NHK「フェイクニュース」に想う、善意の情報操作の有効性 : ドラマが提起する問題点と自分なりの解釈

本記事は、電通総研 カウンセル兼フェロー/電通デジタル 客員エグゼクティブコンサルタント/アタラ合同会社 フェロー/zonari合同会社 代表執行役社長、有園雄一氏による寄稿コラムとなります。

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NHKのドラマ「フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話」(10/20・27、21:00 前後編放送)をみた。SNSで拡散されたインスタント食品への青虫混入事件から、ネットメディアによってフェイクニュースの側面が明らかにされるという内容で、ネット広告業界にいる私のような人間からみても、よくできているドラマだと思った。

『逃げるは恥だが役に立つ』や『アンナチュラル』の野木亜紀子さんが脚本を務め、女優の北川景子さんが主演した、この社会派ドラマ。きっと、少し時間を経て再放送されるかもしれないし、あるいは、NHKオンデマンドなどで視聴できることを考慮すると、内容を詳細に書いてネタあかしをするのは無粋だ。なので、ドラマの中身には極力触れずに、ドラマが提起している問題点を、私なりの解釈で少し拡張して書いてみたい。

「世論形成」を請け負う企業

このドラマをみて、私の頭に最初に浮かんだのが、「サイキュリティ(Cycurity)」という会社だ。この会社はイスラエルのテルアビブにある。今年の6月、私はイスラエルに行き、CEOのマーク・ゴールドブラット氏をはじめ幹部たちと会い、ランチも一緒にした。彼らのウェブサイトに「the CEO of Cycurity spent 25 years in the Israeli Intelligence Services」とあるのだが、このCEOは、いわゆる「モサド(イスラエル諜報特務庁)」にいた人物らしい。また、ウェブサイトで「Our research team is recruited from elite Israeli Defense Force intelligence research units」とあるとおり、イスラエル軍の情報部隊にいたメンバーがリサーチチームを構成している。

そんなイスラエルの諜報組織や軍隊にいた人たちが、なんのビジネスをしているのか? 簡単にいうと、彼らの仕事は、世論形成だ。モサドやイスラエル軍の技術とそこで培ったノウハウをビジネスに応用して、彼ら曰く、世界最高のリサーチを実施し、そのリサーチ結果に基づいて、主にインターネットを駆使したコミュニケーション戦略を立案、そして、実行までやる。先のアメリカ大統領選挙やイギリスのEU離脱の国民投票などでも、彼らが動いたという噂があり、私は無邪気に興味を持った訳だ。そこで、彼らに直接会って質問してみた。

「アメリカ大統領選挙やイギリス国民投票にも、関与したのか?」。

まぁ、想定通りの回答なのだが、「肯定も否定もしない。クライアントのことは、開示できない。守秘義務があるから」の一点張りだった。

情報操作の「善意」と「悪意」

そこで、私は、シビス・アナリティクス社(Civis Analytics:オバマ選挙対策本部のデータ分析担当者が当時のグーグルのエリック・シュミット会長から資金を得て作った会社)などの名前を挙げ、大統領選挙でIT技術が駆使され、コミュニケーション戦略とその実行に使われていることについて、意見交換をした(参考記事:「大統領選はIT戦」[ジェトロ海外調査部米州課 伊藤実佐子著])。

彼らと話して分かったのは、シビス・アナリティクス社もサイキュリティ社もそうだが、オモテに名前が出てくる企業のほとんどは、真っ当な会社だということだ。各国の法律を調査し、それに則って、戦略立案し実施に移す。情報操作・世論操作というと、私は、少々いかがわしさを感じていた。しかし、彼らは、法律を遵守しながら、あるべき方向に世論を方向付けようとする。マケドニアのフェイクニュース工場のことは多くの人が知っていると思うが(参考記事)、そのような反社会的な行為とは、完全に一線を画する。

ある意味で、「善意の情報操作・世論操作」があるということだ。たとえば、CO2排出が環境問題を招くので、再生可能エネルギーの普及を進めることが正義だとする。その場合に、IT技術を駆使したリサーチを実施し、まず、どのような人をターゲットにして、どのような順番で情報を拡散させれば、再生可能エネルギー支持派の人を増やせるのか? そのような課題に対して、サイキュリティ社は有効な回答を出すことができるのだ。

大統領選挙などでも情報操作が行われるように、NHKドラマ「フェイクニュース」では、事件の背後に政治家の存在があることが徐々に明らかになっていく。それは、「悪意の情報操作」として描かれる。あるいは、単なるアフィリエイトの小銭稼ぎ目的で、情報拡散の流れに乗っただけ、という人物も登場する。その人物には、明確な善意も悪意もない。だが、小銭稼ぎが、悪意の情報拡散に加担する結果になってしまう。

「報道被害」による悲劇

そして、意図せず、その被害者を作ってしまう。報道被害という言葉があるが、同じように「フェイクニュース被害」という現象が生まれている。そのことに、このドラマは、警鐘を鳴らしている。おそらく、我々が恐ろしいと感じるのは、悪意に気づかず、意図せず、情報の流れに乗ったことで、見ず知らずの誰かを大きく傷つけてしまうことだろう。そして、知らない誰かの何気ない投稿で、その被害者の立場に、自分がなってしまう可能性も否定できない。

書籍『報道被害』(岩波新書2007)によれば、「報道被害とは、テレビ、新聞、雑誌などの報道によって伝えられた人々がその名誉を毀損されたり、プライバシーを侵害される人権侵害のことで、生活破壊、近隣や友人からの孤立をもたらす」(p22 引用)。NHKドラマ「フェイクニュース」でも、SNSの拡散によって、同様の被害が及んでいく様子が描かれている。このような報道被害やフェイクニュース被害は、最悪の場合、命を奪うこともある。

「1985年のある日、朝日新聞東京本社版で、『実名報道に悔しいと自殺』という見出しの記事が出ました。地方のある町で報道が原因で自殺したと思われるある男性に関する記事です。<中略> 傷害致死事件の疑いで長時間事情聴取を受けた男性が、潔白が証明されて帰宅した翌日、自分のことを実名で『障害致死で逮捕』と報道した記事を読んだのち自殺したというものでした」(『報道被害』p23 引用)。

このような実名報道の被害は多数ある。有名なケースは、1994年の松本サリン事件だろう。警察の捜査と報道の過ちで、河野義行氏に疑惑が向けられた(正直、ここで河野氏の実名を表記すべきでないと思ったが、すでにこれだけ有名なので記載した)。私は、テレビや新聞の報道関係者が悪意を持って、河野氏に疑惑を向けたとは思わない。おそらく、当時の状況からして、その時は妥当な判断だと多くの関係者が思った訳だ。もし、私が松本サリン事件を担当する記者であったなら、きっと同じことをしただろう。だが、後から思えば、実名報道すべきでなかった。もし、有罪が確定するまで、実名報道はNGというルールがあれば、河野氏の人生は、違ったものになっていたはずだ。

情報との接し方について

私たちは、日頃、SNSなどで投稿やコメントを書くとき、この実名の扱いには、注意を払うべきだ。特に、ネガティブなこと、相手にとって不利益になるようなことを実名で投稿することは避けたい。裏ドリもせず、他人の実名を晒すリスクは、命を奪う結果も招きかねない。裏ドリをするプロの記者ですら、松本サリン事件のように、加害者になることがある訳だ。他人に疑惑を向けるような言説を公に発すること、それは、普通の一般人が背負っていいリスクだとは思えない。

いや、おそらくは、プロのジャーナリストですら、プロであるからといって、その表現の自由を振りかざして、他人を傷つけていい訳ではない。「奥平康弘・東京大学名誉教授(憲法学)は、『(言論・報道機関は)言論・報道機関であるという一事によって、個人の自由と同じ性質、内容の表現の自由を無媒介に語るべきではない』と述べています(日本民間放送連盟研究所編『放送の自由のために』)」(『報道被害』p206 引用)。

この奥平教授の言葉は難しい表現だが、私の解釈としては、個人の自由(個人が自由に生きる権利)と言論・報道機関の言論の自由を同じレベルで考えてはいけない。あるいは、無媒介に、何らの条件もないなら、個人の自由が優先される、ということだと思う。つまり、実名報道によって個人が自由に生きていく権利が奪われるリスクがあるとすれば、明確な理由や条件がない限り、実名を晒して報道する権利は、言論・報道機関にはない、というのが、奥平教授の見解ではないか?

本来、プロのジャーナリストも一般の我々も、言論によって、個人の自由を奪い、その尊厳を傷つけてはならない。自明だと思うが、言論・表現の自由よりも、通常、個人の自由が優先されるからだ。

そして、他者を貶めるような言説に触れたら、我々は、どうすればいいのか? いや、そのようなネガティブな言説だけではなく、すべての情報に対して、私たちは、どのように接するべきなのか? このフェイクニュースの時代、日頃から私たちは、情報との接し方について意識しなければならなくなったと思うのだ。

北川景子さんの言うこと

このドラマで主演する北川景子さんは、ハフポスト日本版のインタビュー記事で以下のように語っている。

「フェイクニュースが問題になっていることも身を以て感じていましたし、私自身がすごく慎重な性格でもあるので、マスメディアの報道や情報には必ず『偏り』がある、と認識していました。ネットが普及する前から、同じ事件や事柄を扱っていたとしても、新聞やテレビ、週刊誌によって報じるスタンスや切り込む角度が違う。目にした情報を鵜呑みにしないで、しっかりニュースの聞き比べや見比べをして、どこが報じている情報が真実に一番近いのか見極めたり、情報を『取捨選択』したりする目を持つことが必要なのかな、と思っていました」。

おそらく、我々ができることは、この北川景子さんの言うことを意識して生活することだ。情報には必ず「偏り」がある。情報を「鵜呑みにしない」で、何が真実に一番近いのか? それを、ちょっとだけ考える癖をつける。それだけでも、多くの「悪意の情報操作・世論操作」に歯止めをかける効果があるように思う。

その一方で、私は、ドラマで北川景子さんが演じたような正義感の強い、きちんと裏ドリをするジャーナリストは大事だと考えている。そのようなジャーナリストが発信する善意の情報は、もっと拡散されてしかるべきだと思う。私がイスラエルでサイキュリティ社に訪問した理由のひとつはそれだ。

悪意の情報を減らすため

サイキュリティ社の技術力とノウハウを、テレビや新聞などの善意あるジャーナリストと組み合わせて、「善意の情報操作・世論操作」をもっと効率的に行うができるのではないか。そうすれば、悪意のある情報を相対的に減らすこともできるのではないか。

ドラマの後半で、北川景子さん演じる記者・東雲 樹(しののめ いつき)が、「私が書く」と言って、事件の真相を記事にする。それは、紙の新聞社では、上層部の判断によってボツになったもの。それを、ドラマの中のネットメディア側では、東雲 樹の正義感におされて記事化する。そのような正義感と善意に基づく記事が蔓延し、フェイクニュースが取るに足りない存在になればいい。

私は、このドラマをみて、最後にそう思った。そして、それが、私がイスラエルに行った理由でもあったのだ。

Written by 有園雄一
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