英ガーディアン(The Guardian)を含む一部のパブリッシャーは、プライバシー重視のブラウザに賛同し、Googleが提唱するFLoCに反対の立場を表明している。一方、米ニューヨークタイムズ(The New York Times:NYT)は、FLoCの試験運用に前向きな陣営に与する。
プライバシーへの懸念、人を差別的に分類する可能性、データ管理の問題などを理由に、英ガーディアン(The Guardian)を含む一部のパブリッシャーは、プライバシー重視のブラウザに賛同し、Googleが提唱するFLoCに反対の立場を表明している。一方、米ニューヨーク・タイムズ(The New York Times:NYT)は、FLoCの試験運用に前向きな陣営に与する。
FLoC(Federated Learning of Cohorts:コホートの連合学習)は、Cookieを使用せずに個人の追跡と広告のターゲティングを行う技術を謳い、Webサイト訪問時の行動に基づいて人々を特定のグループに振り分け、個人レベルではなく、集合ベースで広告のターゲティングや計測を行うとしている。しかし、何百万というWebサイトの基盤をなすWordPress(ワードプレス)の開発や運営に貢献するコントリビューターたちも、FLoCの無効化を検討しており、さらには欧州の規制当局が実証実験の延期を決めたことから、反FLoC派の声が高まりつつあるようだ。
ガーディアン・ニュース・アンド・メディア(Guardian News and Media)の広報担当者は米DIGIDAYの取材に対し、「この技術が、ビジネスやプライバシーに与える影響を評価するため、当面はFLoCの実証実験から外れることにした」と述べている。「FLoCの詳細が明らかになれば、今後、テストへの参加を検討することもあり得る。だが当面は、プライバシー重視のIDソリューションを広範に検証しつつ、将来的な広告戦略の構築に備えたい」。
Advertisement
Googleは、本記事での公開を前提としたコメントの求めには応じなかった。
FLoCをめぐるパブリッシャーたちの懸念
FLoCは、長らく個人の追跡とターゲティングを担ってきたサードパーティCookieの代替技術として、Googleが提唱するソリューションのひとつ。サードパーティCookieは、Chromeブラウザでは2022年1月までに廃止されることが決まっている。サードパーティCookieが個人レベルのデータを提供するのに対して、Googleのプライバシーサンドボックス計画の一部でもあるFLoCでは、訪問したWebサイトや閲覧ページなど、オンライン上の行動に基づいて、ユーザーを少なくとも1000人から成るコホート(群)という集団に分類し、コホートごとにひとつのFLoC IDが割り当てられる。
しかし、プライバシーやデータ倫理を擁護する人々は、Webサイトやモバイルサイトの訪問に基づいて人々をグループ化することにより、Googleがより深いレベルの個人データを生成し、それを別の個人レベルのプロフィールと連携させることが可能だと主張する。彼らが危惧するのは、FLoCによる情報処理を通じて、人々が不当に分類され、差別的なターゲティングやデータ利用が行われる可能性だ。ワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム(World Wide Web Consortium:W3C)で、FLoCの開発に協力している人々が発行したFLoCの仕組みに関する技術文書によると、Webサイト側がユーザーの個人情報、たとえばユーザー登録を通じて取得した電子メールアドレスなどを把握していれば、FLoC IDと連携させることにより、ユーザーの趣味嗜好に関する情報や、所属するコホートを明らかにすることが可能なのだという。
Googleは米国を含むいくつかの国で、Chromeブラウザの利用者を対象にFLoCの試験運用をはじめているが、一部のパブリッシャーは、FLoC IDが個人情報の収集に使われるという懸念から、FLoCを無効化する動きに出ている。
なお現在、Chromeブラウザの使用を継続しつつ、FLoCの追跡は遮断したいというユーザーは、ブラウザの設定でサードパーティCookieをブロックすればよい。一方、パブリッシャーのWebサイトは、Chromeユーザーの訪問を受けると、デフォルトで追跡対象となる。Webサイト側がFLoCの追跡を遮断するには、特定のhttpヘッダーを追加して、能動的にオプトアウトしなければならない。
「FLoCを無効化するためのヘッダーを設定するのに5分かかった」。そう話すのは、技術系の調査報道を行うザ・マークアップ(The Markup)のインフラエンジニア、サイモン・フォンドリ-タイトラー氏だ。ザ・マークアップは広告の掲載を行っていない。しかし、同社のWebサイトへの訪問に基づいて、読者にターゲット広告が配信されるのを避けるために、FLoCの無効化を決めたという。「FLoCの最終的な動作については、いまだ不明な部分が大きい。にもかかわらず、Chromeユーザーのごく一部とはいえ、容易にオプトアウトする仕組みがないまま、実証実験に登録されている。我々はプライバシーを重視し、広告を掲載しない。我々にとっても読者にとっても、FLoCは何のメリットももたらさない」。
ニューヨーク・タイムズはFLoCの試験運用に前向き
FLoCの追跡を回避するパブリッシャーがいる一方で、前向きな姿勢を見せるパブリッシャーもいる。ニューヨーク・タイムズで、製品担当シニアバイスプレジデントを務めるアリソン・マーフィ氏は「FLoCを含め、[Cookieを使用しない]このようなソリューションについて理解を深め、参加の道を検討したい」と述べている。もちろん、NYTはCookieの代替技術のすべてに好意的なわけではない。現に、マーフィ氏は米DIGIDAYの取材に対して、「NYTはUnified ID 2.0を含む代替識別子の導入は考えていない」と語っている。これら代替識別子もCookieを使用しないアプローチで、電子メールアドレスなどの個人データを匿名IDに変換し、これを用いてサイト横断的な追跡やターゲティングを実行する。
「これまでのところ、[FLoCを]有意義にテストする機会は得られていない」とマーフィ氏は話す。FLoCがどのように機能し、FLoCによる広告ターゲティングがNYTの広告収入にどのような影響を与えるかについては、「その評価を行うのは難しい」という。
欧米ではプライバシー上の懸念がFLoCの行く手を阻む
このように、賛否の分かれるFLoC技術だが、欧州では特に強い逆風にさらされている。データ利用とプライバシー保護に関するコンプライアンス上の懸念に直面したGoogleは2021年3月、一般データ保護規則(GDPR)とeプライバシー指令が施行されている国では、FLoCの試験運用を行わないと表明した。
「現状のFLoCは透明性に欠けるうえ、顧客が十分な情報に基づいて行う明示的な同意がないことから、GDPRの対象となるパブリッシャーは拒否する可能性が高いのではないか」。そう語るのは、ヴァイアフォーラ(Viafoura)のプレジデント兼最高執行責任者(COO)を務める、マーク・ゾーハー氏だ。同社はパブリッシャーを顧客として、デジタルオーディエンスのマネタイズを支援する、カナダのコンサルティング会社である。なお同氏によると、ヴァイアフォーラのクライアントからは「FLoCを無効化する計画や意図について、具体的な話はまだ何も聞いていない」という。
WordPressがFLoCに与える脅威
Brave(ブレイブ)やMozillaのFirefoxなど、プライバシー重視の小規模なブラウザがFLoCを導入しないと決めたことを受けて、WordPressのコントリビューターたちは、FLoCの無効化を提案している。2021年4月18日にWordPressの開発者向けWebサイトに掲載された投稿で、あるコントリビューターはFLoCについて、「セキュリティ上の懸念がある」と述べ、この技術がプライバシーを侵害したり、人種や性的指向に基づいて特定の集団を差別的に扱うおそれがあると指摘している。
この投稿について、WordPressのエグゼクティブディレクター、ジョセファ・ヘイデン氏はこう述べている。「FLoCに関する(デフォルト非対応の)プロポーザルは、現時点では理論上の議論にすぎないが、提案通りの変更が行われるならば、すべてのWordPressサイトがこの変更の対象となる」。
WordPressは数百万におよぶWebサイトの制作と運営を支えている。一方、FLoCの機械学習システムは、ユーザーがWebサイトのコンテンツを閲覧している際に、そのブラウザ内でアルゴリズムを走らせる。WordPressがFLoCの無効化を選択すれば、同ツールを活用するWebサイトは、FLoCの学習対象から除外されることになる。
ヴァイアフォーラのゾーハー氏は、WordPressがデフォルトでFLoCを無効化する可能性について、「そうなれば、大多数のパブリッシャーに影響がおよぶのは必至だ」と述べる。
ブラウザメーカーを中心とする反FLoC陣営が、プライバシー上の懸念を主張するなか、パブリッシャー向けのソフトウェアを開発するファットテイル(FatTail)のダグ・ハンティントンCEOは「当然のことだ」と理解を示す。「パブリッシャーはユーザー関係の所有者だ。エンドユーザーに対し、データの透明性と決定権を付与するだけでなく、第三者と共有する個人データのすべてについて、完全な透明性と決定権が保証されるべきだろう」。
KATE KAYE(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)