2010年、スリリスト(Thrillist)はフラッシュセールサイト(会員制アパレルサイト)のジャックスレッド(JackThread)を破格の1000万ドル(約11億4000万円)で買収。このコマースとコンテンツの融合は、一時うまくいったように見えたが、最終的には迷走という結果に終わった。その裏側を紹介する。
スリリスト・メディアグループ(Thrilllist Media Group)の創設者のベン・リラー氏ほど、コンテンツとコマースを結びつける試みに対して、意欲的なメディアエグゼクティブはいないだろう。彼のその熱意は、2013年にサービスインした、上品なテック系プロダクトに関するバーティカルメディア「スーパーコンプレッサー(Supercompressor)」のローンチ記念パーティにも表れている。
ニューヨークのトライベッカ地区にあるクラシックカークラブ(The Classic Car Club)をクラブさながらの雰囲気に変貌させ、ド派手な紫色のライティングとDJハパがかける音楽で満ち溢れさせた。黒ずくめの制服を着たギャルソンがカナッペやデュワーズのカクテルを配り歩き、出席者が手にとって遊べるように、席にはマイクロソフトのサーフェスタブレットが置かれていた。
理にかなった組み合わせ
2010年、スリリストはフラッシュセールサイト(会員制アパレルサイト)であるジャックスレッド(JackThread)を破格の1000万ドル(約11億4000万円)で買収したが、リラー氏はこれはまさに「ウィンウィン」であり、ジャックスレッドを「大きなポテンシャルを秘めた素晴らしい」企業だと熱く語った。このアイデアは、男性向けお出かけガイドメディアであるスリリストのユーザーを、ジャックスレッドのプライベートなショッピングコミュニティに引き込むことで、同社に新しい収入源をもたらす足がかりを作るというものだった。
Advertisement
そして、これは見事に成功を収めた。2014年には、ジャックスレッドはスリリストと1億ドル(約114億円)のビジネスを進める態勢を整えていた。ワイアード(Wired)の記事によると、「油断は禁物だが、コンテンツをコマースに融合したサービスは、完璧な物流サイクルを生み出す可能性を秘めている」。
可能性はあった。実際、この組み合わせは理にかなっていた。デジタルアド業界で生き残るために四苦八苦しているメディア企業にとっても魅力的なモデルを提供した。雑誌は高級感を演出できるメディアとして人々の購買意欲をそそるものとして長い間機能してきたからだ。しかし、その売上に対する功績と売上の一部を受け取るためには、消費者が購買に踏み切るための最後のひと押しとならなければならない。
スリリストとジャックスレッドを統合する試みはさらに続いた。スリリストはジャックスレッドがもつバックボーンを活用してスーバーコンプレッサーやクロスビー・プレス(Crosby Press)といった、18歳から24歳の男性に向けた音楽やエクストリームスポーツ、そしてフッション関連の話題を提供するeコマースのバーティカルサイトを次々と立ち上げた。だが現在、それらのサイトは独立したサイトとして運営されてはいない。
運命のターニングポイント
スーパーコンプレッサーの前編集長、テッド・ガッシャー氏は、スリリストは「典型的なベンチャーキャピタルの熱意で」コマースとコンテンツを結びつけるというアイデアに挑んでいたと語る。ジャックスレッド商品のオススメを編集者や専任のコマースライター、多くのカスタマーサービススタッフが設定できるよう設計された専用のCMSが活用されていた。その場合、1日11時間稼働するのが当たり前だった。「我々はたくさん売ってきた」とガッシャー氏は付け加える。
しかし、最終的には、2013年のリファイナリー29(Refinery29)のケースと同様、スリリストは「eコマースのビジネスは収益率が低く、コンテンツとコマースを組織的に結びつけることが困難だった」ということを認めざるをえなかった。2015年、スリリストは独立したビジネスとしてジャックスレッドを分離させたが、「ある時期からこれらのビジネスはそれぞれで役割をもつようになり、収入源を共有することが一番効果的なものではなくなった」と、当時のリラー氏は語っている。
フラッシュセール(会員制アパレルサイト)の流行にはかげりが見えてきていたため、ジャックスレッドはリスクを冒して「購入前に試着が可能な」ビジネスモデルに切り替えた。しかし、ジャックスレッドが負債を抱えほとんどの従業員を解雇し、自身を売りに出していた一方で、スリリストは、2016年の秋にグループナイン・メディア(Group Nine Media)という大きなメディア企業に買収されることとなった。
「全部Amazonにぶち壊された」
リラー氏とジャックスレッドのCEO、マーク・ウォーカー氏は自身のコメントを控えることを広報担当を通じて伝えてきた。ジャックスレッドの声明書によると、「ここ数カ月間、ジャックスレッドは複数の企業と合併吸収に向けた協議を行ってきた。数週間前には被害を最小限に抑え、これまで行ってきたさまざまな協議を決着させるために有意義な変更をした。交渉中の契約のうちのひとつを決着させ、従業員と投資者の双方にとってチャンスを最大限に増やすことができると信じている」。
eコマースを導入したことのある者ならば、ブランドの発掘、仕入れや発送、そしてカスタマーサービスを維持することの難しさを知っているはずだ。Amazonの影に隠れた小さな小売業者は格闘を続けているが、衣服のマーケットの競争は激しい。そこで、投資家がeコマースベンチャーの価値を引き下げていることに気付いたリラー氏は、スリリストはメディア企業であることを強く主張した。
「問題は、物事をきっちり行うとマージンが取れなくなってしまうことだった」「環境を揃えるために何がどのくらい必要かを真面目に考えると、eコマースほどやっかいなビジネスはない。きっちり行うと笑えるほど高くつく。全部Amazonにぶち壊されたよ」と、ガッシャー氏は語る。
疑問視される相乗効果
コマースとコンテンツのビジネスモデルの専門家は、スリリストのアプローチには、ほかにも問題があったのではないかと見ている。
商品のレビューやコマース関連のテックサイトのグループ企業であるパーチ(Purch)社のCEO、グレッグ・メイソン氏は、スリリストとジャックスレッドはともに男性の若者にターゲットを絞っていたようだが、双方が全体としてどのように相乗効果を生み出していたのかは定かではなかった、と語る。
「これはコンテンツとコマースの融合における最悪のケースだ。なぜならそのふたつはまったく正反対のものだったからだ」と、彼は語る。「そもそも、そのふたつの共存が可能だったのかどうかすら疑わしい。これはトリップアドバイザー(TripAdvisor)がホテルを買うようなものだ」。
差別化がむしろ足かせに
ジャックスレッドが自身のブランドの衣服を正規価格で売るためにフラッシュセールをやめたときには、18ドル(約2000円)のTシャツや99ドル(約1万1000円)のカシミアのセーターを買っていたような、価格重視の既存の顧客以外の層への訴求力が必要だった。また、トライアウト(TryOuts)と呼ばれる「購入前に試着が可能な」ビジネスモデルも、もうひとつの大きなリスクだった。ジャックスレッドの魅力は、顧客には往復の送料がかからず、購入を決めた商品の価格だけを支払えば良いところにあったが、トライアウトにはコストがかかる。
「トライアウトでの往復の送料のコストや販売できない状態の在庫を長期間抱えてしまう問題、また返品も多いため、このやり方で利益を出すのはきわめて難しい。一定期間、商品が顧客の家で眠ってしまうことに備えて、前もって十分な在庫確保が必要となる。商品の販売見通しが立てられないのだ」と、テック/マーケティング関連の小売業のスタートアップへ助言を行っているアンドレア・ワサーマン氏は語る。
さらに業務不履行の問題もあった。ジャックスレッドはカスタマーサービスが混乱状態にあったことで知られており、顧客は然るべき返金がない、問い合わせにも返答がない、といった苦情をTwitter上で寄せていた。
@JackThreads Are you guys out of business or something? NO ONE IS ANSWERING YOUR PHONES! Worst Customer Service ever
— Chris Winkler (@chris_winkler) 2017年2月28日
@JackThreadsって、もう廃業しちゃったの? 誰も電話に出ないんですけど! まったく最悪のカスタマーサービスだよ。
@JackThreads lays off their customer service dept in hopes of selling the company. seems a bit shortsighted, no? where's my order or my $$?
— I.M. Irreverent (@irreverance1) 2017年2月25日
@JackThreadsは企業売却を狙って、カスタマーサービス部門を解雇している。それって、ちょっと短絡すぎない? てか、オレのオーダーやお金はどうなった?
プラットフォームとの競争も
とはいっても、ジャックスレッドのように失敗した企業がいるなか、パブリッシャーはコマースについて諦める時ではまだないことを意味している。ゴウカー・メディア(Gawker Media)は、少なくとも企業収入の10%がコマースによるものだったと主張していた。そのことが2016年にユニビジョンが1億3500万ドル(約153億円)で同社を買収するに至った要因のひとつだ。また少額取引でもこのモデルは採用されており、ニューヨーク・タイムズはサブスクリプション型のビジネスの拡大を図るために、テック系のレコメンドサイトであるワイヤーカッター(The Wirecutter)に約3000万ドル(約34億円)を支払った。
しかし、パブリッシャー自身のサイトに読者を呼び戻すことがそもそも難しくなってきている。つまり、パブリッシャーはeコマースの業界内だけでなく、Pinterest(ピンタレスト)やSnapchat(スナップチャット)といったユーザー体験にショッピングを持ち込もうとしているプラットフォームとの競争にも直面しているのだ。
「コマースにとって競争は激化している。誰もがCPMベースの広告の信頼性に懸念を抱いている。それでも、ソーシャルプラットフォームにとっては、パブリッシャーとともに仕事をすることで恩恵を受けられる見込みがある。こうしたプラットフォームは、自分自身だけではそれを成し遂げることができないからだ」と、メイソン氏は語った。