ピースオブケイクは2016年、立て続けに電通、TBS、イードとの資本提携を行った。CtoC要素が強いnote、BtoC要素が強いcakes、これらふたつのデジタルメディアの成功事例をもつ同社が次に目指すのは、デジタルメディア企業単位での収益モデルの確立だと、CEOの加藤貞顕氏は語る。
「デジタルメディアがあまりにも儲からない現状は問題だ。これだけネットを見ている人が増えているなかで、制作費や関わる人たちの待遇を出版やテレビなど、ほかのメディアなみにすることは本来なら可能なはず。さらにいえば、そういう未来が来ないと、面白いものを作る人が減り、やがてはコンテンツ産業全体がしぼんでしまう。だから、そこをなんとかしたい」。
『「note」が目論む、誰も損をしないビジネスモデルとは?』ではnoteという課金可能なプラットフォーム上で、クリエイターがシステムや営業の心配をせずに作品の発表をビジネスとして成り立たせている事例を取り上げた。
冒頭の言葉は、そのnoteを運営するピースオブケイク代表取締役CEOの加藤貞顕氏のものだ。「noteで活躍しているクリエイターのなかには年収数千万円という方もいる。個人でここまでできるなら、同じことを、メディア企業が本気でやればどれだけ収益があがるか」。
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3本柱でより盤石な収益体制
現在はクリエイター単位、企画単位での成功事例だが、加藤氏がその先にめざすのは、企業単位での収益性である。それをどう成し遂げていくのか。その答えのヒントになるのが、2016年立て続けに行われた、電通、TBS、イードとの資本提携だ。
noteは、個人のクリエイターがマンガやイラスト、文章、写真、動画などを自由に投稿でき、かつ無料から最大5万円まで柔軟に課金設定ができる。同社のもうひとつのサービスであるcakesでは、cakes編集部が編集するコンテンツのほかに、出版社がこれから出す書籍の内容を刊行前から連載するなどの試みがある。今年2月に刊行された堀江貴文氏の著書『錬金』もそのひとつだ。cakesは月額500円(1週間150円)で読み放題。コンテンツホルダーには、読まれた分に応じて収益が分配される。noteがいわばCtoCなのに対し、cakesはBtoCの色合いが濃い。
同社では、noteやcakesのプラットフォーム構築の技術を、SaaSとしても提供している。独自開発のCMSは、直感的なインターフェースでコンテンツを投稿できると同時にソーシャルメディアなどへの投稿も一元管理でき、すでに会員組織をもつメディアのデータベースとの連携も可能だ。TBSとの提携により、同社コンテンツの課金や、番組とグッズ販売をさらに効果的に組み合わせていくなど、映像コンテンツのさらなる収益性向上を模索していくのだろう。
「メディア企業のCMSやデータベース構築など、さまざまな相談を受けデジタルメディア個別の課題を見てきた。我々の仕組みを使いたいという要望もありメディアグロース事業として展開している。我々のプラットフォームは独自ドメインも使え、デザインもカスタマイズできる。課金や集客など、機能の一部だけを部分的に組み込むという要望にも応じていく」。
課金、広告、ECを柔軟に自在に
同社がASPやOEMとして提供するプラットフォーム上では、今後広告ビジネスをどう進化させていくかも課題になるはずだ。公表はされていないが、電通との取り組みで顧客企業の広告コントロールがより進化するにちがいない。それぞれの編集力とクリエイティブを最大限生かせる仕組みなど、メディアの特性にあわせたソリューションが提供されるであろう。
さらにイードとの資本提携では、物流まで含めたECサービスをnoteやSaaS事業のプラットフォーム上に組み込むプロジェクトが進んでいる。これにより、近い将来、クリエイターやメディア企業が、課金、広告、ECと、デジタルメディアビジネスの3本柱を、個別にシステムを構築することなく自由に行えることになる。noteでも独自ドメインにも対応しており、この先、こちらもデザインのカスタマイズ性も高めていく方向なのだという。そうなると、すでに知名度をもつデジタルメディアが近い将来このプラットフォーム上にまるごと引っ越してくるのではないか、そんな予感すらある。
マッチングがすべて、の理想郷
加藤氏の話の根本にあるのは、デジタルメディアが抱えるさまざまな課題を丁寧にときほぐしたうえで「デジタルコンテンツは、マッチングがすべて」という理想郷である。すでに、noteとcakesには月間ユニークユーザーが数百万人いる。その基盤も生かしながらユーザーが読みたいもの、買いたいもの、適した広告などのマッチングを最適化する。そうなれば、ユーザー体験は、メディアをまたがり、いまとは比べものにならないほど快適になっていくはずだ。
そのマッチングの最適化のために、偶然の出会いをどう実現するかということも含め、AIで解決していくことを同社では考えている。
「これまで、メディアはデータを生かせずにいた。実は出版社も放送局も、自分で顧客データをもったことがほとんどなく、活用にあまり慣れていない。でもWebなら、どの読者がどんな記事や広告が好きで、今後、どういうものを好みそうかということまですべてわかる。ユーザーのデータとコンテンツのデータをうまく使うことで集客や広告の精度もあげられ、読者もメディアも出稿側も、メディアに関わる全員が得をすることが可能になる。こういう仕組みを、多数のメディアに対して提供していきたい」と加藤氏はいう。
ほぼ日の上場が示唆するもの
同氏が編集者時代に手がけ280万部のベストセラーとなった書籍『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称『もしドラ』)に、ドラッカー氏の有名なセリフで「すでに起こった未来 (Future that has already happened)」が引用されている。なぜ未来がわかるかという問いに対して、それはすでに起こった未来について書いているからだよ、という答えだ。
加藤氏の頭のなかでは、デジタルコンテンツ産業の十分な収益化はすでに起こった未来なのだろう。そこには、既存メディアとデジタルメディアの深い溝はない。ユーザーが求める優良なコンテンツがさまざまな手段で収益を得られる世界だ。
資本提携先のひとつであるイード代表取締役の宮川洋氏は、それを確信している。「ほぼ日は、糸井重里氏の優れた個人メディアをECで支えるというビジネス構築と組織化を20年近くかけて行い、媒体価値を毀損せずに上場するまで成長した。これからは時間も投資も短縮できるはずだ」。
そう、我々もすでに起こった未来を見ているのだ。
Written by 矢野 貴久子
Photo by GettyImages