現在いくつかのファッション雑誌が長期的な戦略の一環としてNFTに手を伸ばしている。ファッション業界の一部のスーパーブランドはメディア空間と密接に関係しており、ヴォーグ(Vogue)やデイズド(Dazed)といった出版物はラグジュアリーブランドに匹敵するほどの熱烈なファンを惹きつけている。
この記事は、DIGIDAY[日本版]のバーティカルサイト、ビューティ、ファッション業界の未来を探るメディア「Glossy+」の記事です。
長らくメディアの対極に位置していた印刷出版業とテクノロジーだが、現在いくつかのファッション雑誌が長期的な戦略の一環としてNFTに手を伸ばしている。
ファッション業界でNFTに関する活動を主に推進してきたのはブランドだった。だが、ファッション業界の一部のスーパーブランドはメディア空間と密接に関係しており、ヴォーグ(Vogue)やデイズド(Dazed)といった出版物はラグジュアリーブランドに匹敵するほどの熱烈なファンを惹きつけている。ヴォーグだけでも、2019年には全世界で5600万人のウェブのオーディエンスがいると報告されている。そのメディア空間にはエレン・フォン・アンワース氏といった注目すべき写真家の作品も含まれているが、こうした写真家の多くは30年以上にわたってファッション界で活躍し、ファッションの歴史的瞬間の舞台裏をありのままに写したコレクションを持っている。
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ヴォーグのようなメディアには、NFTによって貴重なカタログになり得るイメージの宝の山が眠っている。だがNFTは新たな方法で読者と関わらなくては意味がない。ヴォーグUKやヴォーグUSのようなレガシーのあるメディアがNFT空間でオーディエンスを惹きつけるのはむずかしいかもしれないが、ヴォーグのインターナショナル版は増え続けており、なかには新たなフォーマットに対してよりオープンで機敏に対応できるものもある。この分野にかなり精通しているのが、ヴォーグ・シンガポールの編集長ノーマン・タン氏だ。
NFTに進出したヴォーグ・シンガポール
「(NFTでは)一流フォトグラファーと一流モデルを起用して、美しいドレスを着せて撮影するという、とてもアナログな方法で写真撮影を行ってから新しいものをつくるというような、いつもヴォーグで行っているようなことはやりたくなかった」とタン氏は言う。
ヴォーグ・シンガポールはまだ新しい雑誌で、パンデミック中の2020年9月に「アライズ(Arise)」という見出しで創刊された。創刊号はコレクティブルアイテムとして3種類の表紙があり、ロドルフォ・エルナンデス氏によるCGの花のイラストにブライアン・フイン氏が撮影したシンガポール人モデルのディヤ・プラバカール氏を起用したデザインのほか、中国人スーパーモデルのシャオ・ウェン・ジュ氏(グレゴリー・ハリス氏が撮影)や日本人女優の小松菜奈氏(フィッシュ・チャン氏が撮影)が表紙を飾っている。また紙とデジタルともに、QRコードやARとVRのコンテンツなど、テクノロジーを多用した表紙となっている。
11月10日発行のヴォーグ・シンガポール最新号では、NFTマーケットプレイスのオープンシー(OpenSea)にデジタルのみのヴォーグの表紙2点の非代替性トークン(NFT)ドロップをローンチした。ひとつは、メタバースアーティストでナイキの3Dデザイナーであるチャド・ナイト氏が、シンガポールを拠点とするデザイン会社ベルフデザイン(Baëlf Design)のデザイナー、ジャメラ・ロウ氏とライオネル・ウォン氏とともに制作したものだ。この3人のデザイナーが制作したアニメーションの表紙は「Triumphant Awakening」と名づけられた。もうひとつは、NFTアーティストのザ・ファブリカント(The Fabricant)とシャヴォン・ウォン氏が制作したプログラマブルな表紙「The Renaixance Rising」である。これは1日の時間帯によってページ上の特徴的な光が変化していく。「これがデジタルファッションの美だ」とタン氏は言う。「現実的である必要はないし、物理の法則に従う必要もない。宇宙のどこにでもいることができるし、想像の世界に存在することもできる」。
メディア空間の新しいクリエイティブな領域
タン氏にとって、デジタルを取り入れることは理にかなった行動だった。人口わずか500万人のシンガポールは世界でもっとも小さな国のひとつであり、衣料品生産の中心地でもない。しかしそれでも人々はラグジュアリーやテクノロジーに興味を持っている。「昔、初めてこの国を訪れたときに驚いたことは、誰もがシャネル(Chanel)、エルメス(Hermès)、プラダ(Prada)、グッチ(Gucci)といったデザイナーズバッグを持っていることだった。インディペンデントなデザイナーのアイテムを見るのは稀だ」。NFTの表紙のオークションは、それぞれ12ETH(約3万8000ドル、約433万8000円)からスタートした。ヴォーグ・シンガポールは、ほかにも8点のNFTをリリースしている。NFTの販売による収益は、ヴォーグ、NFTアーティスト、NFTマーケットプレイスのブライトホール(Brytehall)、暗号通貨取引所のバイナンス(Binance)が共有する予定だ。
デジタルアート空間への関心が高まり、デジタルデザイナーがその業界のために衣類を制作するようになるにつれ、ファッションメディア空間のクリエイティブな領域を切り開く新しい分野が成長している。ヴォーグ・シンガポールは、デジタル・クリエイター以外にも拡大していくことを望んでいる。「NFTの発行がただの一時的な成功に終わり、もう二度とやらないということにはしたくない」とタン氏は言う。「昨年、我々が行ってきたことで、ヴォーグ・シンガポールがこの(NFT)空間に情熱を持っていることは誰もが知っている。来年はメタバースの寄稿編集者を導入する予定だ。毎号、クリエイターやライター、コレクターなど、メタバース空間のエキスパートを招く。そうした専門家がヴォーグ・シンガポールとの橋渡し役となり、ヴォーグ・ファッションの読者にこの世界で話題になっていることを教えてくれるだろう」。
現在オークションに出品されているNFTの表紙は、将来的にパーソナライズできるコレクティブルカバーのインタラクティブな要素にスポットライトを当てている。ヴォーグ・インターナショナルでは、ヴォーグ・ブラジルやヴォーグ・アラビアの今後発行予定号のためのNFTの表紙にすでに取り組んでおり、このメディア企業のデジタルに対する意欲は衰えていないことを示している。
NTFはファッションメディアにとって新たな収益化のチャンス
メタバースの専門家であるキャシー・ハックル氏は、NFTはメディアが作り出す平面の世界を超えて拡張する方法をファッションメディアに提供していると指摘する。「ファッションメディアはファッションハウスとなり、独自の世界を創造して完全に新しい方法でコミュニティと関わることができるようになる」と彼女は言う。「NTFはファッションメディアに新たな収益化の機会を与えており、メディア企業の値打ちを高める価値あるものの貯蔵庫とみなすべきだ。メディアが長い時間をかけて築き上げてきた知的財産は、いまやアーカイブの中で生きながらえるのではなく、実際に価値を生み出すことができるNFT対応の資産となっている」。
ほかの出版社もこの分野に参入している。イブニング・スタンダード(Evening Standard)が発行する週刊ライフスタイル&カルチャー誌のESマガジン(ES Magazine)は、9月に初のNFTカバーアートをリリースした(これは英国初のNFTの表紙でもある)。音楽、アート、ファッションにまたがる分野でBIPOC(黒人、先住民、有色人種)やノンバイナリーの声を増幅させることをテーマに、LGBTQ+の詩人でモデルのカイ・イサイア・ジャメル氏の顔にスポットを当てたデザインとなっている。この作品はオークションにかけられるまでの間、アンカ・カルティス・ギャラリー(Annka Kultys Gallery)で現在鑑賞することができる。この作品の売却益は、余剰食品のチャリティ団体ザ・フェリックスプロジェクト(The Felix Project)の支援に充てられる。
[原文:NFTs bring fashion media into the metaverse age]
ZOFIA ZWIEGLINSKA(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)