多くのパブリッシャーの目に、プログラマティック広告収益にとって都合の悪い、潜在的な脅威と映っている一般データ保護規則(GDPR)だが、フィナンシャル・タイムズ(FT)では、このGDPR施行が収益増につながっている。現在、同社のプログラマティック広告収益全体は、昨年より9%増加しているという。
多くのパブリッシャーの目に、プログラマティック広告収益にとって都合の悪い、潜在的な脅威と映っている一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:以下、GDPR)だが、フィナンシャル・タイムズ(Financial Times:以下、FT)では、このGDPR施行が収益増につながっているという。
GDPRに対するFTのアプローチは非常に厳格なもので、デジタル広告部門は、オープンエクスジェンジでデータを漏洩させる危険は絶対に侵さないことになっている。そのため、同部門はオープンエクスジェンジでのインベントリー(在庫)購入からは手を引き、代わりにプライベートの取引、特にプログラマティックギャランティード(保証型のプログラマティック取引)を活用する取り組みを強化することにした。また、アドテクパートナーの数を20にまで減らしている。それまではパートナーの数に上限を設けていなかった。
2017年度、同社のプログラマティック広告からの収益に、プログラマティックギャランティードとオートメーテッドギャランティード(保証型の自動取引)が占める割合は4%だった。しかし2018年にはそれが40%になり、現在では全体の70%を占めている。さらに、プログラマティック広告収益全体は、昨年より9%増加しているという。
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「戦略は劇的に変化した」
確かに、FTはオープンエクスチェンジの収益に依存してこなかったので、そこから手を引いても、ほかの多くのパブリッシャーのようにそれがリスクとなることはなかった。ただ、そうは言っても、社内的にはかなり大きな戦略変更だったという。そう語るのは、FTでプログラマティック部門のグローバル責任者をつとめるジェシカ・バレット氏だ。「GDPRが発効されてから、当社のプログラマティック戦略は劇的に変化した」。
オープンマーケットでのインベントリー取引を停止して以来、FTではプライベートマーケットプレイス(以下、PMP)、プログラマティックギャランティード、オートメーテッドギャランティードでの取引に注力していた。しかし、昨年1年でPMP取引の需要が先細りし、バイヤーからのプログラマティックギャランティードへの関心が非常に高まったとバレット氏はいう。実際、以前はプログラマティック広告収益の70%をPMPが占めていたが、現在はそれが逆転し、プログラマティックギャランティードが70%、PMPが約30%になっている。
有料購読者からのしっかりとした収益をベースにしたビジネスモデルを持つFTは、ほかの多くのパブリッシャーほどプログラマティック広告の収益に依存してきていなかった。同社によれば、プログラマティックに予約・実行されたキャンペーンからの収益は、現在までのところ広告収益全体の約5%と、ほんのわずかな割合にとどまっているという。とはいえ7桁というまとまった額で収益に貢献していることから重視しており、成長させる計画でいると、バレット氏は語る。
そうしたプログラマティックギャランティード取引からの収益増は、運用効率を大幅に改善することでもたらされるのではないか、というのがFTの見込みだ。
データプライバシーという逆風
GDPR施行後、パブリッシャーにとっては、ギャランティード取引がプログラマティック広告取引のなかでもっとも重要な取引方法となっているようだ。ギャランティード取引では広告主が、ファーストパーティデータと、自社に合ったパブリッシャーのオーディエンスデータを自動取引でマッチさせられるのだが、価格は事前に合意して固定されている。この取引方法は、デマンドサイドプラットフォーム(DSP)とサプライサイドプラットフォーム(SSP)のあいだで、このテクノロジーがまだ比較的新しいものだったため、以前は弾みが付くのに時間がかかっていた。しかし、GDPR施行後は、広告バイヤーからの需要が高まっている。
「GDPRが施行され、法的な理由で多くのバイヤーから、当社のデータの収集方法やセグメント化手法について問い合わせを受けている」と、バレット氏はいう。「我々はファーストパーティデータを持っていると答えるパブリッシャーでも、そのデータの構成元であるユーザーが誰なのかは、はっきりとはわからないことが多い。ところがFTの場合は(サブスクリプションデータがあるので)、たとえばCEOが我々のサイトでは明確に特定できるということを示すことができる」。
GDPRが施行され、AppleとMozillaの両方がアンチトラッキング戦略を推進するなど、サードパーティCookieを一掃しようというブラウザ側の動きがあり、パブリッシャーはデータプライバシーという逆風に直面している。
そのため、自社のファーストパーティデータを営利目的で活用する取り組みに力を入れ、いずれ来たるサードパーティCookieの消滅に備えようとするパブリッシャーが増えている。メディアバイヤーは、昨年5月にGDPRが施行されて以降、GDPRのプレッシャーを考え、プログラマティックギャランティード取引への投資を増やしてきた。
口で言うほど簡単ではない
「プレミアムなコンテンツを持つパブリッシャーからプログラマティック取引で直接広告枠を購入すると、高品質のファーストパーティデータを使ってオーバーレイ解析を実施でき、支出管理やレポートの精度が上がる」と、メディアエージェンシー、マインドシェア(Mindshare)でヨーロッパ、中東、アフリカ担当最高パフォーマンス責任者を務めるクリス・カマーチョ氏は語る。
大手パブリッシャーは、オープンエクスチェンジでのインベントリー販売打ち切りについて懐かしそうに語ることが多いが、それはプライベート取引のほうが高い値段で販売できるうえ、ブランドイメージも守りやすくなるし、ほかのクライアントも獲得しやすくなるからだ。しかし、オープンマーケットに対するエージェンシーの需要が非常に高いなかでは、口で言うほど簡単には実行できないのが実情だった。
メディア購入を担当するエージェンシーは今後も、比較的安価なCPM(インプレッション単価)など、オープンエクスチェンジにあるチャンスを最大限に活用したがる可能性が高い。パフォーマンス目標を高く設定しているクライアントにとっては、そうしたチャンスが特に重要になってくる。「通常、そういった種類のタイトルはオープンエクスチェンジで購入したほうが(クライアントにとっては)有利だ。落札価格のCPMが低いことを考えると、そのほうがコストパフォーマンスは高い」と、カマーチョ氏は補足してくれた。
少額取引をすべて自動化
FTは、運用上の非効率な部分を取り除くことで、デジタル広告全体の収益に占めるプログラマティック広告収益(PMP、プログラマティックギャランティード、オートメーテッドギャランティード)の割合を、将来的にさらに大きくしていきたいと考えている。すべて計画通りにいけば、その割合は今後2年以内に約20%に達成する可能性があるという。現在の5%からはかなり大きな引き上げだ。
この取り組みの中心となる予定なのが、単価5000ポンド(約68万5500円)未満の広告取引をすべて自動化し、運用効率を上げる手法だ。これまでのところ、この単価設定に当てはまるすべての取引のうち自動化されているのは約10%だが、今後はこの自動化技術を展開し、2020年までにこの規模のすべての取引に標準化する計画だ。
セットアップにはかなりのリソースを要するため、FTはアドスロット(Adslot)の技術──プレミアムな直接購入を自動化するプラットフォーム──を実装し、こうした取引を成約させるためにセールスチームが行なっていた手動プロセスの多くをなくしていっている。FTでは100以上のスタッフが、このAdslotの技術をグローバルに活用する方法についてトレーニングを受けてきており、2020年の終わりまでに、この種のすべての取引を自動化する予定だ。自動化対象となる取引は、これまでのダイレクトキャンペーンすべての30%を占めている。
ブランドセーフティ需要の高まり
FTにおけるプログラマティック広告収益の伸びは、価値あるオーディエンスをターゲットにし、ブランドイメージを損なわない広告環境を確保しようとするクライアントからの需要の高まりに比例している。と語るのは、スターコム(Starcom)のマネージングパートナー、ポール・カサミアス氏だ。
「全体としてプログラマティック広告が『ファーストルック』モデルに変わりつつあるこの状況のなか、クライアントにとって最善となる取引を交渉し続けるためには、このパブリッシャー(FT)と良好な関係を維持することの重要性を強調するのが不可欠だ」と、同氏は最後に言い添えた。
Jessica Davies(原文 / 訳:ガリレオ)