長年、パブリッシャー業界にとっての巨悪とされてきたのは、GoogleとFacebookだった。しかし、パブリッシャーが読者からの直接収益にシフトしつつあるなかで、Appleが新たな悪役として存在感を増しつつある。
長年、パブリッシャー業界にとっての巨悪とされてきたのは、GoogleとFacebookだった。というのも、この2社はオンライン広告の大半を寡占しており、残されるのは対応が難しいわずかなシェアだけだ。しかし、パブリッシャーが読者からの直接収益にシフトしつつあるなかで、Appleが新たな悪役として存在感を増しつつある。
8月第4週、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)やウォールストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)、インサイダー(Insider)、ボックス・メディア(Vox Media)、ワシントン・ポスト(The Washington Post)といった企業が所属する業界団体、DCN(Digital Content Next)は、Appleのティム・クックCEOに対し、App Storeにおける同社のAmazonへの優遇条件について公開するよう要求した。App Storeを通してAmazonプライムビデオ(Prime Video)を契約した場合、Amazonにかけられるサブスクリプション料金のマージンは15%となっている。一方、パブリッシャーやほかのアプリ開発企業の場合、iOSデバイスを介したサブスクリプション収益のうち、初年度は30%、翌年以降は15%がAppleのマージンとなる。
「我々のメッセージは、パブリッシャーだけでなく、ニュースやエンターテイメント分野の、あらゆるステークホルダーを代表したものだ。企業の規模や新旧を問わず、条件について把握した上で公平な競争が行われることが重要だ」と、DCNのCEOであるジェイソン・キント氏は述べている。「そしていま、Amazonはもっとも優遇を必要としない企業だろう」。
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Appleはこれに対し回答を避けているが、ニュース系パブリッシャーが15%の条件を獲得するのは、いまのところ難しそうだ。CNBCが4月に報じたように、AppleはAmazonプライムビデオと、プレミアムビデオ配信事業者のためのパートナープログラム契約を結んでいる。マージンに関する条件は、この契約に盛り込まれた項目なのだという。また、Appleの広報担当によると、同契約を結ぶために配信事業者は「Apple TVアプリとの統合、AirPlay 2のサポート、tvOSアプリ、ユニバーサル検索、Siriのサポート、およびシングルサインオンまたはゼロサインオンの実装といった条件を、満たす必要がある」と述べている。なおCNBCは、カナル+(Canal+)とアルティス・ワン(Altice One)といった、動画ストリーミングサービスの同プログラムへの参加も報じている。
一大運動に繋がる可能性
昨今、パブリッシャーはカスタマーとの直接的な繋がりを重視する方向へとシフトし、実際にサブスクリプションが収益の大きな部分を占めるようになりつつある。サブスクリプション関連のサービスを提供するピアノ(Piano)で、戦略担当バイスプレジデントを務めるマイケル・シルバーマン氏は「Appleへの反発が強まっているのは、こうしたトレンドのなか、あらゆるチャネルについてなるべく良い条件を追求する意識が、パブリッシャーのあいだで強くなっているためだろう」と語る。
また、今回の動きは、反Appleに向けた一大運動に繋がる可能性を見せている。Appleは現在、エピック・ゲームズ(Epic Games)との訴訟問題で注目を集めている。これはエピック・ゲームズの人気ゲーム、『フォートナイト(Fortnite)』が8月第3週に新規導入した直接決済システムがポリシーに反するとして、AppleがApp Storeから除外したことに端を発している。さらにAppleは、同社の開発者資格を取り上げると脅しをかけたともいわれている。これを受け、エピック・ゲームズはApple(およびフォートナイトを削除したGoogle Play)を提訴。すぐさまマーケティングチャネルを通じて、ジョージ・オーウェル原作の映画、『1984』を想起させる広告を展開し、Appleを非難。さらに同週末には「#FreeFortnite」というゲーム大会を開催するなど、反Appleの動きを強めている。
また、続く日曜日には、マイクロソフトのゲーム開発体験担当ゼネラルマネージャーを務めるケビン・ガミル氏が、Appleの一時的なボイコットを進めるエピックを支持することを表明している。さらに8月第4週のインフォメーション(The Information)の報道によれば、エピック・ゲームズはAppleの商慣習への反対表明を、IT企業各社から集める動きを見せているようだ。これについてはFacebookですら、「Appleが事業者に課す30%マージンを、『Appstore税』」と呼び、批判的なスタンスを示している。
さらにSpotify(スポティファイ)および、楽天の電子ブックリーダーと電子書籍を販売するKobo(コボ)からの申立を受け、ブリュッセルの規制当局は、App Storeの規則がEUの競争法に違反していないか調査を進めている。なお周知の通り、Appleはこの7月、米議会の大手IT企業に対する反トラスト公聴会に召喚された4社のひとつでもある。
いま、パブリッシャーによるAppleへの反対表明は、かつてない程に受け入れられやすい状況となっているのだ。
消費者との関係は誰のものか
とはいえ、ユーザーのプライバシー保護とユーザー体験の向上というAppleの全体的な目標には賛同するパブリッシャーが大半と思われる。また、Appleが数億人の消費者へのリーチを実現するチャネルであることに疑いの余地はなく、そのサービスが有料であることに問題はないと考える企業は多い。Appleがサポートする経済コンサルティング会社、アナリシスグループ(Analysis Group)が6月に発表した調査によれば、昨年のApp Storeにおける商品やサービスの売上は610億ドル(約6.4兆円)に達したとされている。
だがAppleの取り組みは、短期的に物事を壊すものが多いのもまた事実。たとえば、Safariにおけるインテリジェントトラッカー防止、iOS 14におけるアプリのプライバシーアップデート、 そしてSafariでパブリッシャーサイトを閲覧するApple News会員を、独自プラットフォームにリダイレクトするといった動きがあり、いずれも業界との協議がほとんどないまま進められるケースが大半だ。
マーケティングコンサル会社のスパロウ・アドバイザーズ(Sparrow Advisers)の共同創業者で、主席アナリストを務めるアナ・ミリチェビッチ氏は「これは消費者との関係が誰のものか? という問題に行き着く。Appleは消費者企業だ。消費者にとっても、個別にパブリッシャーのニュースを読むより、Appleを通じてまとめて読んだ方がありがたいと感じるはずだ」と語る。「Appleの取り組みには、パブリッシャーのファーストパーティデータの価値向上を目的としたITPのように、パブリッシャーのメリットになるものも存在する。だがパブリッシャーからすれば、ほかにも改善してほしい面が多数あるというのが本音だろう」。
「嫌なら出て行け」は通じない
前出のDCNのCEOであるキント氏は、パブリッシャーたちのあいだでは、Appleの独占的かつ閉鎖的なアプローチに対する長年の不満が蓄積されていると述べる。一方、メディア解析企業アンペア・アナリシス(Ampere Analysis)のゲーム部門リサーチディレクターを務めるピアース・ハーディン・ロールズ氏は「外から見えない複雑性と閉鎖性こそがApp Storeの人気の秘訣であり、オープンなプラットフォームのIT企業が陥りがちな困難な状況からApp Storeを守ってきた」と指摘している。
これまでもニュース系パブリッシャーと大手IT企業の争いはあったが、まるでゴリアテに挑むダビデのようなもので、これまで大きな運動になることも、ほかの業界からの支持を得られることもほとんどなかった。
だが、8月第4週に2兆ドル(約210兆円)企業となったAppleを取り巻く情勢は変化しつつある。「嫌なら出ていけ」という同社のアプローチも、多少は緩める必要が出てくるのかもしれない。
[原文:Publishers could soon have more leverage to force Apple to relax its ‘my way or the highway’ approach]
LARA O’REILLY(翻訳:SI Japan、編集:村上莞)