オンラインイベントの数少ない利点のひとつに、圧倒的なスケールをパブリッシャーと広告クライアントの両方に提供できることが挙げられる。だが、消費者指向かB2Bかを問わず、パブリッシャーの一部は未開拓市場の新たな扉を開くだけでなく、チケット販売を通じて新たなイベント参加者から直接の収益化をおこなっている。
従来イベントビジネスに依存してきた業界は惨憺たる状況にあるが、オンラインイベントの数少ない利点のひとつに、圧倒的なスケールをパブリッシャーと広告クライアントの両方に提供できることが挙げられる。
だが、消費者指向かB2Bかを問わず、パブリッシャーの一部は未開拓市場の新たな扉を開くだけでなく、チケット販売を通じて新たなイベント参加者から直接の収益化をおこなっている。この方法である程度の売上は得られるが、対面イベントの参加費に比べると数分の1にすぎない。とはいえ、期待される売上への影響はほかにもある。
「パブリッシャーが自社イベントでチケットを販売することには、直接の売上にとどまらないメリットがある」と、オンラインイベントプラットフォームのスプラッシュ(Splash)でCEOを務めるベン・ハインドマン氏はいう。
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たとえば、有料参加者のイベントへの参加率は高い。ハインドマン氏によれば、イベントチケット購入者は約90%が実際にイベントに参加するが、無料イベントに参加登録した人のうち実際に視聴するのは25%程度でしかない。このエンゲージメントの高さは、厳しい経済情勢のなかで質の高いリードジェネレーション(見込み顧客の獲得)を確実にしたい広告主にとって魅力的だ。
「エンゲージメントが深化する」
コンデナスト(Condé Nast)のカルチャー部門で最高事業責任者を務めるエリック・ギリン氏によれば、オンラインイベントへの転換の初期段階では、広告主は無料イベントを望む傾向にあった。自社ブランドができるだけ目に入るようにするためだ。「だが我々は、有料の方がエンゲージメントが深化すると発見した」と、同氏は話す。
たとえば、今年のニューヨーカー・フェスティバルは2019年のチケット販売数を約30%上回り、チケット販売数は2万3000近くになったとギリン氏はいう。これに加え、再視聴や録画を見られる開催後のチケット販売によるエンゲージメントの高さは、事前のチケット販売数をはるかに上回ると同氏は語る。ライブセッションのあいだ、各パネルの平均視聴時間は35分を超えた。
「参加者たちは、ただスイッチを入れて、ちらっと見て、すぐにやめたわけではない」と、ギリン氏はいう。そして、スクリーンタイムが伸びれば、スポンサーとのエンゲージメントの機会も増える。
脱落者が減り、参加率が高まる
スキフト(Skift)の最高製品責任者であるジェイソン・クランペット氏と、MITテクノロジーレビュー(MIT Technology Review)のCEOで発行人であるエリザベス・ブランソン=ブードロー氏によれば、有料部分のあるオンラインイベントの参加率とエンゲージメントは、無料のイベントよりもはるかに高い。
今年9月に開催されたスキフトのグローバルフォーラムのひとつは参加費195ドル(約2万400円)で、1200人以上がチケットを購入し、うち95%がライブイベントの少なくとも一部に参加した。残りの5%は開催後に録画映像にアクセスしたと、クランペット氏は述べる。
オンラインイベントに有料チケットを導入する前の今夏のイベントでは、5000人が参加登録したが、実際の参加率は50%だった。
ブランソン=ブードロー氏によれば、MITテクノロジーレビューのオンラインイベント「エムテック・カンファレンス(EmTech Conference)」の今年のチケット売上は去年からほぼ倍増し、有料参加者は約400人から800人に増えた。
「どんなイベントでも、課金すると脱落者が大幅に減り、参加率が高まる。彼らは自分の時間とお金を投資した。あるいは上司に出席の意思を伝えて、(時間と費用の)負担を納得させた」と、ブランソン=ブードロー氏はいう。
ただしチケットは、はるかに安価
もちろん、オンラインイベントのチケット価格は、対面イベントのそれよりもはるかに安価だ。
今年9月に開催されたスキフトのグローバルフォーラムのオンライン版の参加費は195ドル(約2万円)で、対面でのフォーラムの2500~3500ドル(約26~37万円)と比べ約95%も安かった。また、10月にMITテクノロジーレビューが開催した3日間にわたるバーチャル・エムテック・カンファレンスの参加費は、もっとも安価なオプションが650ドル(約6万8000円)と、本来の2000ドル(約21万円)の3分の1だった。
ニューヨーカー(The New Yorker)は、看板イベント「ニューヨーカー・フェスティバル(The New Yorker Festival)」のバーチャル版の参加費を1セッションにつき19ドル(約2000円)、すべてにアクセスできるパスを49ドル(約5100円)に設定した。対面開催だった昨年は、セッションごとの価格が49~79ドル(約5100~8300円)、プレミアパスが899ドル(約9万4000円)だった。
B2Bではチケット価格は同程度
一方、製薬やホスピタリティなどのB2Bセクターで数多くのカンファレンスやイベントを手がけるB2Bパブリッシャーのクエステックス(Questex)は、バーチャルチケットの価格を対面チケットとほぼ同等に設定する。クエステックスの生命科学・ヘルスケア・テクノロジー部門でプレジデントを務めるリアノン・ジェームズ氏は、こうしたニッチ市場イベントでは、バーチャル参加の価格を対面チケットの75%程度に設定できると話す。
ジェームズ氏によると、課金した人々は参加率が高く、たとえライブで視聴していなくてもイベントハブやパートナーコンテンツサイトを頻繁に訪れ、購入内容に含まれるホワイトペーパーやプレゼンテーションなどの資料にアクセスする傾向にあった。
「課金することで、本当に質の高いリードをスポンサーに提供することができる」と、ジェームズ氏は語る。こうしたトップクラスの見込み顧客は数百人程度かもしれないが、イベント中にときどき視聴する程度の、あるいはまったく参加しないような2000人の通常のリードよりも、スポンサーの商品を購入する可能性がはるかに高い。
課金によって優良かつエンゲージメントの高いオーディエンスを獲得できれば、広告契約を有利に結ぶことも可能になる。その結果、「スポンサーシップの金額は、チケット売上をはるかに超える」と、スプラッシュのハインドマン氏はいう。
「想像以上の効果を発揮する」
ブランソン=ブードロー氏によれば、MITテクノロジーレビューのオンラインイベントのスポンサーシップのほとんどは有料イベントに集中している。そのため同氏のチームは、無料イベントを新たな分野のコンテンツの実験場と位置付け、オーディエンスの反応を確かめるのに利用している。
また、無料イベントの参加者にはブランソン=ブードロー氏の言葉でいう「ダブラー」、つまりブランドのファンではあるが企業の意思決定者や予算担当者ではない人々が多い。「広告主にとってダブラーのコンバージョンを得るのは難しい」と、同氏は話す。
チケット価格は新たなオーディエンスの情報を得る方法のひとつでもあると、ハインドマン氏はいう。たとえば、19ドル(約1985円)のチケットよりも49ドル(約5120円)のチケットを選ぶ人は、興味のあるものに対してお金を使う傾向がより強いかもしれない。こうした有用な情報はスポンサーと共有される。
「これまでは(広告主は)有料より無料の方がいいと考えていたが、我々は今や、有料イベントをどれだけ大規模化でき、どんなインパクトを与えられるかに関して、説得力のある証拠を手にしている。オーディエンスとアプローチの選択さえ適切であれば、想像以上の効果を発揮する」と、ギリン氏は述べた。
[原文:Paid virtual events are the new golden ticket for publishers]
KAYLEIGH BARBER(翻訳:的場知之/ガリレオ、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU