コロナ禍により、映画館は閉鎖を余儀なくされた。一部営業を再開するところも増えているものの、大作の延期も相次いでおり、広告業界を揺るがしている。一方、専門家らは、大作がリリースされれば、再び広告主からの需要は高まると指摘している。シネマ広告はメディアのなかでも最高級のインベントリーとして位置づけられているからだ。
米国の広告製作企業は、自分の作品を「フィルム(映画)」と呼びたがることが多い。実際、映画館で流れる広告はメディアのなかでも最高級のインベントリーとして位置づけられている。映画館の巨大スクリーンとサラウンド音声で再生される60秒の広告はスキップされることもなく、オーディエンスは携帯電話の電源を切っているためだ。
最近では動画配信サービスが爆発的に普及しているが、映画館の観客数はさほど影響を受けていない。コムスコア(Comscore)のデータによると、2019年、映画館の興行収入は、世界で425億ドル(約4兆5000億円)となっており、これはむしろ前年度より4170万ドル(約44億円)増えている。また、メディアエージェンシーのゼニス(Zenith)によると、2018年から2019年にかけて、世界の映画館の広告収入は15%増の47億ドル(約5000億円)となっている。
だが、今年に入って発生した新型コロナウイルスの感染拡大により、映画館は閉鎖を余儀なくされた。秋になって営業を再開するところも増えているものの、007の最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ(No Time to Die))』をはじめとする大作の延期も相次いでおり、業界を揺るがしている。
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10月上旬に、米国で第2の規模を誇る映画館チェーンのリーガル・シネマズ(Regal Cinemas)を展開するシネワールド(Cineworld)は、十分な作品が公開されていないことを理由に、再び米国および英国の全映画館を無期限で閉鎖すると発表している。同社のCEO、ムーキー・グレイディンガー氏はスカイニュース(Sky News)のインタビューに対し、「いわば食品の入荷ができない食料品店のようなものだ」述べている。
コロナ禍のなかで、映画館もまたいつ通常営業に戻れるかなかなか見通しは立っていない。一方、専門家らは、2021年に公開延期となったマーベル(Marvel)の『ブラック・ウィドウ(Black Widow)』や『トップガン マーヴェリック(Top Gun: Maverick)』といった大作がリリースされれば、再び広告主からの需要は高まると指摘している。
期待と不安が入り交じる状態
今年の映画館の広告費は約51%減というのがゼニスの予測だ。また、映画館の広告分野は2021年に年間で65%伸びると予測しているが、これでも2019年の水準を19%下回る。
マーケティングコンサルタント会社R3の共同創業者兼プリンシパルのグレッグ・ポール氏は「『映画館はもう終わりだ』というのは何度も言われてきた。テレビが登場したときにも、ビデオデッキが、動画配信サービスが普及したときにも言われてきた。そして今回の新型コロナウイルスでも同じことが言われている」と指摘する。「レストランや旅行業界など、外出を伴う業界と同じくしばらくは苦戦するだろう。だが業界にとどめを刺すような問題にはなりえない」。
とはいえ、短期的には映画館にとって非常に不安定な状況が続くのもまた事実だ。
調査会社のカンター(Kantar)が9月に世界で実施したアンケートによると、政府の規制が解かれたあとに映画館に「今すぐ」または「1カ月後に」行きたいと回答した人は29%にとどまっている。ニューヨークやロサンゼルスでは、興行的に重要な位置づけの映画館ですら依然として閉鎖されたままだ。また、米国では10月はじめに、映画関係者ら多数が「資金援助を受けなければ、全米の中小映画館の69%が破産申請や閉鎖を余儀なくされる」との訴えを米国上下院に書簡で提出している。これは70人以上の映画監督やプロデューサー、アメリカ映画協会、全米監督協会、全米映画館協会らが署名した大規模な訴えだ。
しばらくは柔軟性が重要になる
こういった状況下でプライベートエクイティファンドが介入する可能性も指摘されているほか、映画製作スタジオが映画館を購入することも考えられる。米国では、数十年前からパラマウント同意協定という「映画の製作スタジオが映画館を所有することを禁止する」取り決めがあったが、8月に米最高裁判所でこの取り決めの終了を認めている。
メディア解析企業アンペア・アナリシス(Ampere Analysis)の調査ディレクター、リチャード・ブロートン氏は「合意が終了し、価格面を考えても、映画製作スタジオにとってコロナ禍以前は考えられなかったようなチャンスが出てきているかもしれない」と語る。現在、映画スタジオは放送分野や広告分野の企業が保有しているケースが多く、効率化の一環として映画館の購入に乗り出すことは考えられる(とは言っても、現時点では各社もコロナ禍の対応に追われるなかで、映画館の購入というのは決して優先順位として高くないだろう)。
エンダース・アナリシス(Enders Analysis)のメディア技術アナリスト、サンチット・ジェイン氏は、映画館の買収にとどまらず、「映画スタジオや劇場にとっては、今後数年間で柔軟性が重要になる」と指摘する。また、7月には、AMCとユニバーサル(Universal)のあいだにおいて、米国のオンデマンド有料動画サービスで映画を配信できるまでの最短期間を70日間から17日間に短縮する契約が結ばれた。現在の先行きが見えない環境下で、実際にこれにより収益面でプラスになるのかは不透明だ。ジェイン氏は「ユニバーサルはいわば炭鉱のカナリアだ」と指摘する。
映画広告が支持される理由
専門家らは、映画の広告配信が長年に渡り支持されてきた理由は主にふたつあると語る。ひとつ目が、何にも邪魔されない高品質な再生環境。そしてふたつ目が、オーディエンスがテレビよりも比較的裕福であることだ。
ゼニスの将来分析責任者およびグローバル情報ディレクターを務めるジョナサン・バーナード氏は、「映画館ではなく自分たちのプラットフォームへ配信環境を移したいと考えるスタジオも多く、映画館は、単なるコンテンツだけでなく、映画館に足を運ぶという体験全体を重視する必要が出てきている」と語る。
映画広告を販売する企業にとって、オンラインインベントリーと同じくらい重要なのが柔軟性だ。ナショナル・シネメディア(National CineMedia)の最高収益責任者を務めるスコット・フェレンスタイン氏は、現在「1億5000万件のデータ」に基づき、映画館を訪れたオーディエンスを広告主がリターゲティングできるサービスを提供している。同社はほかにも、自宅以外のデジタル広告サービスのローンチを目指しており、まもなく発表するという。ほかにもナショナル・シネメディアは同社のアプリ「ノービートリビア(Noovie Trivia)」上で広告を掲載しているが、同社は今年初めにHQトリビア(HQ Trivia)と提携して毎週映画クイズも配信している。
「ここ数カ月は映画館が開いていないなかで、オンラインが当社にとって唯一の事業だった。通常の状態に戻れば、映画館とオンラインを組み合わせたサービスをさらに増やせるのではないか」と、フェレンスタイン氏は期待する。ナショナル・シネメディアでは3月中旬から映画館事業が行えなくなったことで、6月25日までの四半期の収益が96.4%減の400万ドル(約4億2000万円)となった。
専門らはこういった急落は一時的なものだと指摘しており、R3のポール氏も次のように述べている。「予算配分に占める映画広告の割合は昔から小さかったということもあり、短期的には予算の再配分や削減が行われるだろうが、中長期的では復活するのは間違いない」。
[原文:‘No time to die’ Cinema advertising resurgence expected once movie theaters reopen]
LARA O’REILLY(翻訳:SI Japan、編集:長田真)