設立9年目のIBTメディア(IBT Media)が有名になったのは、低迷していた「ニューズウィーク」を買収した2013年のことだ。アグリゲーションと検索を重視したサイトで急成長した同社は、パブリッシャーの世界では新参者だった。しかし、直近の数カ月間にスタッフの4分の3近くを解雇しているという。
編集部門や営業部門の元従業員へのインタビューから浮かんできたのは、オーナーであるジョナサン・デイビス氏らの経験不足と、猛烈なペースで変化し続ける業界で、最先端のパブリッシャーであり続けることの難しさが、悪い形で組み合わされたという事実だ。その経緯を追った。
2年前、IBTメディア(IBT Media)の共同創設者、ジョナサン・デイビス氏は、型破りな牧師との関係や同性愛の人々は治療できるという自分の考え方について弁明し、自分の仕事と信念は別のものだと述べた。同氏のこうした経歴、そして対応は、大手ニュースパブリッシャーとしては珍しいものだった。
いまから思えば、このようなデイビス氏のエピソードは、自身が身を置く世界から浮いていることを明確に示す兆候だったといえるかもしれない。急速に事業を拡大したIBTメディアは、現在従業員の削減に乗り出しており、同社の主力メディアである「インターナショナル・ビジネス・タイムズ(International Business Times)」と「ニューズウィーク(Newsweek)」で、この数カ月間に編集スタッフの4分の3近くを解雇した。編集部門や営業部門の元従業員へのインタビューから浮かんできたのは、オーナーであるデイビス氏らの経験不足と、猛烈なペースで変化し続ける業界で、最先端のパブリッシャーであり続けることの難しさが、悪い形で組み合わされたという事実だ。
設立9年目の同社の名が広く知られるようになったのは、低迷していた「ニューズウィーク」を買収した2013年のこと。IBTはアグリゲーションと検索を重視したサイトで、スタッフの多くは、安い給料とトラフィックに応じて支払われるちょっとしたボーナスで働いていた。同社を率いるデイビス氏はエンジニア畑の出身、共同創設者のエティエンヌ・ウザック氏は経済出身で、どちらもパブリッシャーの世界では新参者だ。
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もっとも急成長したサイト
だが彼らは、経験不足だからといって野望をあきらめることはせず、IBTを設立して大手金融ニュースメディアに育て上げようとした。そして、著名ジャーナリストのピーター・グッドマン氏を編集責任者に迎え入れ、さらに、著名ジャーナリストのジム・インポコ氏も採用し、膨大な費用をニュースの編集につぎ込んだ。こうして、「ニューズウィーク」にも新しい血が入ったはずであった。
また、「ニューズウィーク」は紙媒体を復活させ、有名なデザイン企業、プリースト・アンド・グレイス(Priest + Grace)に表紙のデザインを依頼した。「毎週のように新しい人が入ってきた。最高の気分だったよ」とIBTの元従業員は語る(本記事のほかの情報提供者と同じく、この従業員も秘密保持を理由に身元を明かすことは拒否した)。
IBTの編集スタッフは45名から100名以上に膨れ上がり、そのなかにはデイビッド・シロタ氏やエリン・バンコ氏といったベテランジャーナリストも含まれていた。また、トラフィックも急増。2015年には、IBTはもっとも急成長したサイトのひとつとなり、トラフィック数は2150万に達した。
ビジネスを真っ正直に展開しすぎた
だが、オーナーたちは、自社の製品や収益を、自分たちの偉大なる野望に匹敵するものにできなかった。IBTはサイトのなかで、自社を「マーケターやエージェンシーが、世界中にいるビジネスやテクノロジーの決済者や投資家に、自分たちの言葉でリーチするためのもっとも重要な発信元」と位置づけている。この数年間はパンチの効いた記事を公開しており、クリス・クリスティー氏とニュージャージー州の年金制度に関する調査記事がジェラルド・ローブ(Gerald Loeb Awards)賞の最終選考にまで残ったほか、シリアの難民危機とマリファナ経済に関する記事はSABEW賞を獲得した。
しかし、いまでも、トラフィックのほとんどをもたらしているのは、速報ニュースやテレビのハイライトなどの記事を1日150本と大量生産している4つのチームだ。IBTは外部から資金を調達してこなかったため、事業拡大のための元手を完全に広告売上に頼っているが、そこまで収益がもたらされたことはない。
元従業員たちの話を総合すると、こうしたことはすべて、このビジネスを真っ正直に展開しすぎた結果のようだ。デイビス氏とウザック氏の名誉のためにいえば、彼らもSEOやプログラマティック広告というルーツから離れることの必要性を認識してはいた。だが、メディア企業を立ち上げるのは、経験豊かな経営者でも難しい。一部の人が心配していたように、IBTのリーダーたちが編集内容に介入することはなかったようだが、指標に取り付かれてしまい、効率のよい手法を取り入れるべきタイミングを図り、デジタルメディアがどれほど速く変化しているのかを認識できなかった。
「彼らは、自分たちが『ウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)』になれると本気で考えていた」と「ニューズウィーク」の元従業員はいう。「彼らがもっていたのはコンテンツファームなのに、それを、信頼できるニュースソースだと勘違いしていたのだと思う。ピーター(グッドマン氏)の方針に沿って動き出したとき、そのために必要なコストは、すべてが考慮されていたわけではなかった」。
高まる検索トラフィックへの依存度
グッドマン氏を迎え入れてから1年後、同社は売上の拡大に真剣に取り組みはじめる。2015年3月にはマイケル・カプラン氏を雇い、その5カ月後には、トーマス・ハマー氏を販売担当シニアバイスプレジデントとして迎え入れたのだ。
そして全員参加の会議を開き、コールドプレイの曲がバックに流れる不自然な雰囲気のなかで、同社の戦略を披露した。Tシャツまで配られたが、ごく最近まで企業年金制度さえ導入していなかった同社にとって、これははじめて従業員に与える大きな特典だった。
だが、IBTはいま、移ろいやすい検索トラフィックへの依存度が、弱まるどころか強まっている。GoogleはIBTのサイトを訪問するデスクトップユーザーのリンク元として米ヤフー(Yahoo!)に次ぐ2番手となり、トラフィックの13%を占めてきた。だが、これは2015年と比べて2ポイントの増加であることをコムスコア(comScore)は明らかにしている。
ブランディングは一日にして成らず
IBTはほぼすべての記事に動画広告を貼り付けているようだが、いまでも多くをプログラマティック広告に依存しており、CPM(インプレッション単価)は2ドル付近で低迷している。2015年の12月にはサイトのデザインがようやく見直されたが、うっとうしい動画広告の自動再生はそのままだ。IBTだけがそのような広告を利用しているわけではないが、ほとんどのサイトは音声をオフにして再生することの必要性を少なくとも認識はしている。
IBTの元編集スタッフは次のように語っている。「広告を売りさえすればお金が手に入るわけではないということを、彼らはわかっていなかった。プログラマティックはその場限りだが、ブランドはそうではない。そして、ブランドとしてのIBTは、販売するのが、それはもう大変だった。なぜなら、まるで祖父が好んで読むようなもの(メディア)に見えるからだ」。
ほかのパブリッシャーがFacebookなどでオーディエンスを追い求めているのに対し、IBTは、ソーシャルメディアの力を活用して新しいオーディエンスにリーチするチャンスをほとんど逃してきた。たとえば、IBTがFacebookで獲得しているファンの数は50万にも満たないが、「ハフィントン・ポスト(The Huffington Post)」は760万、「タイムズ(The Times)」は1000万だ。パブリッシャーのなかには、トラフィックの75%をFacebookから獲得するなど、Facebookに依存しすぎているといえるところもあるが、コムスコアによると、IBTがFacebookから得ているデスクトップトラフィックの割合はわずか2%だという。
2016年1月になると、より深刻な警告のシグナルが見られた。同社が従業員への給与の支払いを遅らせ始めたのだ。3月には、大量の解雇が実施されるなか、グッドマン氏が「ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)」に逃れた。また、6月末にはおよそ30名のスタッフが新たに解雇され、「ニューズウィーク」の6名ほどのスタッフがその後に続いた。IBTが競争を続けているニュース業界はライバルが多く、5月の時点で、同社サイトのユニークユーザー数は135位となる1890万人だった。これは前年比で12%の減少だ。
大量解雇を経てどう変わる?
CEOのウザック氏は声明のなかで、リストラを実施しているのは「IBTメディアと『ニューズウィーク』の成長を支えるため」だと述べ、「一部スタッフの削減を含むすべての計画は、全社的に効率を高めるための総合的な計画の一環だ」と語っている。米DIGIDAYは同社に取材を申し込んだが、回答は得られていない。カプラン氏から届いたメールには、「ご推察のとおり、いまはすべての人にとって非常に困難な状況だ。オーナーは、これ以上のコメントは差し控えたいとはっきり述べている」とあった。
一連の解雇により、編集室に残っているスタッフの数はわずか23名で、そのほとんどはSEOのための記事を作成する担当者だ。だが、企業記事担当として残った記者の1人であるシロタ氏は、調査記事の執筆を今後も続けられることを期待すると述べ、次のように語った。「私が『IBT』で働きはじめたとき、『IBT』が企業のレポート記事や調査記事に重点を置いている多くのパブリッシャーのひとつであることにとても勇気づけられた。メディア業界は、そのような仕事を長期的に支える方法を見つけようといまも奮闘している。こうした奮闘が優れた結果を生み、大きな影響力をもたらしていることを示す証拠はいくらでもある。問題は、その仕事を成り立たせるビジネスモデルをどのように構築するかなのだ」。
Lucia Moses(原文 / 訳:ガリレオ)