えるが、実際にはNetflix、Hulu、ディズニープラス、HBOマックスといった少数のブランドが市場を独占している。メディア業界やエンターテイメント業界にとっては、この限られたブランドによる広告支出が、今年の厳しい状況をカバーしているのが現状だ。広告費データベースのスタンダード・メディア・インデックス(Standard Media Index)によると、メディアとエンターテイメントカテゴリーの広告支出は前年比で28%の減少だが、ストリーミングサービスが含まれるサブカテゴリー「録画済みメディア」の広告支出は、同じ期間に71%増加している。
しかも、このカテゴリーの支出の多くがデジタル広告に向けられたものだ。スタンダード・メディア・インデックスの調査で、テレビ広告の支出が35%減となったのに対し、メディアとエンターテイメントカテゴリーにおけるデジタル広告の支出は前年比14%減にとどまったことの大きな理由が、ここにある。
「1年中ニーズがある」
パブリッシャーの情報筋によれば、ストリーミング企業の広告支出は、さまざまな点で2020年のデジタルメディアで見られる支出パターンを象徴しているという。そのパターンとは、「すばやく、低コストで実施できるキャンペーン」が多いということだ。金額は1回あたり3万~5万ドル(約310万〜510万円)程度が通常で、提携先は信頼できるパートナーに限られる。
こうしたキャンペーンは、パブリッシャーの営業部門が強く望むような「豪華で大規模」なものではないが、件数が多く手軽に始められる。大半は標準的なメディアフォーマットが用いられるため、パブリッシャーのサイトに設定するのも容易だ。「我々は休日であろうと平日であろうと、このようなキャンペーンを引き受けている」と、ランカーのベンソン氏はいう。同氏によれば、ランカーではこのタイプのプログラムの成約率が50%を超えているという。
また、このようなキャンペーンは絶え間なくニーズがある。小売業者や一部の消費財広告主は主要なショッピングシーズンや季節キャンペーンの時期にしかRFP(提案依頼書)を送ってこないが、ストリーミング企業は1年中RFPを送ってくる。膨大な制作費をかけた新作映画やテレビ番組の宣伝を継続的におこないたいと考えているからだ。
「ストリーミング企業と話をすれば、彼らが解約をもっとも懸念していることがわかる」と、ファンダムのシャピロ氏は指摘する。「クリスマスに(いずれかのストリーミングサービスに)やって来た消費者が、公開中の『ワンダーウーマン(Wonder Woman)』を見終わったとたん、『じゃあね!』と去っていくことがないようにしたいのだ」。
ファーストパーティデータが鍵に
リテンションキャンペーンのみならず、アフィリエイト報酬が得られる機会も豊富にある。メレディス(Meredith)は今年、「エンターテイメント・ウィークリー(Entertainment Weekly)」などのエンターテインメントメディアに新しいオンサイトのリード生成モジュールを開発して導入した。メレディスのエンターテイメントグループでデジタル担当シニアバイスプレジデントを務めるウィル・リー氏によると、同モジュールは記事で取り上げた番組を配信しているストリーミングサービスに誘導するものだという。
「我々は編集者として、さまざまなストリーミングオプションを取り上げる機会(量)を増やすだけでなく、視聴者が多くのオプションから自分に適切なものを見極めるのに役立つコンテンツを増やすことに力を入れている」と、リー氏は語った。
ストリーミング企業の広告支出が象徴していることはもうひとつある。成功しているパブリッシャーはきわめて詳細なファーストパーティデータを持っており、広告主が自社またはライバルのコンテンツのニッチなファンをターゲットにできるようにしている。そのため、広告主は「コンクエスティング(conquesting)」と呼ばれる戦略を実行できるのだ。これは、競合サービスの顧客をターゲットにし、そのサービスに対抗してマーケティングをおこなうことで顧客を見つけ出そうとする戦略だと、シャピロ氏は説明する。
ストリーミング競争激化が追い風に
自社のラインナップにメジャーな映画を加えるストリーミング企業が増えれば、競争はさらに激しくなるだろう。HBOマックスは12月のはじめに、ワーナー・ブラザーズ(Warner Brothers)が2021年に劇場で公開する主要な作品のすべてを同時配信すると発表し、業界を騒然とさせた。
「マーケティングへの依存度が大きい映画のようなメディアは、ストリーミングサービスのマーケティングをさらに重視するようになるだろう」と、ウォレンシュタイン氏は指摘する。「ワーナーはSVOD(サブスクリプション・ビデオ・オンデマンド)でほかのプレイヤーに大きなプレッシャーをかけている」。
「この状況を黙って見過ごす企業はいないと、私は思う」と、ウォレンシュタイン氏は語った。
[原文:‘Marketing at maximum intensity’: Publishers ready for rocketing ad spending from streamers in 2021]
MAX WILLENS(翻訳:佐藤 卓/ガリレオ、編集:分島 翔平)