8月第2週から、米国をはじめとする50の市場で提供されているインスタグラムのTikTok的サービス、「リール(Reels)」は。パブリッシャーの多くは、いまのところ慎重な構えを見せている。
8月第2週から、米国をはじめとする50の市場で提供されているインスタグラムのTikTok的サービス、「リール(Reels)」。パブリッシャーの多くは、いまのところ慎重な構えを見せている。
これまで、リールの15秒間の動画機能を実験的に利用したパブリッシャーも、リール用にオリジナルコンテンツを作成するのではなく、基本的にYouTubeやSnapchat、そして皮肉なことにTikTokといったほかのプラットフォームで以前投稿したコンテンツを流用している。実際、インスタグラムの「発見」に置かれたリールに投稿されたコンテンツのなかには、TikTokのロゴすら付いたままのものが非常に多い。
Facebook WatchやSnapchat(スナップチャット)のDiscover(ディスカバー)などのローンチ時は、大手パブリッシャーとの提携が大々的に宣伝されていたのとは大きな違いだ。これには、リールが広告フォーマットやスポンサー付きコンテンツタグよりコミュニティの構築を目指しているため、現時点では広告主向けのシステムが揃っていないことが影響している。以下、パブリッシャー3社の率直な感想を記しておく。
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「収益はほとんどあげられない」:ピンクニュース(PinkNews)
イギリスのLGBT+分野のパブリッシャー、ピンクニュース(PinkNews)のCEO ベンジャミン・コーエン氏は「収益はほとんどあげられない」と語る。同社はこれまで、リールに投稿したのはTikTok向けに制作した動画1本だけで、本稿の執筆時点で1万再生となっている。
「難しいのは、TikTokの動画は1分あるのに、リールはたったの15秒しかないという点だ。そのため、リールに流用できるコンテンツは限られている」とコーエン氏は述べる。「15秒間の動画のために、ワークフローを増やしたくはないし、ほかのフォーマットでは使いにくいものにリソースは割くのは難しい」。
「今後に期待が持てる」ドードー(The Dodo)
また、動物のコンテンツを扱う、グループ・ナイン・メディア(Group Nine Media)のドードー(The Dodo)は、リールがローンチされる数日前から、インスタグラムからアーリーアクセスを許可されていた。ドードーはこれまで9本の動画をリールに投稿しており、1本あたり平均270万回の再生回数を記録している。
インスタグラムのヘルプページによると、「Reels」上の再生数は現在、動画の再生開始時点でカウントされるが、この指標はまだ開発中でテスト段階だという。一方、インスタグラムやFacebookのフィードやIGTVでは、再生から3秒後にカウントが開始される。
ドードーの広報担当によると、リールでの再生数はIGTVよりもわずかに高く、インスタグラムのフィードと比べると3.1倍高いパフォーマンスとなっているという。現時点でドードーがリールで公開している動画はすべて、IGTVやFacebookで配信した動画を編集して文章やロゴを加えたものとなっている。
ドードーのSNS担当シニアディレクターを務めるニコル・ヘンドリクソン氏は以下のように語る。「以前、当初ではIGTVの方が間違いなくもてはやされていたが、いまのところリールにも注目が集まっている。どの動画の再生数も100万回以上となっており、今後に期待が持てる」。
これを受け、同社は現在リールオリジナルのコンテンツ制作を目指しており、インスタグラムのストーリーズ(Stories)で提携している企業やインフルエンサーと話し合いを進めているという。
「すぐに試すことが重要だ」ラッドバイブル(LADbible)
また、英国のパブリッシャー、ラッドバイブル(LADbible)は、これまで15本の動画をリールに投稿している。こちらも1本あたりの平均再生回数は約250万回を記録。さらに、女性向けライフスタイルブランドのタイラ(Tyla)は、リールに8本の動画を投稿しており、1本あたりの平均再生数はおよそ91万2000回だ。
ラッドバイブルのコンテンツ担当リーダー、サム・オークリー氏は「当社は2018年6月からIGTVにオリジナルコンテンツを配信開始したが、そのときと同様、新しいフォーマットに積極的に取り組むことで、大きな影響を及ぼせると考えている」と語る。「SNSが新たなフォーマットを用意したら、すぐに試すことが重要だ。また、短尺動画はオーディエンスへの訴求力が高く、投資する価値がある」。
インスタグラムの見解
一方、ほかのSNS(インスタグラムを含め)で多くのフォロワーを獲得しており、早期から新しいフォーマットを試す傾向のあるワシントン・ポスト(The Washington Post)やバイス(Vice)、アイハートラジオ(iHeartRadio)、ボナペティ(Bon Appétit)などは、本稿の執筆時点ではリールに投稿していない。
米DIGIDAYの質問メールへの回答の中で、インスタグラムのパートナーシップマネージャーを務めるエリザ・ベンソン氏はパブリッシャーに対し、「リールのコンテンツ制作はチーム内の有望な若手に委ねることを勧めている」と述べている。
「インスタグラムでは、企業より個人のアカウントのほうがフォロワーが多い傾向にある。リールは、パブリッシャーにとってクリエイターファーストな戦略を試す新たな場所になるはずだ」とベンソン氏は指摘する。「これにより人材を見出し、KPIに結びつけることができる」。
現時点で、リールにおける人気コンテンツは食品やファッション、美容、コメディといった、ほかでも人気のカテゴリーとなっている。また、ハッシュタグをつけることで、ユーザーがコンテンツを見つけ易くする工夫も重要だとベンソン氏は語る。
さらに同氏は、いまのところインスタグラム内での直接的な収益化についての発表は、当面行わない予定だと付け加える。だが一方、ベンソン氏は「提携している、とりわけ経験豊富なパブリッシャーのなかには、すでに営業チームと協力してブランドコンテンツの収益化を望んでいるところもある」と明かす。
一夜でコピーできるようなものではない
リールは8月はじめに世界市場へとローンチされた。これは競合するTikTokからユーザーを奪う絶好のタイミングだった。トランプ米大統領は8月14日、安全保障上の懸念を理由に、米国内の人間や米国の法律で対象となる人間と中国企業が保有するTikTokやWeChat(ウィチャット)との「あらゆる取引」を9月15日から禁止する行政命令を発している。現在、TikTokを保有しているのはバイトダンス(ByteDance)だが、米国でTikTokの運営を継続するためには同サービスを米国企業へと売却する必要がある。TikTokはこうした動きについて「正当な手続きなしに発令されており、ショックを受けた」と述べている。TikTokは、これに対し法的措置を取る可能性もあるとしている。
TikTokはここ1年で米国内における人気が急上昇し、いまや同国の月間UUは約1億にも達する。
クリエイティブ制作企業のメディアモンクス(MediaMonks)で、リードストラテジストを務めるマイケル・リットマン氏は「インスタグラムは競合他社のシェアを奪い、Facebookのエコシステムに取り込もうとあの手この手を尽くしている。これ自体は賢い戦略だが、TikTokのユーザー体験をリール内で再現するには時間がかかるだろう」と分析する。「一夜にしてコピーできるようなものでは決してない」。
パブリッシャーが直面する課題
また、パブリッシャーもまた、現在の不安定な経済状況のなかで、新しいプラットフォームや機能に対して慎重になっている。コロナ禍の影響で広告市場は低迷し、紙媒体の収益は大きく落ち込んだ。そんななか、パブリッシャーは大幅なコスト削減を余儀なくされており、レイオフや一部タイトルの廃刊なども実施された。さらにそれと同時進行で、ChromeのサードパーティCookieの廃止やAppleのiOS 14における個人情報に関するアップデートといった、将来的な課題に向けた準備も進めなければならないのだ。
メディアコンサル企業ADZストラテジー(ADZ Strategies)の創業者、アレッサンドロ・デ・ザンチ氏は「この不確実性のなか、パブリッシャーは企業としての将来を左右する、核心的な課題にリソースを割かざるを得ない状況にある」と語る。
さらに同氏は、次のように指摘している。「この10年から12年間、パブリッシャーは目先の流行にすぐに飛びつき、気を取られるあまり差別化要因に力を入れなかったケースがあまりにも多かったのではないか」。
[原文:‘There’s no revenue on it’: Why publishers aren’t prioritizing Instagram Reels]
LARA O’REILLY(翻訳:SI Japan、編集:村上莞)