「ads.txt」は、パブリッシャーがあらかじめ広告在庫の販売を認可した業者をリストアップしておくことで、広告在庫が意図しない経路で販売されないようにする仕組みだ。これにより、買い手である広告主が高い透明性を得られるとされている。しかしこの仕組みを逆手に取る詐欺が、最近登場してきた。問題の深層を探る。
ads.txt(アズテキスト)が普及しはじめたいま、それをめぐる騒ぎが持ち上がっている。
複数のパブリッシャーが、スライブプラス(THRIVE+)、ルディウス・メディア(Ludius Media)、セレクトメディア(SelectMedia)などのサードパーティーの再販業者から、直接取引がないにもかかわらず、パブリッシャーのads.txtファイルへの登録を求められたことを明かした。一方こうした再販業者は、新しい事業パートナーにアプローチしただけであるか、またはかつて広告在庫を再販したことがあるパブリッシャーと直接取引しようとしただけだと説明している。この件の報道を受けて、政治パブリッシャーのサロン(Salon)は、自社のads.txtからスライブプラスの名前を削除。動画広告プラットフォームのスポットX(SpotX)とLKQDテクノロジーズ(LKQD Technologies)は、スライブプラスとの提携を解消。アドエクスチェンジのオープンX(OpenX)は、自社のパブリッシャークライアントにメールを送り、このような依頼はすべて「詐欺」だとする注意喚起を行った。
ads.txtは、インタラクティブ広告協議会テックラボ(IABテックラボ)が5月に発表したテキストファイル形式のツールだ。パブリッシャーは、自社のWebサーバーにads.txtファイルを置き、自社が認定した広告在庫の販売業者をads.txtに登録する。このような仕組みによって、認定されていない業者による再販やドメインなりすましなど、プログラマティック広告で頻発している問題を減らすことがads.txtの大きな目的だ。
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発端は匿名掲示板
騒ぎがはじまったのは、10月31日(米国時間)。あるパブリッシャーの関係筋が、複数のベンダーから各社の名前をそのパブリッシャーのads.txtに登録するように求められていることを、米掲示板サイトのレディット(Reddit)で暴露した。これが業界メディアのアドエクスチェンジャー(AdExchanger)で報じられ、広く知られることになった。
問題のベンダーのうちスライブプラスは、アドベリフィケーション企業ピクサレート(Pixalate)によると、11月2日(米国時間)時点で70社のads.txtに登録されていた。登録していたパブリッシャーのなかには、米政治メディアのサロン(Salon)や、英ゲームメディアのディンギット.tv(Dingit.tv)などの大手が含まれる。
サロンは、この件に関する直接取材を断った。しかし米インターネット・アーカイブ(Internet Archive)に保存されたこのファイルを見る限りでは、米DIGIDAYがパブリッシャーにベンダーとの関係について訊ねたあとで、サロンは自社のads.txtファイルからスライブプラスの名前を削除していた。またディンギット.tvは、自社の広告在庫販売のためにスライブプラスを利用していると述べたが、米DIGIDAYからのほかの質問には答えなかった。スライブプラスは、両方のパブリッシャーと関わりがあると述べた。
疑いとそれへの反論
この件で特に疑問を抱かせるのは、スライブプラスがパブリッシャーに送ったメールのなかで、プラグラマティック広告エージェンシー兼「バイヤー」を名乗ったことだ。しかしads.txtは、パブリッシャーに広告在庫の販売を認可された業者のリストであって、購入を認可された業者のリストではない。だからこそアドテク業界の人々に重宝されているのだ。
「再販業者がこのシステムを逆手にとって、詐欺を働こうとしていることは明らかだ」と、プログラマティック広告エージェンシーのインフェクシャス・メディア(Infectious Media)で最高技術責任者(CTO)を務めるダン・デ・ジーベル氏は指摘した。「再販業者が、この広告在庫の販売を認可された業者になりすまそうとしている。バイヤーはads.txtファイルに名前を登録してもらう必要はない。登録が必要なのは、販売業者だけだ」。
一方、スライブプラスに出資しているデリバリング・イールド(Delivering Yield)のマネージングパートナー、ボブ・レギュラー氏は、スライブプラスが転売による利ざや稼ぎを狙っているのではないかという疑いに対し、強く異議を唱えた。同氏は、レディットの投稿に対するアドテク業界のリアクションは「寄ってたかってスライブプラスをつぶしにかかる大規模な嫌がらせ行為」であり、一時は「名誉毀損」にあたるほどだったと述べた。
いまだ残る奇妙な点
レギュラー氏が言うには、言葉の問題のせいで誤解が生じているが、スライブプラスは、パブリッシャーの広告在庫を再販することでパブリッシャーを支援している。同社はサプライサイドプラットフォーム(SSP)の再販業者であり、広告在庫を再販するにはまず買い入れる必要があるのだという。
Googleのデマンドサイドプラットフォーム(DSP)がads.txtを使って無認可の再販業者を締め出しにかかっているため、スライブプラスはパブリッシャーにメールを送り、同社がパブリッシャーの広告在庫を買い入れていることや、パブリッシャーとの直接提携を希望していることを知らせたのだとレギュラー氏は説明した。問題のメールの全文は以下の画像のとおりだ。なお、関係各社のID番号は削除されている。
ads.txtへの登録を求めるこのメールには、奇妙な点がいくつかある。まず、スライブプラスは再販業者であるにもかかわらず、直販業者としてads.txtに登録するように求めている。また、アドサーバーを手がけるスプリングサーブ(SpringServe)など、本来登録する必要がないベンダーの名前を、広告在庫の直販業者として登録するように求めている。たしかにスライブプラスはスプリングサーブをアドサーバーとして利用しているが、アドサーバーが広告在庫を販売することはない。したがってスプリングサーブをads.txtファイルに登録する必要はないと、当のスプリングサーブの最高リスク責任者(CRO)エドワード・シャノン氏は語った。
スライブプラス以外にも
複数のパブリッシャーの関係筋が匿名を条件に語ったところによると、SSPのセレクトメディアやアドネットワークのルディウス・メディアも、パブリッシャーと直接取引していないにもかかわらず、ads.txtファイルに自社を登録するよう求めてきたという。
セレクトメディアは、この件に関する問い合わせに対して回答しなかった。ルディウス・メディアも直接取材には応じなかったが、新しいパブリッシャーにアプローチして透明性が高い関係を築くことが目的だったとする回答を米DIGIDAYに寄せた。
「我々は、数カ月前にads.txtについて学んで以来、この仕組みを既存の販売プロセスに組み入れてきた。ルディウス・メディアはアドネットワークであり、SSPベースの需要および広告主からの直接的な需要に頼っているからだ。我々がアプローチしたパブリッシャーに対しても、そのことを詳しく説明した」。
最終的に媒体社の責任
実は、ads.txtに再販業者が登録されていることはよくある。
再販業者についてはさまざまな批判があるにもかかわらず、多くのプレミアムパブリッシャーはいまだに再販業者に頼っている。再販業者が広告在庫の価格引き上げに役立っている場合があるからだ。ウォール・ストリート・ジャーナル(Wall Street Journal)のads.txtファイルには、3社の再販業者が登録されている。コスモポリタン(Cosmopolitan)では7社、CNNでは15社、ESPNに至っては204社だ。
高いCPMを追求しているパブリッシャーは、広告在庫がどこに販売されたかを知らないか、気にしていない場合がある。また、第4四半期になると、広告枠のバイヤーや提携テックベンダーは、どんどん取引を行うことで、手遅れになる前に年度目標を達成しようとするだろう。一方で、再販業者によって自社の広告在庫が販売されていることを知りながら、その再販業者をads.txtファイルに登録しているパブリッシャーも存在するだろう。そう指摘したのは、オープンXの市場品質担当バイスプレジデント、ジョン・マーフィー氏だ。
ads.txtファイルへの登録はやみくもに送りつけたメールのおかげだと考えることは、1回デートしただけで結婚までこぎつけると思い込むようなものかもしれない。パブリッシャーが再販業者とは知らずにads.txtに登録しているとすれば、それは広告サプライチェーンが複雑化していることの表れだ。まさにそのような現状の解決こそが、ads.txtに期待されているのだが。
とはいえ、やみくもに送りつけたメールであっても、応じる企業がわずかにでもある限り、利益につながる。ads.txtファイルに登録するかどうかを決めるのは、結局はパブリッシャーなのだ。「このような手を使う再販業者は今後、間違いなく増えていく。そして、かなりの数のパブリッシャーがそれに応じてしまうだろう」と、アドベリフィケーション企業のザ・メディア・トラスト(The Media Trust)のゼネラルマネージャー、マット・オニール氏は語った。
Ross Benes(原文 / 訳:ガリレオ)