AR との蜜月期? パブリッシャーたちが傾倒する理由:でも、課題は山積み

米紙USAトゥデイ(USA Today)でエマージングテクノロジー担当責任者を務めるレイ・ソト氏には、AR(拡張現実)に関する一大計画がある。

昨年、ソト氏は同部署の3人の同僚に加え、持ち回りで参加した記者やデザイナーとともに、4つのARプロジェクトを立ち上げた。宇宙船にフォーカスした独立アプリ「3, 2, 1, ローンチ(発射)」や、「ザ・シティ」と題した新たなポッドキャストの宣伝用にデザインされたAR体験などだ。

だが、それ以上に重要なのは、ソト氏のチームが社内にAR制作の下地を築いたことにより、USAトゥデイの誰もがARプロジェクトを立ち上げ、こうしたコンテンツの強化に貢献できるようになったことだ。

「我々はインタラクティブARを取り仕切る門番になるつもりはない」と、ソト氏はいう。「大規模なコンテンツ制作のため、社内ネットワークを通じたコミュニケーションをはじめただけだ。昨年は環境整備に努めた。いずれ、編集部全員をサポートできる体制をつくりたいと考えている」。

AR技術との蜜月期

業界内でARやVRが注目を集めてから数年が経ち、パブリッシャーはようやく、どんなフォーマットに力を入れるべきか、どんな風に機能するかがわかってきたようだ。

このような流れが形成されたのは、昨年パブリッシャー各社が世に送り出した、さまざまな成果物のおかげだ。ニューヨーク・タイムズ(The New York Times:以下、NYT)は2018年、シリア空爆の実態やCERNの大型ハドロン衝突型加速器の体験など、13のARプロジェクトを制作した。タイム(Time Magazine)は、同誌初のAR特別号を発行。2017年にARコンテンツ制作を開始したワシントン・ポスト(The Washington Post)は、昨年もさまざまなプロジェクトを生み出した。

しかし、ARはいまだ高い壁に直面している。いまやほぼすべてのスマートフォン新機種でAR体験が可能だが、配信環境は乱立する個別アプリで分断されている。パブリッシャー側からしても、AR制作の収益化の明確な見通しは立っていない。さらに、利用環境の制限が解消されるには、次世代の空間演算デバイスの登場を待つほかなく、その商品化はまだ数年先だろう。

「いまは(パブリッシャーと)ARの蜜月期だ。2〜3年前にVR(仮想現実)がそうだったように」と、デジタルコンテンツスタジオANRKの創業者、アンリック・ブレグマン氏は話す。

すでにVRの状況を凌駕

フォーマットとしてのARは、すでにVRが到達し得ないであろうメインストリーム化を達成している。2017年の時点で、AppleでもAndroidでも、開発者がモバイルアプリにAR機能を追加できるようになっていた。

「オーディエンスの問題は、これで一気に解決した」と、NYTで没入型プラットフォームストーリーテリング責任者を務める、グラハム・ロバーツ氏はいう。彼が率いるチームは、2018年だけで13のARプロジェクトを生み出した。

AR体験の制作は、VRに比べて必要なリソースが少ないことも幸いした。シラキュース大学ニューハウス・スクールで寄付講座教授としてジャーナリズムにおけるイノベーションを教える、ダン・パチェコ氏によれば、ひとりでも数週間の制作期間があればシンプルなAR体験ひとつをつくりだせるという。昨年NYTのチームは、シリアの現状に関するARコンポーネントを、1週間とかからずに生み出した。

マネタイズは不透明

だからといって、ARのマネタイズも簡単というわけではない。ブランドはみな、ARフォーマットの存在を知ってはいるが、広告挿入よりもアプリ開発の方に注目が向いているというのが、彼らの認識だ。

「エンゲージメントのためのものであって、物を売るためのものではない」と、メディアエージェンシーのモキシー(Moxie)でイノベーション担当シニアバイスプレジデントを務めるジャスティン・アーチャー氏はいう。「従来のタイプの広告をそのままAR媒体に導入することはできないので、少しばかり面倒だ」。

理屈のうえでは、パブリッシャーは広告主に、ARレンズやアプリ開発をサービスとして販売することができるはずだ。しかし、この分野は競争が激しい。わずか2年前、Snapchat(スナップチャット)のAR広告には50万ドル(約5483万円)もの出費が必要だった。ところがいまでは、エージェンシーはスポンサードレンズをわずか50ドル(約5483円)で購入できる。

加えて、レンズ開発に高額料金を課していた開発者側も、価格の暴落に気づいている。Snapchatの認証済みレンズクリエーターでもある先述のブレグマン氏によれば、シンプルなスポンサードレンズなら、価格は2万ドル(約219万円)に満たないという。

デバイスの進歩がカギ

しかし、ARの普及を妨げる最大の障壁は、人々が体験に利用するデバイスだ。「スマートフォンは本来、AR利用向けのデバイスではない」と、ロバーツ氏は指摘する。「我々がいま手にしているモデルでは、ARが大衆化することはないだろう」。だが、デバイスは急速に進化していると、彼はいう。

ロバーツ氏は、ARが一般消費者向けのマステクノロジーとして定着するためには、スマートフォンではなく、ヘッドセットのマジックリープ(Magic Leap)のようなデバイスが必要だと話す。AppleやGoogleなどの主要デバイスメーカーがいずれ自社製品をリリースするだろうと市場ウォッチャーは予想するが、それらが一般化するには、技術的および文化的理由から、数年の歳月が必要だ。モキシーのアーチャー氏は、「うぬぼれな消費者の心をつかめる、ワービー・パーカー(Warby Parker)の眼鏡のような見た目になるまで、(ARデバイスが)大衆化することはないだろう」と述べた。

Max Willens (原文 / 訳:ガリレオ)