メディア企業の幹部らは、事態が収束するまでどれくらいかかるのかをなんとしても見極めたいと考えている。そこで筆者は、過去の不況の経験から現在の(新型コロナウイルス感染症の)パンデミックの影響に活かせる教訓があるとしたら、どのようなものかをさまざまな人に尋ねた。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行がすでに示している徴候があるとすれば、以前からメディア業界で起こっていたトレンド、すなわち強者が弱者を駆逐する状況がさらに加速しそうだということだ。
新型コロナウイルスの騒ぎが起こる前から困難に見舞われていたメディア企業にとって、いまの状況はダーウィニズムを強化するものでしかない。世界が景気後退に向かい、恐慌になる可能性もあるなか、すでに起こっていた業界の統合が急速に進むだろう。投資家のウォーレン・バフェット氏が、ドットコムバブルが弾けたあとの2001年にバークシャー・ハサウェイ(Berkshire Hathaway)の株主に宛てた手紙で述べたように、「潮が引いてはじめて、誰が裸で泳いでいるのかがわかる」のだ。支払期限の延長やレイオフの断行など、メディア企業やベンダーの深刻な状況を示す徴候が、今後ますます見られるようになると企業の幹部らは予測している。
新型コロナウイルスがもたらした生活の変化に合わせてメディア消費が大きく変わるなか、収益の多角化に乗り出したばかりのパブリッシャーは、とにかくその取り組みを続けるしかない。サブスクリプションビジネスを手がけている企業は、提供しているコンテンツの種類に応じて価格構成を見直すことが必要になるだろう(旅行やスポーツのコンテンツに大きく依存しているところは特にそうだ)。また、これから経済的に厳しくなる多くの顧客に寄り添う必要がある。筆者は、米国や欧州で話を聞いたメディア幹部から、「不確実」という言葉を何度も耳にした。状況があまりに速く変化するため、1週間前に話したことがほとんど当てはまらなくなっていることも多い。英国最大の民間放送局であるITVは3月23日、2020年の業績見通しを取り下げただけでなく、3月や4月の業績見通しを示すことすらできなかった。さまざまな業界の広告主から支払期限の延長を次々と求められたからだ。
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メディア企業の幹部らは、事態が収束するまでどれくらいかかるのかをなんとしても見極めたいと考えている。そこで筆者は、過去の不況の経験から現在の(新型コロナウイルス感染症の)パンデミックの影響に活かせる教訓があるとしたら、どのようなものかをさまざまな人に尋ねた。もちろん、直接的に比較するのは簡単ではない。ピュブリシスグループ(Publicis Groupe)のアドバイザーであるリシャド・トバコワラ氏は、2001年のアメリカ同時多発テロ事件と2007年~2009年の金融危機を足し合わせて「2倍した」ようなものだとたとえた。つまり、いまの危機的状況は、ほとんどの人がこれまでのキャリアで経験した比較的期間の短い不況ではなく、世界恐慌に匹敵するものになるというのだ。
情勢が不確実になると、広告主が反射的に支出を抑えようするのはよくあることだ。だが、ホスピタリティ産業や旅行業界が不調に陥り、消費支出の落ち込みが予想されるいまの状況は、計り知れない影響を広告にもたらすだろう。eマーケター(eMarketer)は2020年の世界全体の広告支出予測を、以前に発表した金額より2.85%低い6910億ドル(約74兆円)に修正した。しかも同社のアナリストは、2020年後半にはこの金額がさらに下がる可能性が高いと述べている(カンターメディア[Kantar Media]によれば、2009年には世界の広告支出が12.3%減少した)。
英国を拠点とする独立系マーケティングコンサルタントのピーター・フィールド氏は2008年当時、クライアントに対して、可能であれば広告支出を一定の水準に維持するようアドバイスした。「支出を維持していれば、購入できる広告枠が増え、SOV(シェア・オブ・ボイス)が増えることになる」とフィールド氏は述べた。前回の不況をうまく乗り切ったブランドは、「感情に訴える販促活動を幅広く行うことに徹し、広告戦術に溺れることがなかった」とフィールド氏は指摘した。
たとえば、英国の菓子メーカーであるキャドバリー(Cadbury)は2007年、チョコレート製品の「キャドバリー・デイリー・ミルク(Cadbury Dairy Milk)」を売り出すために、「ゴリラ」がドラムを叩く有名なCMを放映したり、かなりの金額をかけてブランドキャンペーンを展開したりする一方で、全体の広告量を減らした。その結果、最大のライバルであるマース・インコーポレイテッド(Mars, Incorporated)のチョコレート製品「ギャラクシー(Galaxy)」から市場シェアを奪うことに成功したと、(2010年のIPAエフェクティブネス・アワードのエントリーにおいて)キャドバリーは述べた。マースは同じ時期に、宣伝活動を増やしていた。
もっとも、こうした事例を知ったところで、苦境にあえぐCFOが気持ちを変えることはないだろう。世界経済がほぼ停止状態にあるなか、彼らが考えているのは支出を切り詰めことだけだ。S4キャピタル(S4 Capital)のCEO、マーティン・ソレル氏は、多くの企業が現在直面している脅威を考えれば、この特別な危機のさなかにマーケティング予算を使い続けるというアイデアは「まったくもってナンセンス」だという。従業員の健康に影響が及ぶ可能性を考えればなおさらだ。
「私が(企業のリーダーと)話をした限りでは、誰もがいまは長期的なことは考えられず、短期的なことに集中するだけだと述べていた。そのあとのことは予測できない」と、ソレル氏は述べている。
状況が次々と変わるため、メディア企業は対応に十分な時間を割くことができていない。それでも、筆者が話を聞いた業界のベテランたちから得られた重要な教訓がひとつある。それは、このような状況もいつかは終わるということだ。メディア業界で働きはじめてまだ10年ほどしか経っておらず、キャリアのなかで不況を経験したことがない人にとっては、特に心に留めておくべき話だ。ただし、再び「ビジネスが正常になる」時期がいつやって来るのかはまだ見当もつかない。いまは健康に気をつけて、安全に過ごすことを心がけよう。
新型コロナウイルスの危機をやり過ごすには
ピュブリシスの元最高成長責任者で、40年近いキャリアを持つリシャド・トバコワラ氏は、世界経済の嵐をやり過ごすためのアドバイスをクライアントに提供している。その彼が、いまの危機をなんとか乗り切りたいと考えるメディア業界のリーダーに伝えているヒントを筆者に教えてくれた。
何かができることを見せる:「ブランドにとってもっとも避けたいのは、自分たちが恐怖に囚われ、何をすればいいのか途方に暮れていると思われることだ。危機のなかでただじっとしていれば、『あの会社は一体どうしたんだ』といわれるようになる」。
誠実さを見せる:「世界中の人々が誰を信頼すればいいかわからなくなっている。したがって、誠実さが必要だ。何か発言するのではなく、何か行動を起こそう」
共感を示す:「従業員も顧客も、これまでとは大きく異なる状況に直面している」。
インスピレーションを与える:「誰もが塞いだ気分になっている。楽観主義になり過ぎないようにしながら、どうすれば人々に希望を与えられるのかを考えよう」。
弱い面も見せる:「我々も混乱し、恐れている(と伝えてみよう)」
数字は嘘をつかない
新型コロナウイルスによる状況が悪化するなか、人々がニュースサイトに釘付けになっているのは当然のことだろう。
米DIGIDAYが報じているように、こうしたトラフィックの急増が、パブリッシャーがいま喉から手が出るほど欲している収益に必ずしも結びつくわけではない。広告主の多くが、デジタル広告を購入する際に新型コロナウイルス関連のキーワードやトピックをブロックしているのだ。パブリッシャーは、ペイウォールの向こう側に置くべき記事を決めるにあたって、難しいジレンマに陥っている。
とはいえ、トラフィックは「かなりの量」に上っている。そして、トラフィックの増加はどのようなものであれ、パブリッシャーにとってより多くの製品を宣伝するチャンスだ。チャートビート(Chartbeat)は、3月16日~18日の3日間に同社のネットワークで確認された800億件以上のページビューを前週の3日間と比較し、詳しく分析した。その結果を紹介しよう。
1日に公開された新型コロナウイルス関連の記事の数は、3月19日に9万件を突破してピークを迎えた。
日毎の新型コロナウイルス関連記事の本数
新型コロナウイルスの記事がすべてのパブリッシャーのページビューに占める割合は、3分の1に達した。
新型コロナウイルス関連記事の割合
新型コロナウイルスの記事のエンゲージメント時間は、平均でおよそ40秒だ。これに対し、すべての記事のエンゲージメント時間は平均35秒超に過ぎない。
一般記事と新型コロナウイルス関連記事の平均エンゲージメント時間の比較
新型コロナウイルス関連記事への検索トラフィックとソーシャルトラフィックの変動パターンはよく似ているが、パブリッシャーサイトへのトラフィックは検索よりソーシャルのほうがわずかに多かった。通常であれば、ソーシャルトラフィックの量は、ダークソーシャル(メール、アプリ、インスタントメッセージ、またはサイトへのリファラーデータの送信が許可されていないほかプラットフォームやウェブページからのトラフィック)を含め、検索トラフィックとほぼ同じになる。
新型コロナウイルス関連記事の検索およびソーシャルトラフィックの推移
それでも、記事のエンゲージメント時間は、FacebookからのトラフィックよりGoogle検索からのトラフィックのほうが長かった。実際、Facebookからの平均エンゲージメント時間は2月25日を境に減少している。
チャートビートネットワーク全体でのGoogleおよびFacebookのエンゲージメントの傾向
Lara O’Reilly(原文 / 訳:ガリレオ)